34_48:器の小さい男(1)
34_45:僕が死ぬ日の青い空(13)直後、首都に帰るまでの話となります。説明が多いです。
一部グロテスクな描写が含まれています。
免疫のある方のみ、お進みください。
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「お伝えしなくてはならない事が、いくつかあります」
セス号からザイオン達を回収したルファンジアは、操縦士役を務めながら言った。
彼女の前方壁面には、周囲の景色が投影されている。視認性を良くするため、『葡萄ジュース輸送機』内の照明はかなり暗い。
ザイオンは、ルファンジアの斜め後ろに座っていた。その右隣、ルファンジアの真後ろに当たる座席にいるのはマクシーだ。彼は座席を段階的に倒せる事を知って、どの角度で座るのが楽か試している。
「まずは一つ目です。あらゆる聖霊の祖にして我らが始祖、アレシャトに繋がる王の血筋の方において、発現するルート魔法、及び魔導具は、ザイオン様にしか作れないものですので、今回のように自ら危険を冒すような事は今後お控えいただきたいと、エルフの重鎮達を初め各方面からの意見が、守り役の私まで多数届いております」
「ルート魔法? なんだそりゃ」
ザイオンは、セス族族長の息子から引き上げてきたブレスレットを、手拭きで磨いていた。表面にこびり付いた血がなかなか取れない上に、サイズ調整用部品の連結部に付いた血は、細かな棒か何かが無ければ届きそうにない。
「ルート魔法とは、この世界の内側からでは到底なし得ない魔法であり、ルート権限で世界の外側から施す事のできる、王の血筋の方専用の魔法、と伝え聞いております。魔力を含めたリセットを何度でも可能にする魔法もその一つですね。等価交換が原則のこの世界において、ゼロを百にする、世の理を超えた魔法、と言えばわかり良いでしょうか」
「その便利な魔法を、自分達で利用できなくなるのは困るから、勝手に動き回るなと?」
ザイオンの直接的な言い方に、気を悪くした様子もなく、ルファンジアは頷いた。
「そう考えている者が多いです。今後何らかの動きを見せるエルフも居るかと思いますので、お気を付けください」
(エルフ達も、一枚岩ではない訳か)
ザイオンは、右掌を上に向けて、赤茶けた使用済みの手拭きを置いた。
『§ ¶環境魔法{要素:炎;量:1;距離:0.01;時間:0.5;} §』
使用済み手拭きは一瞬の半分程度で灰になる。
ザイオンはポケットから出したゴミ袋に灰を入れた。物質を消去する魔法もあったが、パラメータの配分を間違えて自分の手や周囲の物まで消してしまうリスクを考えると、使う気にはなれない。
炎や火の魔法は料理でよく使うので、最も使い慣れている魔法と言える。覚え立ての頃、プリンの上からかけたカラメルを火で炙ると、マクシーが大喜びしたっけ、などと思い出す。
(帰ってから、ブラシで擦らないと駄目だな、これは)
新しい手拭きを出して、手を綺麗に拭う。その手拭きでブレスレットを擦るが、どれだけ拭いても綺麗にならず、こんなものをユージーンには渡せないなと思う。
ザイオンの右隣では、マクシーが座席を平らに倒して眠り始めていた。日付も変わって、いつもなら寝ている時間だ。
「えー、二つ目ですが」
ルファンジアは一瞬肩越しに振り返って、マクシーが寝ている様子を確かめてから、再び前を向いた。
「クロエ様が、首都の医療センターを出入り禁止になりました。今は我々エルフ族の首都用施設に宿泊していただいています。私達が今向かっているのもその施設です」
「……ああ」
と、ザイオンは思い出した。
「連れ去った奴らをボコボコにするって言ってたっけ? 病院で、ルキルスとかいう男を半殺しにでもしたのか?」
「……半殺しというほどではないのですが。どうやらクロエ様は、ルキルスという男がユージーン様を襲うと思い込んでいるようなのです」
「襲う?」
「当初、ユージーン様と同じ部屋に、ルキルスも収容されていたのですが、クロエ様が別室で医師の説明を受けている間にその男、目を覚ましたようで。ユージーン様の手を握っていたところを目撃したクロエ様が、激高してさんざん殴りつけてしまったそうです。病院から追い出された後も、ルキルスがユージーン様に良からぬ事を企んでいるとクロエ様が泣くので、やむを得ず個室を用意しました」
「……ユージーンは目を覚ましたのか?」
「いえ、その時はまだ。楽観はできませんが、おそらく初期に施された措置が適切だったため、酸欠による損傷などは認められず、重篤な状態ではないという事でした……それで」
ルファンジアは、隣の空席に置いてあった書類を取り、ザイオンの方へ差し出した。
「三つめです。額が額だけに先に同意をいただきたいという医療センターの申し出がありまして、私の一存ではありますが、緊急という事で、了承してしまいました」
ブレスレットを手に持ったまま何気なく受け取ったザイオンは、暗がりの中、明細に並ぶ個々の名目を目で追う。
診察料、緊急手術代、輸血費用、処置代、薬剤代、病衣レンタル代、等々と小計金額……更に二枚目にも、診察料、処置代、薬剤代、病衣レンタル代、酸素吸入、部屋代差額、等々と小計……そして、合計金額。
「は?」
思わず、声が出た。
「これ、桁を間違えてないか?」
「間違っては、おりません」
ルファンジアは前を向いたまま答えた。
「一日分?」
「一日分です」
ザイオンは数回、桁数を数えた。
払えない金額ではない。今の彼はエルフ達に、ルート魔法とやらで魔力を戻せるリセットリングを大量に売って、それなりに金はある。
(でも、ちょっとした家を買えるぐらいには高いぞ? ユージーンの分はいいとして、あの誘拐犯の片割れの分も俺が払うのか? この額を?)
釈然としない気分に襲われる。
『器の小さい男ね!』
以前クロエに罵られた言葉をザイオンは思い出した。マクシーが食堂で大暴れし、賠償をしなくてはならなくなって、金の代わりに一枚板の木製テーブルを供出した時だ。
(そうとも、俺は器の小さい男だ。言われた悪口はずっと覚えているし、あのテーブルを失った事にも、ルファンジアに買い戻してもらうまではずっとムカついていた。この件も、放置って訳にはいかないぞ。俺は、器の小さい男だからな?)
どうしてくれようかと、ザイオンはあれこれ画策し始める。
気分は借金取りだ。
「でも、変だな? 春から夏にかけてユージーンは、カウザン第一拠点の医療センターに入っていたけれど、こんなに高かったらクロエには払えないよな?」
ユージーンが医療センターに居る間、クロエは午前中を付き添いに費やし、午後にはマクシーと狩猟に行っていた。狩猟で得た素材を売れば日当が高額になるケースも多いが、家を買えるほどの金を毎日稼いでいたとは思えない。
「そういえば、そうですね……?」
ルファンジアも今気づいたらしく、動揺した様子を見せた。
「医療センターによって、違うのでは……」
「つまり、足下を見られて吹っ掛けられたって事だよな?」
「そうかも知れません……すみません、急いでいたので、高いなと思いつつ、よく考えずに同意してしまいました」
ルファンジアは、悔しそうな声を出した。
「それは、仕方がない」
ザイオンは、自分の手の中にあるブレスレットを眺めながら、言った。
「だが、向こうが先に吹っ掛けてきたのなら、こちらも吹っ掛けていいよな?」
借金取りから詐欺師へと、気分は変わりつつあった。
「どういう事でしょう?」
ルファンジアは振り返って、不安げに尋ねた。
「このブレスレットだが、魔力だけではなくて、生命力も戻す事が、さっきはっきりとわかった」
ザイオンは受け取った書類を前の座席の上に戻すと、ブレスレットを振って見せた。
「通常のリセットリングは、身体の形状を戻す。失明、四肢欠損、傷などだ。人体の基本的な構成はすでに記録されていて、装着した時に種族的・個人的な差分を一度だけそこに追加保存する。死亡した場合、身体の形状は戻せても、命は戻らない」
ザイオンの説明に、ルファンジアは頷く。
更に言えば、一般に流通しているリング型では、魔力を持つ者が触れなければリセットは起動しない。
「俺が作るリセットリング、もしくはリセットブレスレットは、『接触している者』を対象にデータを丸ごと保存し、以降は任意のタイミングで差分を統合保存する。保存に時間がかなりかかるが、そのデータには身体・魔力・生命力の区別はない。死んでも、最終保存時に遡って蘇る事ができる」
ルファンジアは前を向いて、操縦席前に投影されている景色を確認しながら、頷いた。
「さきほど、首がずるずると胴体に引き寄せられ、切り離された傷が跡形も無く消え、死体だった人間が泣き喚き始めたのを見ました。あまりの恐ろしさに目を背けてしまいましたが……あれが、リセットブレスレットによる蘇りだったのですね」
「医療関係者なら、絶対に欲しがるはずだ。幾らなら出すだろうな?」
リセットブレスレットの値段を、今までに売ってきた値段の百倍、千倍で吹っ掛けても、先に医療費を吹っ掛けてきた連中なら文句は言えないだろう、とザイオンは考えたのだった。
(この、血がこびり付いてしまったブレスレットを高値で売って、ユージーンには新しいブレスレットを作ろう)
ザイオンは失念していた。
人を蘇らせる事ができるリセットブレスレットを欲しがるのは、医療関係者ばかりではない、という事を。
「素晴らしい……これほどまでにルート魔法を使いこなす方は、過去にも聞いた事がありません。これまでにお売りいただいたリセットリングが、魔力だけではなく命も蘇らせる事ができるのであれば、我がエルフ族はこの世界最強の軍隊となり得るでしょう」
前を見つめるルファンジアの目が、熱を帯び始める。その様子は、後ろに座るザイオンの位置からは見えない。
「リングだけではなく、リセットブレスレットもお作りいただければ、殺されても殺されても蘇る最強の獣人部隊を作る事ができます。エルフだけに力を持たせる訳にはいかないと、空軍発足に異を唱えていた連中も、これで譲歩するはず」
ルファンジアは、嬉しげな笑いを漏らす。
「これからは、更に忙しくなりそうです」
彼女の言葉を聞いて、ザイオンは目を見開いた。
空には攻撃魔法を無限に放つエルフ空軍、地上には、殺しても殺しても蘇る、最強の獣人部隊……。
(世界征服でもするのか……?)
仮想敵国はおそらく、ザイオンの母親を見殺しにしたモスタ王国だろうが、前時代的な科学力しか持たない国を落とすためにしては、明らかに戦力過多だ。
(知るか、あんな国。俺には関係ない)
目下の問題は、吹っ掛けられた医療費だ、とザイオンは思考を切り替える。
あんな料金を請求して来た連中には、馬鹿みたいに高い値段で、血で汚れたリセットブレスレットを売りつけてやらないと気が済まない。
政治的な雑念を頭から追い出すと、彼はその段取りに頭を悩ませ始めた。
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