Something failed(1)
この作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています
免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼
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カラドカス公爵家令息のドミリオは、これは危険な任務になるとハノク・ラシエに説明した。
「第二王子が他国で囚われ、罪に問われた。どのような処罰が下されても構わないと共和国には伝えてはいるが、我が国としては、面子を保つために調査のための官僚を向かわせる必要がある。君と、君のところの騎士を何名かと、補佐官として我が妹を向かわせたい。妹の知り合いが共和国に在住しているので、彼女がいればより円滑に情報を集められるはずだ」
内政改革を進めている父親のカラドカス公爵に対し、公爵家嫡男ドミリオは、主に外交を担っていた。彼は妹アメリアの略歴を紹介し、彼女の嫁ぎ先を探しているとも言った。
だから独身で若い君に話を持ってきたのだと言われて、ハノクは書類整理しかした事のない自分にこの話が舞い込んだ理由を、疑いもしなかった。
「処罰はすでに共和国に任せている訳だから、結果ありきで、調査内容そのものは重視されない。向こうへ行って、ある程度の情報を得て、無事に帰国するというところに意味がある。それと、第二王子の側近達がどうなったのかこちらには伝わってきていないので、現状を探ってきて欲しい。妹を無事に連れ帰ってきてくれたら、君さえ良ければ妹との縁談を進めよう。もちろん、断ってくれても構わない。危険すぎる任務だからね」
ドミリオは共和国からの通達を見せた。そこには、第二王子がユージーン・ルグウィンを暴行し、負傷させたとあった。
ユージーン・ルグウィン。
最近失踪したという噂を聞いて初めてハノクは、彼が公爵家の嫡男である事を知った。
公爵家令息でありながら、覇気が無く、貧困に喘いでいるかのように痩せ、常に俯いていたのか。
跪いて、おどおどと見上げるユージーンの痩せた端正な顔が、ハノクの脳裏に思い浮かんだ。
苦しげに寄せられた眉根、嗜虐心を煽る怯えた仕草、男にしては細い指、生き物のように蠢いて追い上げる、ピンクの舌先の記憶が一気に蘇って、気がつけば彼は、共和国行きを快く了承していた。
貴族学園で同じクラスだったユージーンとの一件は、順調だったハノクの人生を躓かせた苦い思い出だ。
好奇心でユージーンに、ちょっとした行為を強要したら、それが、男を強姦したなどという噂の元になってしまった。
そのユージーンが今、貴族の身分を捨てて、野蛮な異国にいる。落ちぶれた生活を見に行って、嘲笑ってやりたいと思っても不思議ではないと、ハノクは自分に言い訳した。
(ユージーン・ルグウィンには、第二王子との経緯を直接問い質す必要がある。公爵家から出たという事は金に困っているはずだから、少し施してやってもいい。その上で昔の事をネタにちょっと脅せば……あの頃と同じように、言いなりになるに違いない)
そう考えると、軽く胸が躍った。
(娼館の女は、あそこまで丁寧にはしてくれない。それよりもさっさと挿れて、時間内に済ませろと言わんばかりだ。考えてみればあいつは、私に一度も逆らわなかった。もしかしたら、……私の事が好きだったのかも知れないな)
昔馴染みとの邂逅をしばらく楽しみ、任務を終えて帰国した後は、カラドカス公爵家を後ろ盾にした貴族生活が待っている。今後は実家で肩身の狭い思いをしたり、小役人としての職務に日々身を削る必要はない。
躓いた人生をもう一度やり直し、子爵位を継ぐ者として、幅を利かせる事ができる。
そのはずだったのに。
「あんな女!」
ハノク・ラシエは宿に着いてからも、部屋の中を歩き回り、何度も舌打ちしながらブツブツと呟いていた。
「最初からあの女は、気に入らなかったんだ。けれど、第二王子が失脚し、ラシエ侯爵家が他家から後れを取った今、現政権に影響力を持つカラドカス公爵家との繋がりを得れば、私は兄上達を凌げる可能性があった。あの女は、そのためのただの道具に過ぎなかったんだ。女としては底辺の、誰にも振り向いてもらえない哀れな存在だ!」
二人の護衛兼侍従は、頭を軽く下げたまま彼の感情が収まるのを待っていた。
ハノクが女性に振られるたび、この罵倒儀式は繰り返される。癇癪持ちの彼だが、粘着質ではないので、気が済むだけ相手を貶めたあとは、いつもけろっと忘れてしまう。
「……あの程度の女の替えは、いくらでもいる。我が侯爵家は、権力闘争に敗れたとはいえ、広大な領地と、有り余る財力がある。擦り寄ってくる女は多い! くだらない女が多いから、厳選しているだけだ」
その言葉通り、ハノク・ラシエは裕福な高位貴族の三男であり、縁談は数多くあった。
だが、その大部分は、彼の意に染まないものばかりだ。
学生時代、同性に対する強姦事件を起こしたなどと噂された彼は、醜聞を嫌った婚約者から婚約を破棄された。
学園側から下された処分は、噂を肯定も否定もできない程度の曖昧なものだった。ハノクは噂を必死になって否定したが、学年途中のクラス変更という異例の処分理由を彼は明確に説明できず、その事が憶測を呼んで、面白おかしく脚色された話が社交界に行き渡った。
まともな令嬢から相手にされなくなった彼に来るのは、庶民と言ってもいいような没落した下位貴族の女性か、夫に先立たれたり、何らかの理由で結婚しなかった熟年貴族女性への婿入り話ばかりだ。
そのうちの一つが、二十年もの間邸に引き籠もってきた子爵家ご令嬢との縁談だ。
彼女は、老い先短い父親を安心させるために、婿入りしてくれる相手を探していた。
ハノクの浪費するお金の大部分は侯爵から出ていたので、侯爵が決めた事に逆らえる訳がない。危うくそのご令嬢との婚約がまとまりそうになっていたところへ持ちかけられたのが、アメリアとの縁談だった。
内心助かったと思ったハノクだが、彼はアメリアに対して高圧的に振る舞い、事ある毎に難癖を付け、もったいぶった。傷物で貰い手のない彼女を引き受けて、恩を着せる事で、男としてのプライドを保とうとしたのだ。けれどアメリアはどんな言葉を投げ付けられようと、まるで悪戯っ子を許すかのような鷹揚な態度を取り、決してへりくだろうとはしなかった。
(この任務の途中で、あの女のプライドを無理矢理にへし折って、逆らえないようにしつけるつもりだったのに……)
『俺が、その選択肢の一つになるから』
と言った男の美麗な顔を、ハノクは忌ま忌ましく思い出す。優れた容姿は、ハノクが金で買えなかった数少ないものの一つだ。
(結局あの女、不細工なくせに、面食いだったという事か。身の程知らずめが)
提示された条件を、アメリアが受け入れるのかどうか確認しないままに追い出されたが、あの瞬間から彼女がハノクに注意を向けなくなった事は確かだ。
「冗談じゃない、あんな女」
ハノクは立ち止まって、護衛達を振り返る。
「危うく傷物の不細工な女を押しつけられるところだった。公爵家からの申し出を、どう断ろうかと悩んでいたところだが、あの男が引き受けてくれて助かった」
護衛兼侍従達は相づちを打つ事さえ恐れ多いという体で、黙って控えている。実は自分の方が気に入らなくて振ったのだ、という考えに落ち着くまでが、ハノクの罵倒儀式だ。
これで、帰国した後は、ラシエ侯爵が厳選した深窓のご令嬢とハノクとの婚約が確定するに違いなかった。
一旦は損ねた機嫌を自ら立て直したハノクだが、その後、宿で昼食が提供されない事に怒り狂った。
「昼飯は食堂で食えだと!? ルームサービスもないのか? この国は貴族をもてなす方法も知らないようだ」
空腹に耐えかねて仕方なく向かった食堂では、大勢の共和国狩猟民が昼食をとっていた。
入れ替わりが早く、少し待てば席を確保できたが、その間にもハノクは文句を言い続けた。
「なんだこの、亜人どもの群れは! 人間と同じ店に入って来るとは、非常識だぞ、近寄るな! 私に病気を移す気か?」
二人の護衛兼侍従は無用な衝突を避けるため、ハノクを食堂の隅にあるテーブルに案内すると、彼のために注文し、出来上がった食事を運び、カトラリーを用意する。舌鼓ではなく、舌打ちしながら、ハノクは肉料理をメインとする豪勢な昼食に取りかかった。
「確かに、あのサンドイッチなどという食べ物が、私の舌に合うとは思えないな! 第一王子はそれを見抜いていたということか。父上からは、愚鈍で我が儘で、どうしようもない王子だと聞いていたが、噂は当てにならない」
彼の後ろで二人の侍従は、主君の話を聞き流し、立ったまま熱々のブリトーを齧っている。
食堂を見渡していたハノクは、何かに気づいて、動きを急に止めた。
目を丸く見開き、弛んだ喉を揺らして遠くを窺っている彼は、首から下が肥大気味なことも相まって、どこかガマガエルを彷彿とさせる。
警戒しながら彼の視線を追った侍従兼護衛二人は、食堂の入り口辺りに居る赤銅色の髪をした大柄な男と、深緑色のコートを着た細身の男に気づく。穏やかな笑みを大柄な男に向ける細身の男は、さっき会議室にいた黒髪の女と良く似た容姿をしていた。
「あれは……あの男、見覚えがある。間違いない。ルキルス・ライオ。まさか、隣に居るのは……? 雰囲気が昔と随分違うが、ユージーンなのか? グルだったのか。二人で私を嵌めたのか」
怒りの余り、フォークで肉をガシガシと突き刺しながら、ガマガエルは呪詛のように低い声で呟く。
「全て、私を引きずり下ろすための計略だったんだな? 最初からそのつもりで? その後で、二人揃ってこの国に亡命したのか! 許さない。許さないぞ」
自らが望んでユージーンを欲望のはけ口とした事など忘れ、ハノクは大急ぎで食事をかきこみ、復讐の計画を立て始めた。
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