34_37:僕が死ぬ日の青い空(5)
「強盗犯の名前はクヲン、所属国籍は『海の民』だ」
ヨアン保安官は、壁に設置された黒色の板に向かって、地図を描き始めた。
緑がかった黒髪は、肩まで伸びて、やや跳ね気味だ。
「東西の距離感を無視して、かなり図式化した地図だが、モスタ王国は北の大陸、カプリシオハンターズ共和国はその南に位置する大陸となる。両国間にはこのように、どちらにも属さない小さな島が点在する」
二つの大陸の間に、島を表現するらしい円が幾つも描き加えられた。
「島に住む人々は、船で島々と両国を行き来し、主に海運と漁業で生活の糧を得ている。モスタ王国とカプリシオハンターズ共和国間の交易品輸送を実質的に担当しているのは、主に彼らだ」
まるで大勢を相手に授業でもしているような口調だが、保安官事務所のこぢんまりとした会議室で、長椅子に着席し、彼女の話を聞いているのはザイオンとルファンジアだけだった。
ルファンジアは、拉致、という言葉を聞いてからの挙動がおかしい。時々有らぬ方を見ては、ぼうっとしたり、突然険しい表情になったり、泣きそうな顔をしたりと、表情が変わり続ける。耳に取り付けた小さな通信用魔導具で、何かの情報を受け取っているのだろうと思い、ザイオンは気づかないふりをした。
「海の民は、緩い連邦国家と見做すこともできるが、国家としての仕組みは整っておらず、実体は島ごとの自治領だ。島ごとに部族があり、部族の船団を持ち、世襲の部族長がいる。クヲンの属するセス族は中堅どころだ。族長の妹がモスタ王国の商家であるライオ男爵の愛妾で、ライオ男爵はセス族を通じて共和国の魔導具類や宝飾品を輸入販売し、かなり羽振りが良い」
会議室の長いテーブルの上には、ザイオンが持ち帰ったリセットブレスレットがある。
ブレスレットを見たクロエが泣き崩れたので、精神安定剤代わりのマクシミリアンを付けて、一旦別室に待機させている。
(あの馬鹿二人がこの場にいても、何の役にも立たないからな)
ユージーンを見つけ出せなかった悔しさもあって、ザイオンは幾分攻撃的な気分になっていた。
(追跡魔法がばれたのは、魔導具を交易品として扱う連中だったからか)
目立つブレスレットに付与したせいもあるのなら、次からはもっと小さな装身具にするか、いっそ素肌に刻み込むなど、もっと見つかりにくいやり方にしないと。
(ユージーンを取り戻せなければ、『次』なんて何の意味もないが……)
「クヲンはセス族を束ねる族長の息子で、将来的には族長を継ぐ身だ。王国で言えば王子様だな。相当甘やかされて育ったんだろう。服屋店員の証言やレシートという確かな証拠があるにも関わらず、拘留中も自分の非を頑として認めなかった」
その時のやり取りを思い出したのか、ヨアン保安官は険しい表情になった。
「そこでギガテス地方裁判所は、この男の行為を悪質と判断し、国外追放に加えて、領海を含む再入国を未来永劫的に不可とした」
彼女は、ザイオンやルファンジアがその処分の意味を深くは理解していないと思ったらしく、説明を追加した。
「これは彼らの海運業という仕事の面から考えると、族長の継承も危ぶまれるような重い処分だ。我が国の交易品輸送に携われない、という事だからな」
ヨアン保安官は、地図の横に下手くそな人相書きを書いた。丸い顔に、髪、目鼻、口があり、人族なら皆当てはまりそうな特徴を備えている。髪は暗めの赤、上着は青のノースリーブと文章で書き加えてから、ヨアン保安官はチョークを置いて、手についた粉をはたく。
「身柄を引き取りに来たこの男は族長の甥で、ルキルス・ライオ。クヲンの従兄弟だ。クヲンとルキルスの二人が艀に乗って、沖合に停泊するセス族の船に戻るところまではガーディアン二人が同行して確認した。その直後にセス族の船は出航、セス島への帰路にあるはずだ」
「それは見せかけで、沖合に留まっていたという事ですね。訓練中の航空部隊を招集して、船を見つけたいと思います。四種族会議にまだ承認をいただけていない新設部隊ですが」
ルファンジアは目を怒らせ、声を震わせて言う。
「私の庇護下にあるお方を拉致するとは。絶対に許す事はできません」
「それは」
ヨアン保安官が、困ったような表情を浮かべる。
「私の管轄外だからなぁ。ちょっと待っててくれる?」
「ライオ男爵……下位貴族か。そのルキルス・ライオが男爵家の庶子だとして、今何歳なんだ?」
ザイオンの問いかけに、ヨアン保安官は手元の資料を見る。
「身柄引き取り時の本人確認書類では、二十二歳とある」
「ユージーンも二十二歳だ。同じ貴族で同じ年齢という事は、貴族学園かどこかで接点があったんだろう。顔見知りだったから、ユージーンは油断して誘い出された。……としか、考えられないな」
「なるほど。友好的な関係という可能性は……」
ヨアン保安官の青い瞳が、机の上に置いてあるブレスレットに向けられる。
「なさそうだな。おそらくは、族長の息子に対する処分の撤回が目的だろうが、逆効果だとは思わなかったんだろうか?」
「ボス!」
前触れもなくいきなり、会議室のドアが開いた。
犬型獣人が急ぎ足で入ってくるなり、一気に捲し立てる。
「上位モンスターのフィールドに、伝説の黒龍が出現しました! 真っ黒い鱗、尖った口、鋭い鉤爪のある四肢に加えて黒い翼を持つ、四頭立て馬車よりも大きい、青い目の龍です! モンスターを次々に襲って、食いちぎっているので、恐慌状態に陥った上位モンスター達が境界を突破し、下位のフィールドになだれ込んでいます。現在下位ハンター達を待避させているところです」
あ、という顔をザイオンは上手く取り繕った。
マシューを独りで散歩に行かせたのは、やはりまずかった、と思いながら彼は、無表情を保つ。
(強いくせに、狩りが壊滅的に下手だからな……逃しては、次の獲物に襲いかかっているんだろう。今までは使役魔獣用の登録証で何とか誤魔化せていたが、そろそろ限界か)
「伝説の黒龍?」
ヨアン保安官は懐疑的な口調でそう言い、ザイオンを見る。
彼女はこの拠点の安全を守る長として、ザイオン周辺の情報を一通り把握しているらしい。
犬型獣人が興奮した様子で続ける。
「あれですよ、あれ。我が国の国歌が、『黒きドラゴン顕現し、肉を求めて、道告げる アレシャト贈りし黒龍の~』で始まるじゃないですか! 試しに上位ハンターが、『一角ノン』の肉を積み上げたところ、今五匹目を貪っているとか」
(そんな国歌、あったか? 知らんぞ? 今適当に作ったんじゃないだろうな?)
竜人の手書き資料と板書を見比べつつ、ザイオンはポケットから筆記具を出して、余白に地図を描き写す。
この不正確な位置情報を元にして、ユージーンを連れた連中がどちらに向かったか判別するのは難しい。おそらく、彼らの所属する船はイレギュラーな場所に待機しているだろうし、誘拐犯達は真っ直ぐに向かう航路は取らないはずだ。
「その黒龍の伝説は、傍系のエルフたる私も伝え聞いた事があります」
ルファンジアが、予言者のような厳かな声で何か言い出した。
「その龍が真に伝説の黒龍でしたら、人に害をなす事は決してありません。一角ノンを五匹も食べた後は、しばし昼寝をし、やがて自らの住み処へと還るでしょう。決して追跡してはなりません。龍が告げるべき未来を、失う事になります」
「聞いたか、タトス?」
ヨアン保安官が、犬型獣人に言う。
「はい!」
「今の言葉を、現場にそのまま伝えろ。龍は放置でいい」
「はい! 龍は放置、了解です!」
来た時と同じ勢いで、犬型獣人は走り去った。
「そんな事よりも、航空部隊の招集許可は、待っていればいずれはいただけるという認識でよろしいのでしょうか?」
ルファンジアは、ヨアン保安官に対して少し上目遣いになる。
「私の管轄はこの拠点周辺の安全管理だから、海上となると許可を出す権限がない」
ヨアン保安官は、誰も座っていない席を見下ろす。
「今、スラン団長を通じて、上に事情を説明しているところだ。対外的な問題が含まれるため、各方面の官庁にも話を通す必要があるかも知れないな。そうなると……」
「ボス!」
前触れもなくいきなり、会議室のドアが開いた。
黒狼型獣人が急ぎ足で入ってくる。
睨むような視線が各方面から彼に突き刺さった。黒狼型獣人のガーディアンは一瞬怯んでから、上申した。
「ギガテス大河の河口付近で、警戒線が突破されました。小型船舶ですが、見た事もないようなもの凄いスピードで、追いつけませんでした。乗員三名を確認。一人は船底に伏せていて、おそらく拘束された状態。船外機から水流が凄まじい勢いで噴出していて、魔導具使用の可能性あり。真っ直ぐに北上していきました」
ルファンジアが立ち上がった。
「それはおそらく、飛行魔導具を元に最近開発された、水噴射推進システムです。我らエルフの技術を悪用するとは! 海の民への、あらゆる魔導具の売買・譲渡を全面禁止する措置をとるよう、四種族会議に進言いたします!」
「その前に訊きたいんだが、ルファンジア」
ザイオンも立ち上がって、尋ねた。
「あの葡萄ジュース輸送機の定員は何名だ?」
「……四名です!」
まるで、軍の司令官に対するかのような姿勢で、ルファンジアは応じた。
「この間やったテスト航行をその人数で、もう一度実施できるか?」
「もちろん!」
ルファンジアは得心した笑みを浮かべる。
「クロエ様とマクシミリアン様にもお知らせいたしますか?」
パイロットとしてのルファンジアは欠かすことができないため、ザイオンとクロエ、マクシミリアンで四名になる。
ユージーンを見つけたら誰かが代わりに降りるしかないが、ザイオンは、それは後で考えることにした。
「頼む。俺は先に帰って、出発の準備しておくから」
「承知いたしました」
ルファンジアは自分の心臓辺りに手を当てて敬意を表した後、早足にクロエ達のいる部屋に向かう。
「ええっと」
ヨアン保安官が思案げに告げる。
「一応、海上でも領海、公海という概念があるからね。向こうの領海内に逃げ込まれたら、迂闊に手は出せないよ? 国同士の戦端を開く切っ掛けになる可能性も……」
「なるほど?」
ザイオンは、悪役じみた笑みを浮かべる。彼は、長机の上にあるユージーンのリセットブレスレットを手に取って、ポケットに入れた。
「相手国の領海内に入る前なら、手を出してもいいって事だな?」
「うわぁ、なんか既視感が」
「いやぁ、……それは」
黒狼型獣人とヨアン保安官が同時に何か言いかけるが、最後まで聞かないまま、ザイオンは会議室を出た。
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