34_49:器の小さい男(2)
34_48:器の小さい男(1)の続き。説明多め。
※スピンオフ「貴腐人エロイーズの婚姻」に関わる内容が出てきますが、読んでいなくてもわかるようにしております。
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「もうすぐ到着します」
と、ルファンジアが言った。
眼下に、光の点が幾つも連なって見えた。
共和国の首都バシンは、大陸西部の平原に位置していた。ザイオン達が生活基盤を持つカウザン第一拠点からみて、南西に位置する。
王国に比べて歴史は浅いが、科学技術は進んでいて、魔力ではなく電力が社会基盤を支えていた。郊外には水力・火力・風力発電所を有し、大量生産のための工場もある。
二百年ほど前から多種族が一致協力して安心して住める環境を整えてきたエリアであり、モンスターの出没地域はかなり遠くに退けられている。
この国を動かしているのは、人族、獣人族、竜人族、そしてエルフ族の四種族から選ばれた代表者達で構成される共和国議会だ。人族は知力担当、獣人族は体力担当、竜人族は技術担当、エルフ族は魔力担当、と言われているが、この役割分担に関係なく、それぞれの種族から同数の議員達が選ばれる。
そのため、都会を嫌うエルフ族も、この首都で議員が滞在するための本拠地を所有していた。
そのビルの屋上に、魔導飛行船の発着場があった。
ライトで明るく照らされた屋上に、ルファンジアは、魔導飛行船の高度をゆっくりと下げていく。
点滅する円の中に降り立つと、飛行船内部に投影されている光景は消えて、本来の内装が現れた。
長い操縦を終えたルファンジアが、ほっとした様子を見せて、しばらく座ったまま動かないでいる。
「付き合わせて悪かったな、ルファンジア」
と、ザイオンは言った。
あの家に住む交換条件として、ルファンジアは雑用をこなす事になっていたが、ユージーンの捜索や輸送機の操縦は雑用の範疇に収まらない。勝手に付き従ってくれるのでこれまで便利に使ってきたが、今回彼女に強いた負担は相当なものだった。
「とんでもない。頼ってもらえて、嬉しかったです」
ルファンジアは笑顔を見せた。
「ユージーン様を取り戻せて、本当に良かったですね」
「ああ……そうだな」
一瞬泣きそうな表情を見せたルファンジアに、素知らぬふりをしてザイオンは背を向ける。ルファンジアはかつて、ザイオンの母親の子守り役を務めていたと聞いた事があった。
母親の事をいつか訊こうと思っていたザイオンだったが、拉致という言葉に過剰反応するルファンジアを見ると、そう簡単に話せる心境ではないのだろうと悟る。
まだ眠っているマクシーを放置して、ザイオンは船尾方向にある収納庫に向かう。
ユージーンの衣類を納めた袋を取り出すと、船の収納庫に無造作に放り込まれているジュースの空き瓶などもその袋に収めた。
袋の底にある毛布にくるまれた塊は、ユージーンの靴だ。セス族のクヲンからブレスレットを回収する時に、彼がユージーンの靴を履いたままだと気づいて無理矢理に脱がせた。血が付いているので、そのまま入れる事はできず、輸送機にあった毛布にくるんだのだ。
収納庫は、用意してあった毛布などを怪我人用に全部使い切ったため、ほぼ空だ。
その底に、ザイオンは気になるものを見つけた。
布で継ぎ当てした古いポーチで、バラに囲まれた四阿が刺繍されていた。手に取ってみると、何となく見覚えがある。内側は丈夫な革製だ。モスタ王国に居た頃、養子に入っていた家の二番目の娘が、重い本を入れるので内部を革で補強した、と話していたポーチに似ている。
振り返ると、ルファンジアが椅子に置いてあった書類を手に、マクシーを揺り起こしているところだった。
マクシーが、眠そうな顔をして座席から立ち上がる。
「マクシミリアン」
ザイオンは、そのポーチを掲げてみせる。
「お前、エロイーズに会ったのか?」
「あ」
と、マクシーは言った。
あ、しまった、の「あ」に違いなかった。
「ロス領の奥方様の事でしょうか?」
ルファンジアが鋭い目をマクシーに向けた。
「どなたにもお会いになってはいけないと、申し上げましたのに」
「ロス領の奥方?」
ザイオンはポーチを下ろす。
「何の話だ?」
「実はモスタ王国ロス領内に、拉致された猩猩達を乗せた船が漂着したという情報があったので、先日のテスト飛行の際、内密にその確認に行って参りました」
ルファンジアの話は、半分本当で半分嘘らしい、という事が、マクシーの少し驚いた表情から、ザイオンにはわかった。
「いずれ公式に、先方から連絡が入るとは思いますが、未だ馬車しか交通機関がないお国ですので、まだ先の話になるでしょう。偶然、ザイオン様の義妹に当たるエロイーズ・カラドカス様が、このロス領を治める辺境伯に、先月輿入れされています」
ルファンジアは、偶然、という言葉を強調する。
モスタ王国に居た頃、ザイオンはカラドカス公爵家の養子という立場を得た上で、『マクシミリアン第一王子』の側近になった。その公爵家の次女が、船の漂着した領地に居たのは確かに偶然だろう。
「僕はエロイーズに、結婚おめでとうと言いに行っただけです」
と、マクシーは開き直る。
「なるほど?」
ユージーンが拉致された朝からの流れで、ザイオンはとても疲れていた。
おめでとうと言いに行っただけでは、義妹のポーチがここにある事と、ポーチの中に、干からびたミカンの皮とお菓子の包み紙らしいものが大量にある理由にはならない。
義妹が大事にしていたポーチごとマクシーにお菓子を渡したとは考えにくいので、勝手に持って来たとしか思えないが、深夜に延々と嘘を暴いて説教するほどの気力が、今のザイオンにはなかった。
それよりも、先日拠点を騒がせた使役魔獣の集団拉致よりも前に、春頃大陸の内地で村ごと拉致された猩猩達の顛末の方が気になった。
「猩猩達は、無事に保護されたのか?」
うろ覚えだが、隷属の首輪をはめられ、火竜の卵を抱いて走らされたのは、そのうちの一匹だったはずだ。
「街で聞いた噂では、海岸に遺骸が大量に流れ着いたようです」
ルファンジアは苦々しい表情になる。普段から使役魔獣と身近に接している者にとっては、その話は痛手だろう。クロエと一緒にいたあの葉っぱだらけの、マクシーに似た猩猩は、仲間を全て失った事になるのか。
「奴隷商人達はロス辺境伯が捕らえたと聞いています。詳細は公式な連絡待ちです」
今回、一つ間違えばユージーンが死んで海岸に流れ着いていた可能性もあるな、とザイオンは思う。もっと組織的に海の捜索を行う事ができれば、無傷で助け出す事だってできたはずだ。猩猩達を運搬する奴隷船も、難破する前に救えたかも知れない。
「共和国には、海の軍隊はないのか?」
「ありません。師団の一つとして、密輸や密入国を監視する沿岸警備隊は存在しますが」
ルファンジアは、考えながら言う。
「今回のテスト飛行を踏まえ、魔導飛行船の海上基地として使える母船の建造を提案する予定ですので、もしも採択されたら、それが海の軍隊に相当するのではないでしょうか。ただ、我が国はモンスターに蹂躙されている大陸にあります。つまり安住できる土地が限られるため港が少なく、外洋航行の経験を持つ人材がほとんどおりません。母船を作っても、適切に運営ができるかどうかが、議案書作成においての懸念部分となっています。残念ながら現時点では……」
ザイオンは、ルファンジアの抱えている書類を指さした。
ルファンジアは不思議そうに、視線を落とす。
「そこには、海の民セス族の信頼厚く、族長の跡目に指名された事から暗殺されかけ、共和国内ではユージーンを誘拐した容疑がかっているが結局は助ける側に回り、かつ、少なくない借金を背負う予定の男の名前がある」
ザイオンの言葉に、ルファンジアは感嘆の声を上げた。
「それでは亡命手続きを進め、司法関係者と軍上層部に根回しをして、それから、借金返済の計画書と契約書を用意します」
思いつきで言った事だが、これで債権回収の目処が立ちそうだと、ザイオンは安堵する。
(俺は器の小さい男だからな!)
赤の他人の高額な医療費を支払っても、大損どころか、ブレスレットが高値で売れれば丸々儲けだし、ルファンジアも嬉しそうだ。
ザイオンは手に持っていたポーチを、ほぼ満杯の収納袋に無理矢理押し込んだ。
それから、丸く収まったようで良かったとばかりに愛想笑いを浮かべているマクシーの頭を通りすがりにゴツンと拳で叩くと、扉の開閉ハンドルへと向かった。
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