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34_13:やっちゃった

※34_XXの数字は、34話と35話の間を埋める話となります。

※クロエ以外の視点で34_12までのお話は、番外編集にあります。ダーク寄りなのでご注意ください。

※この章より視点が一人称ではなくなります。

※章が進むと、主人公クロエ以外の視点が混じり始めます。








 医療センターはハブ広場に面していて、ユージーンの居る二階の病室からは広場全体が見渡せた。


 クエストを張り出している掲示板の前には、初級狩猟民になったばかりの若者が群がっている。主にソロで活動していたクロエと違って、彼らは徒党を組み、要領良く初級クエストをこなしているようだ。魔法を使うエルフ、攻撃力を誇る獣人、盾になる竜人、指示役の人族と、役割分担している様子が遠目にもわかる。


「友達がたくさん居ていいな、みんな」

 窓枠に手を添えて覗いていたクロエは、思わず呟いた。


「え……」

 と、ユージーンが驚いたような声を立てる。


 クロエが振り返ると、ベッド用テーブルの前に身体を起こして、病人食を食べていたユージーンは、戸惑ったような顔をしている。


 元々、ほとんど会話のない兄妹だった。

 何を訊いていいのか、相手が何を考えているのかを、手探りしながら関係を修復している状態だから、お互いに見合ったまま、黙り込んでしまった。


 ユージーンは、面会は許可されたけれど、まだ元気に歩き回るまでにはなっていない。

 第二王子の硬く尖った靴の先がお腹に当たった時、破れた腸の中身が身体の中に飛び散って、本来は無菌状態であるはずの体内に菌をまき散らした。取っても取っても膿が出て、切った箇所を元に戻す事がなかなかできないほどの状態で、ユージーンは長い間生死を彷徨わなくてはならなかった。


 ようやく腹膜炎が落ち着いた後も、熱を出して寝込む事が多かったユージーンだが、夏が終わる頃には食べられる量も多くなり、痩けていた頬がふっくらしてきた。そうすると黒髪黒目の父親似だった顔が、クロエそっくりになったから不思議だ。


「えっと……」

 ユージーンは俯いて、言う。

「一緒に住んでいる二人は、友達ではないのか……?」

 クロエに似た、つり目気味の伏せられた目元が、妙に色っぽい。


「うーん……?」

 クロエも、目を逸らしながら考え込む。

「ザイオンは、友達ではないわね……腐れ縁というか。マックスとは、一応友達……かな」


 友達同士では、恋人繋ぎはしない。

 でも、マックスを完全に恋人だと認定したら、クロエには行動を共にするような親しい『友達』が、いなくなってしまう。その事実を直視する気にはなれない。


 一緒に狩猟に行けるような、仲の良い女の子の友達が欲しかった。

 広場を見下ろせば、二割ほどは女性の狩猟民で、楽しそうに会話している声が聞こえる。あの中に混ざりたいと思うのに、いざ同じ広場に立って、彼女達を目の前にすると、『こんにちは』の一言がどうしても出ないのだ。


 広場の方に視線を戻したクロエは、ちょっとした違和感に気づいた。いつもより混雑している気がする。中央には飛行船の停泊スペースがあって、定期便は朝の一回だけだから普段人はいないのだが、そこを囲むように人々が集まりつつあるようだ。


 何かイベントがあるのかも知れない、とクロエは思った。


 カラトリーをそっと置く音が聞こえたので、彼女は振り返る。

 ユージーンの前にある食器が、全て綺麗に空になっていた。

「完食できたね」

 と微笑みかけると、ユージーンは俯いたまま

「うん」

 と、頷いた。妹とのたったそれだけの会話が、彼に取っては嬉しい事らしく、頬の白い肌に少し赤みが差す。


 この口数の少なさが兄の素の状態だとしたら、第二王子を相手に妹を守ろうとした彼は、あの時相当頑張ったのだ。

 医療用パジャマの短い袖から覗いているユージーンの両腕に、ケロイドが幾つか見えていて、クロエは一瞬胸の塞がるような思いを抱いた。


 この大人しい兄に焼けた鏝や火箸を押し当て、叫び声を楽しんでいたのは誰なのか。

 無理に聞き出すと、当時の痛みや恐怖を再び思い出させる事に繋がると思って、クロエは気づかないふりをする。


「……じゃあ、食器を持って行ってから帰るね。また来る」

 クロエは、空の食器を載せたトレイを取り上げる。

「ありがとう」

 ユージーンはようやく視線をクロエに戻して、じっと見つめ、微笑んだ。


 クロエは、同じ階に設けられた患者用の食堂まで行く。歩ける患者は食堂まで来て食事を摂る事になっているが、昼食の時間は終わっていて誰もいなかった。返却場所にトレイを置いて、階下にある出口へ向かう。


 外に出ると、広場の方を眺めながら地べたに座り込んでいたマクシミリアンが、クロエを見つけて嬉しそうな顔で立ち上がった。やや伸びたアッシュブロンドの髪が、肩の辺りで四方に跳ねている。

「迎えに来てくれたの?」

 待ち合わせはしていなかったので、クロエは驚く。


「ルファンジアが帰ってきて。ザイオンと難しい話を始めたから、出てきちゃった」

 浮かない顔のクロエを見て、彼は心配そうに覗き込む。

「何かあった?」

 伸ばされた彼の両腕の中に、クロエは収まる。


「何もないけれど」

 クロエは、マクシミリアンの背中に手を回して、シャツに顔を押しつける。

「暫くこうしてていい?」

「うん」

 マクシミリアンが、クロエの頭を撫でる。


 ユージーンに会う度に、クロエは、罪悪感で押しつぶされそうになる。

 同じ家に暮らしていたのだから、兄の置かれている状況に気づける機会はいくらでもあったはずだ。そもそもよく思い出してみれば、兄はかなり痩せていた。妹の存在を無視していた訳でも、話しかけたくない訳でもなく彼は、憔悴し切っていたのだ。自分の事ばかり考えて、家族から目を逸らし続けていた『アレクサンドラ』には、それがわからなかった。


 ベッドの上で俯いていた兄の横顔を、思い出す。

 クロエは、自分の人見知りしがちな性格は、前世から受け継がれたものだと思っていたけれど、自分とよく似た兄の仕草に、血のつながりを感じた。


 友達を作るよりも先に、兄のユージーンと、ちゃんとした家族になろう、とクロエは思う。ザイオンと、マクシミリアンのように。

(マックスがザイオンにするみたいに、会う度にハグするのもいいかも知れない)


 ようやく気分が落ち着いてきて、クロエは顔を上げる。

「マックスが来てくれて、良かった」

「うん」

 真剣な顔で、マクシミリアンは覗き込んでくる。

「もう大丈夫?」


 男らしく整った顔だ。二重のくっきりとした目に、気遣わしげな色をたたえた、紫紺の瞳。その向こうに在る、子どものような弱さと強さの混在した魂に、クロエは強く惹かれる。

 眺めていると、とても満たされた。


 誰にも渡したくない、と思う。

 友達に対しては起こり得ない衝動が、クロエを動かす。

「大丈夫よ。ありがとう」

 と言って、クロエは両手の位置を変え、マクシミリアンを引き寄せるようにして一瞬口づける。


 あ、やっちゃった。

 というのが、ファーストキスの感想。

 それぐらいに、クロエの中では自然な行為だった。なお事故による接触は、カウントしていない。


「クロエ?」

 マクシミリアンが、びっくりした顔になる。

「僕……僕のこと、クロエは嫌いじゃない?」


「どうして?」

 クロエは不思議に思う。

 そういえばユージーンが怪我をしたあの日、結婚しているとまで言い切ったマクシミリアンが、必要以上には距離を詰めてこようとはしなかった。ユージーンの状態が良くないうちは、遠慮しているのだろうと勝手に考えていたが、どうやら他に理由がありそうだ。


 マクシミリアンは悲しそうに言う。

「あの日、クロエは好きって言ってくれたけれど、わざと怪我をして騙したから、僕の事は大嫌いになっただろうって、ザイオンが言ってた。クロエは優しいから、一緒に居てくれるけれど、本当は、もしかしたら嫌いなのかもしれないって思う事があって、僕……」

「嫌いじゃないよ?」

 クロエは、マクシミリアンに言わなくてはと思っていた言葉を、思い出した。

 ユージーンの事ばかり心配して、ずっと後回しにしてしまっていた。


「嫌いなら、さっさとあの家から引っ越してる」

 あの日ザイオンがやったように、クロエはマクシミリアンの頭を軽くペシッと叩いた。

「でも、もう絶対にわざと怪我なんてしないでね?! 本当にあの時は、マックスが死んじゃうと思って心配したんだから。今でも時々、夢に見ちゃうぐらいよ?」


「うん……」

 マクシミリアンは、しょげた様子で頷いた。

「ザイオンに殴られた時も、わざと避けなかったんでしょう?」

 本気で怒ったザイオンは、手が出る。あまり良い癖ではないなと、クロエは思っている。だが考えてみれば、マクシミリアンが彼の攻撃を避けられないはずがなかった。

「避けると、ザイオンはずっと怒ったままだから」

 マクシミリアンの口ぶりから、成人した息子が体力的には勝てるはずの母親には弱いのと同じ構図が浮かんだ。


「相手がザイオンでも、理不尽だと思ったら避けていいのよ? マックスがちょっとでも怪我をしたら、私が悲しいの」

 それは、最近クロエが悩まされている感情だ。元々強い情動は苦手だったから、本能的に他人とは距離を置いて、楽しい事や面白い事ばかり考えてきた。それが今や、兄やマクシミリアンを心配したり、過去に彼らがどんな目に遭ったかを考えてつらい気持ちになったりと、ずっと強い情動に晒されている。これが、精神を鍛えるという事なのだろうか。


「わかった。クロエが悲しむような事は、もう、絶対にしない」

 マクシミリアンは真剣な顔で、請け合った。

「だから、今の、もう一回、いい?」


「あ……うん」

 返事をし終わる前に、マクシミリアンは顔を近づけてきていた。

 顔がいい。本当に、綺麗な造形をしているな、とクロエは思う。

 唇が触れる。

 さっきのような、一瞬で離れるキスではなく。

 目を閉じて唇を重ね、互いの存在を貪り合う。


(ああ。まずい……)

 思考が麻痺していく。

 ふわふわして、クロエの体中から力が抜けた。

(まずいわ。ここ、医療センターの入り口……)


 マクシミリアンが左腕で、彼女の身体を逃さないようにがっちりと抱えている。

 口づけながら彼は、右手をクロエの服の下にそっと忍ばせていった。











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