34_15:ヴァージン
終始下ネタ、蛇足中の蛇足です。下品さを厭う方はスルーをお願いします。
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(いい事……いい事ね。安易に使った言葉だけれど、マックスはそう思えたかしら?)
初めて同士が、初見で最高に盛り上がるロマンス小説を、クロエは前世でたくさん読んだ。愛さえあれば、童貞でも処女でも、熟練の戦士のごとく互いを高め合える。多くの物語で登場人物達は、一度も失敗する事無く挿入し、良過ぎて失神するほどにいたしているのだ。
だが敢えて言おう!
あれはただの夢物語であると!
クロエは、眠っているマクシミリアンの横で、現実と向き合っていた。
もちろん、楽しむための物語で、男女間の事情をありのままに書く必要はない。
ロマンチックな濡れ場は、それまでの苦難を乗り越えてきた恋人達へのご褒美だ。
だが、何ページにも亘ってアンアン言っている恋人達のページの片隅に、実技に役に立ちそうな知識も書いておいてもらえていたらと、クロエは思うのだ。
まずは、避妊具の使い方。
なんですかあれ。
ワンタッチでポンと入る、とかじゃないんだ?
素材はモンスター由来の薄い膜のようだが、形状は前世で見たものとそっくりの、丸い形をしている。包みにも本体にも使い方が書いていなくて、裏表の区別もつかない。
試行錯誤しているうちに、マクシミリアンはショボンとなってしまった。
ロマンチックな雰囲気のまま使うのは、なかなか難しい、とクロエは思う。
それから、童貞の人が、処女の人を準備OKにするのは、よっぽどそういう情報を取り入れてイメージを膨らませていないと、無理では? 女性がどこでどう感じるか熟知していて、『ほら、君のここに三本入った。そろそろいいかな?』なんて余裕をかませるつよつよ童貞が、どこに居るんだ?
一度も挿入に失敗しないってのも、ありえない。眼球が局部じゃなくて顔についている限り、間近で目視しながらの挿入はできないから、一度ぐらいは『あれ? どこ? 挿入場所どこ?』ってなるよね?
四苦八苦して最後には何とかなったけれど、『いい事』どころか、クロエにとっては途中から苦行だった。
(マックスは満足したみたいだし、ザイオンから気を逸らす事もできたし、よしとするかぁ)
一糸まとわぬ姿で寝入っているマクシミリアンの銀髪を撫で、その額に唇を押し当てると、クロエは服を着て階下に降りた。
のんびりと風呂に入っているうちに、小窓から差し込む日が薄くなっていた。
新しい服に着替えて、タオルで髪を拭きながら居間に入ったクロエは、驚いて足を止めた。
暗くなった居間にザイオンがいた。
三人掛けソファの真ん中に、偉そうな態度でふんぞり返って腰掛け、じろっとクロエを見る。
うす暗い中、金色の瞳で見上げられると、悪魔っぽくて少し怖い。
「帰ってたんだ」
あの後どうなったのか、とか、どんな話をしたのか、とか訊いてみたかったが、クロエにはできなかった。
「マクシミリアンは?」
ザイオンが尋ねる。
「あー、うん。なんとか」
入った、と言いかけるクロエ。
危ねぇ。
「今は落ち着いて、私の部屋で寝てる」
「そうか」
ザイオンは、立ち上がって厨房へ向かう。
明かりを点けると彼は、夕食を作り始めた。
その行動がいつも通り過ぎて、クロエは、拍子抜けする。
昼の再会劇は夢だったのか、と思えてくるほどだ。
クロエはソファに腰掛けてタオルをローテーブルに置くと、ポケットから出した櫛で湿気た髪を梳き始めた。
(数十年探した娘が亡くなっていて、娘と良く似た遺児とようやく再会したエリクシャナが、そう簡単にザイオンを手放すだろうか?)
「髪の毛をそこに落とすな」
一瞬、野菜を刻む手を止めて、ザイオンが言った。
「はーい」
オカンかよ、と心の中で突っ込む。
落ちた抜け毛を拾ったクロエは、タオルの上にそれを置いた。
「タオルをそのままにするなよ」
ザイオンが重ねて言う。
「わかってる」
無愛想にクロエは答える。後でちゃんと、洗濯籠に入れるつもりだったのに、先回りして注意するとは。
伴侶に選びたくない男ランキング、ナンバーワンだわ。
「おい」
クロエがタオルを籠に入れて戻ってくると、ザイオンが険悪な声をかけてきた。
「何?」
クロエもけんか腰で答える。
「調味料入れの手前に置いてあったオリーブオイルを、どこへやった?」
「あ」
後で返そうと思ってて、クロエはすっかり忘れてた事に気づく。
(こんなに早く帰ってくるとは思っていなかったっていうか、帰って来るかどうかもわからないと思っていたから)
「あれはオイルでも一番高いやつなんだぞ?」
ザイオンは野菜の入ったボールを、必要以上の力を込めて台の上に置いた。
「まさか、バージンって書いてあるから選んだのか?」
「そんな訳ないでしょう? 一番搾りっていう製法だって事ぐらい知ってるわよ?」
苛々が高じて、クロエは言わなくてもいい事まで言ってしまう。
「そもそもどうして、私が使ったって決めつけてるの? 自分の経験から?」
「お前なぁ」
ザイオンは軽蔑しきった顔になる。
「せっかく人が、知らないふりをしてやってたのに」
絶対この男も、初めての時はうまくできなくてオリーブオイルを使ったんだ、とクロエも決めつける。
険悪な雰囲気で睨み合っていた二人の間に、突然肌色のものが割り込んだ。
「ザイオン!」
階段の途中から飛び降りてきたらしい、真っ裸のマクシミリアンが、ザイオンに抱き付こうとする。
「帰ってきた! クロエの言った通りだ! お帰り!」
「やめろ!」
ザイオンが必死にマクシミリアンから逃げ回っている。
「使ってすぐのソレを、俺にくっつけるな!」
その姿を見たクロエの怒気メーターは、急速に低下した。
怒りにまかせて、とんでもない事を口走ってしまったと、反省する。
「意地悪な事を言ってごめんね、ザイオン。持ち出したのは確かに私だから、瓶ごと洗ってから返すわ」
「どうでもいいから、こいつを風呂に連れて行け!」
ザイオンは、横綱に迫られた素人のように、マクシミリアンに対して無駄な突っ張りを繰り返している。
「風呂は、昼ご飯を食べた後に入ったよ?」
「もう一度入れ! 生臭いぞお前!」
「少しぐらい、ヨシヨシしてあげてよ」
さっきザイオンは、真っ先にマクシミリアンの所在をクロエに尋ねた。
弟がどれだけ不安だったのかザイオンはわかっていて、心配して早く帰ってきたくせに、なぜ態度で表さないのかこの男は。
「俺はその臭いが大嫌いなんだ!」
大げさに騒ぐザイオンを見ながら、彼の綺麗好きって強迫症気味よね、とクロエは思う。
アメリカのテレビドラマで、強迫症を治すために、トイレの床に寝転んで不潔に慣れるシーンがあった事を彼女は思い出した。
ついにマクシミリアンが、力尽くで兄を両腕に収めると、頭をぐりぐりと擦り付ける。
「私、バージンオリーブオイルを取ってくるね」
ザイオンの絶望的な呻きを聞きながら、クロエは階段を上がって行った。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事象・事実・知識とは一切関係ありません
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