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二進法原初魔法  作者: lukecat
スローライフの終わり
79/207

アメリア(7)

▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

「私はハノク様と帰国し、彼と結婚して、子どもを産んで育てて、普通の人生を歩みます」


 アメリアのその言葉に対し、侯爵令息は緩んだ顔で言う。

「私としては、多少順序が前後しても良いと思っていますよ」

 それ、結婚前に子どもができるような事をしようって意味よね? とクロエは気持ち悪さに再び自分の頬を潰しそうになる。


 このままでは、アメリアは幸せにはなれない。

 そもそも侯爵令息は、将来の薄毛が決定しているのだ。生まれてくる子どもにも、影響は大きい。生まれながらに産毛程度しかない、という悲劇だってありえる。


(……なんていう事はどうでも良くて! 薄毛だろうが多毛だろうが、性格がよろしければいいのよ! だからこそ、この男だけは容認できないわ!)

 だが、アメリアに何と言って説得すれば良いのか、クロエには見当も付かない。


 見ると、ザイオンも納得のいかない顔をしている。

 少し怒っているようなあの表情は、アメリアの相手がこの馬鹿だなんて冗談じゃない、結婚を諦めさせる良い方法はないか、などと考えているに違いない。


 勝ち誇ったように反り返った侯爵令息以外は、みんなザイオンの出方を見ている。

 うん、任せたぞ、ザイオン。

 クロエは心の中で指示を送る。


「そんなに結婚したいのか?」

 ザイオンがアメリアに尋ねる。

「ええ。結婚して、家庭を築いて、朝は家族全員で朝食を頂いて、夜はまた家族で集まって、その日の出来事を話し合って……、策謀も戦いもない、穏やかな日常を送る事ができればいいと願っているわ」

 アメリアは、夢見るような口調で言った。

(彼女、これまでの人生が策謀と戦いに満ちたハードモードだったので価値観がバグって、侯爵令息の愚かさを他愛ないとか無邪気だとか思ってしまっているんじゃないかしら)

 クロエは心配しながら見守る。


「相手は誰でもいいのか?」

「そんな事はないのだけれど、私には、他に選択肢がないの。行き遅れだし、美人ではないし」

 アメリアが悲しげに言う。

 侯爵令息が頷いた。

「誘拐されたという過去だけでも、皆敬遠しますね。何をされたのか、わかったものじゃないですから」


(そのぷくぷく弛んだお口に、硫酸を流し込んでやろうか!?)

 と、クロエは心の中で凄んだ。

 喉なのか顎なのかわからない部分を掻き毟りながら七転八倒する侯爵令息の姿が、クロエの脳裏に展開する。

(お前は、今、私の中で死んだ!)

 だがクロエの想像力は、当然の事ながら現実世界には全く影響を与えず、侯爵令息が死ぬ様子はなかった。


「じゃあ、俺が、その選択肢の一つになるから」

 と、ザイオンは事務的な口調で言ってのけた。

「俺の傍に留まって、マシューの件の事後処理を手伝え。帰国しないんだから婚約もなしだな?」


 数秒間、全員がザイオンの言葉の意味を理解しようとして、彼を見つめた後、いろいろな事が同時に起こった。


「貴様、第一王子の愛妾でありながら、公爵家の令嬢を囲うつもりなのか!?」

 ラシエ侯爵令息がザイオンに指を突きつけて叫ぶ。

「そんな事は許さないぞ! この色情狂め! 悪食で節操無しの、穢らわしい男妾のくせに!」


 令息はさらに叫び続けていたが、ルファンジアが片手を挙げて何かを唱えると、彼の周囲から空気がなくなったかのように、何も聞こえなくなった。

「あらゆる聖霊の祖にして我らが始祖、アレシャトに繋がる王の血筋のお方、ザイオン様への数々の暴言にはもう我慢がならない! 二度とその穢れた声で、ザイオン様のお耳を煩わせるな! お前のような者はいずれアレシャトの理により、滅されるであろう!」

 宗教がかっていて、ルファンジアの口調が怖い。


 侯爵令息が何か喚いて、その声が誰にも届かない事に苛立った様子で立ち上がって机をガンガン叩き始めると、体調が回復したらしいヨアン保安官が手を振った。

「ここまでだな。ご要望通りマックスには面通りさせたんですから、もうお帰りください、ラシエ殿。私の部下達が宿までお送りしますよ。調査はご自由にしてもらって結構ですが、我が国の法の範囲内でお願いしますね」


 彼女の後ろに待機していた、熊型獣人保安官が、侯爵家令息の巨体を押すようにしながら扉の方へ移動させる。侯爵令息は抗ってみせたが、脂肪の塊でしかないブヨブヨの身体では、鍛え上げられた保安官の筋肉に敵うわけもなく、扉の外に追い出されていった。


 侯爵令息の二人の護衛兼侍従は、机を挟んだ向こう側でニコニコしながら見守っているマクシミリアンと、銃のホルスターに手をかけた竜人の保安官を見て、抵抗しない事に決めたらしい。

 一人が机の上の書類を手に取り、もう一人が令息の持ち物を持って、扉から押し出された(あるじ)の後を追った。

 ヨアン保安官の言葉通り、宿まで送り届けるためか、竜人の保安官が続く。


 アメリアは、隣で起こっているその全てを一顧だにしなかった。

 真剣な顔で矢継ぎ早に質問を重ねる。

「事後処理ってどういう事? マシューは黒幕の魔術師を消し炭にしたのよね? まさか、し損じたのではないでしょうね?」


「今、ザイオン、さり気なく結婚を申し込んだ?」

 クロエの、とても重要だと思われる突っ込みに反応したのは、マクシミリアンだけだった。

「そうなの? 王国に帰らなければ、アメリアはあの男と結婚しなくてもいいっていうのはわかったけれど」

「大事なのはそこよね」

 結婚を申し込んだ、という大げさなものではなくて、単にアメリアをあの男から引き離すための口実なのかも知れない。実際、目の前で行われている会話には、結婚などという夢のある言葉が入る余地は無さそうだ。


「……し損じた、というか」

 ザイオンの視線が、アメリアから外れて彷徨い始める。

 黒幕の魔術師というと、裏庭で立ったまま燃えてた奴か、とクロエは思い出す。

 全身が炭化していて、人形が燃えている? ぐらいにしか思わなかったので、侵入者だと言われた時には驚いた。

 まだ息が有り、何者か調べるためにルファンジアとその配下のエルフ達が連れ去っていった。


「逃げられたの?」

「いや、捕まえた」

「捕まえた!? 生かしてるの!?」


 そう叫んだアメリアから、婚約とか結婚とか、普通の人生などという言葉が、無価値となって剥がれ落ちていく様子が窺い知れた。

 何かとてもまずい事が起きているのだと、クロエは気づく。


 怒りに満ちた声でアメリアは言う。

「なんて馬鹿な事を! なぜあんな者を生かしておいたの? あれが、貴方のお母様を誘拐した張本人なのよ? マシューの炎で焼き尽くして消し炭にするべきだったのに!」


 背後に並んだエルフの列から、ルファンジアがよろめくような足取りでアメリアに近づこうとして、クロエのすぐ横で止まった。両手を組み、きつく握り締めている。


「お前が詳しく話しておかないから……」

 ザイオンの言い訳じみた台詞に、アメリアが言い返す。

「私のせいなの? 十歳の女の子の戯言なんて、信じてなかったでしょう? そもそも、あれから一度も会いに来なかったくせに!」

 その声の調子でクロエは、気づいた。


 アメリアは、ザイオンが『一度も会いに来なかった』というところに、怒っているのだ。

 喧嘩の内容そのものではないから、いくらザイオンがあの時謝ったはずなどと言っても、アメリアの心に響く訳がない。


「……悪かった」

 ザイオンが、素直にそう言った。

 その一言で、アメリアの怒りが呆気なく解けていく。


 彼女は力なく座って、呆然と呟いた。

「そうね……私が悪いんだわ。登城禁止が解けた後、会いに行かなかったのは、私もだから。また失敗したのね、私」


 ザイオンがヨアン保安官の後ろを回り込み、侯爵令息の去った後に空いた席へと移動する。

 アメリアの隣に座り直したザイオンが言った。

「魔術師は、魔王が復活すると言い残して、二日前に死んだ。これから何が起こるんだ?」


 アメリアは、短い間にいくつかの事を決めたようだった。

 彼女の表情には、さっきまでとは全く違う、強い意思のようなものが見て取れた。

「……これは、占いとか、予知夢のレベルで聞いて欲しい、状況によっては食い違うかもしれないあやふやな話なんだけれど」

 アメリアは、そう釘を刺す。

 異世界とか、転生者という概念を持ち込みたくなかったのだろう。話が『占い』や『予知夢』よりも段違いに胡散臭くなるから。


「その魔術師は自分を起点に、何十年もかけて魔界を引き寄せ、再びこの世界にぶつけようと企んでいたの。本来ならマシューに焼き尽くされた時点で、魔術師の体内に刻まれた術式は消え、起点も失われ、注がれていた魔力も霧散し、ギリギリで最悪の事態は回避できたはずだった」


 回避できたはずだった。

 つまり、回避できなかった……?

(それって、どれぐらいまずいんだろう?)

 個人レベルの結婚話から、いきなり魔界だの魔王復活などという話になって、クロエは戸惑いながら、どうにか話を理解しようとしていた。


 ヨアン保安官が、アメリアに尋ねる。

「冬の初月から、魔界にしかいないはずの生物が大陸各地の地下で姿を見せ、人的被害が発生している。これは、その魔術師の計画通りになったと捉えていいのかな?」

 さっきザイオンが言っていた坑道事故の事らしい。


「その生物が人型モンスター(サムシングフェイルド)なら、そういう事でしょうね……さっきも言った通り、私の話す事はただの予知夢程度で、確実ではないけれど」

 アメリアがそう強調するのは、彼女の記憶にある内容と、この世界で食い違っている部分が多いからだろう。


 ヒロインを自称するエルフの話にも間違いが多かった。彼女は、マクシミリアンは死んでいて、ザイオンが王太子だと言った。

(ザイオンが王太子WWWWW)

 いや草生やしすぎている場合ではなく。マクシミリアンが生きていてくれて本当に良かった、とクロエは改めて思う。


「魔王は、本当に現れると思うか?」

 ザイオンがアメリアに尋ねた。

 そう言えばこの間もルファンジアに、魔王の事を尋ねていた。


『魔王は魔界に去りました』

 そうルファンジアは言った。

『二つの世界は分断されたので、二度と会う事はないでしょう』


 だが、今は分断されていない。

「そうね。……最終的には、現れるんじゃないかしら」

 アメリアの答えを聞いて、ザイオンはなぜか悲痛な表情になり、マクシミリアンを見る。

 釣られたのか、アメリアも同じようにマクシミリアンを見る。


 不思議に思ってクロエも、マクシミリアンを見た。

 注目を浴びて何かしなくてはと思ったのか、マクシミリアンは両手で両頬を挟み、アヒル口を作ってみんなに見せた。

 会議室内に、微妙な空気が流れる。


 ルファンジアが仲間に声をかけると、会議室を出ていった。ザイオンの祖母エリクシャナへ報告し、今後について相談するに違いない。


『悪魔の話をすると、悪魔が来るっていうよね……』

 兄が呟いた言葉をクロエは思い出していた。

 どうやら、その通りになりそうだ。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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