エピローグ:ヒロイン来襲
その女は、耳が長くほっそりした顔立ちの美人で、見かけはエルフだったが、この拠点には不似合いな、露出の多いドレスを着ていた。
魔王城の前で妙な事を口走っていて、ザイオンに関係がありそうなので、傍系のルファンジアが取りあえず招き入れたらしい。
「なんなのこの状況? ザイオンが全く登場しないから、ものすごく探したのよ!」
マヒロと名乗った女は、居間に通されてもソファには座ろうとせず、ザイオンにつきまとっていた。
「ザイオンは、古代エルフ王家の末裔で、モスタ王国王家の血も引きながら、不遇で孤独な子ども時代を過ごした、誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様なのに! なんでこんなところで、こんな不気味な真っ黒い城に住んで、お馬鹿そうな人達の世話なんて焼いてるのよ!?」
そのお馬鹿そうな人達に、私も入るのか。
何の根拠があって、私達を馬鹿呼ばわりするのか訊いてみたかったが、話す内容が明らかに転生者だ。とりあえず対応をザイオンに任せた。私が転生者だとボロを出す可能性は、極力排除したい。
「後半には同意する」
ザイオンは、抱えていた洗濯物の山を、マクシミリアンに渡した。
「そうだな。自分の服は自分で畳むべきだ。綺麗に、きっちりと畳むんだ」
マクシミリアンは頷いて、階段へ向かったが、ザイオンに肩を掴まれた。
「そのままクローゼットに突っ込むつもりだろう。ここで畳んでいけ」
ザイオンは、ソファを指さす。
「ええぇぇ」
不満そうにしながらマクシミリアンは、言われたとおりにソファに座って、洗濯物を畳み始めた。
「ちょっと、聞いてるの?」
女は、ザイオンの腕を引いたが払いのけられた。
「私は、異世界から来たのよ。この世界の事は、何もかも知っているの」
ザイオンの視線がちらっと私を向く。
(もしかして私、過去にそういう話をしたんだろうか……。それとも、お前が相手しろという意味なんだろうか)
正解がわからず、私は恐る恐る口を出す。
「小説の話?」
「小説? ゲームよ」
優越感に満ちた顔で、女はフフンと笑う。
「闇より出でて光を求め、通称『ヤミヒカ』のシリーズ三作目よ!」
誰も相づちを打たないのに、彼女は一人で喋り続けた。
「シリーズ一作目黎明編はね、禁断の魔術で様々な人体実験、動物実験により、獣人、竜人、使役魔獣を作りだしたダークエルフ族が、最後には邪悪な性質を持つ魔族を造りだそうとするんだけれど、エルフ族の王子である主人公がその野望を阻止して、彼らを壊滅状態まで追いやるの」
喋っている間中彼女は、長い緑色の豊かな髪を、手で巻いたり解いたりして、いじっていた。
「二作目躍動編はその千年後よ。ダークエルフの生き残りが復権を目指してスコロペナを生み出し、カプリシオハンターズ大陸が、壊滅的な被害を受けるところから始まるわ。皆が絶望に陥った時、古代エルフ王族の子孫であるヒロインが、人族、獣人族、竜人族と協力して、これを打ち破るの! 明るくて行動的なエリクシャナが」
「おい」
ルファンジアが、女を遮った。
「恐れ多くも、無冠のエルフごときがエリクシャナ様を呼び捨てにするな!」
「そうだったわ、ごめんなさい。彼女を呼び捨てにするなんて、本当に不注意だったわ、私って。とにかくね、ヒロインのエリクシャナ様が人族、獣人族、竜人族の協力を次々に取り付けていく過程が、とても素敵なのよ!」
「そして、現在進行形の三作目は、プロローグで、そのヒロインの生んだ赤ん坊が、しぶとく生き残っていたダークエルフの子孫に攫われて、国外に売られるところから始まるの」
私は、マクシミリアンと一緒にソファに座って洗濯物を畳むのを手伝っていた。
「なんで丸くなるんだ? 端と端を合わせて、四角くなるようにしろ」
ザイオンが、側に立って腕組みしながら駄目出しする。
「クロエの洗濯物は?」
「私は、お兄様の分と一緒に自分で洗って、自分で畳んだ」
「その赤ん坊は、大きくなってからモスタ王国の国王と恋に落ちて、男の子を産むの。それが貴方ね、ザイオン」
女が小首を傾げてザイオンの顔をのぞき込む。
「モスタ王国国王には他に、政略結婚した王妃との間に王子が二人いたんだけれど、一人は子どもの頃に死んで、もう一人は問題を起こして廃嫡されちゃったでしょう? 後継者がいなくなったので、国王は貴方を第一王子だと公表せざるを得なかった。カプリシオハンターズ共和国への四年間の留学を条件に、貴方は王太子になる事を承諾したのよね。ここまではいいかしら?」
「よくはないな」
ザイオンが無表情なので、何を考えているのかわからなかった。
「子どもの頃死んだ王子っていうのは、なぜ死んだんだ?」
「貴方は、北の離宮に幽閉されていたから、会った事はないと思うけれど、その子、うまく喋れなかったのよ。それに失望した王妃が、その子の世話をしないように、ご飯も部屋に運ばなくていいと、家臣に命じたの。要するに、積極的なネグレクトね。喋る事もできない小さな子どもが、一人で生きていく事は難しかった。衰弱し切って、ある寒い冬の日、火の無い部屋で事切れたの。ストーリー上必要な事だとしても、あれは、ちょっと可哀想だったわ」
パンツを畳む手が一瞬震えた。
ここはゲームの世界なんかじゃない。
登場人物の一人一人に自意識が宿っていて、ストーリーに沿っての行動なんてしない。
だからマクシミリアンは、死ななくてすんだ。彼と一緒に支え合って生きてきたザイオンも、誰にも心を開かない孤高の王子にはならなかった。
生きていてくれてありがとう、と、マクシミリアンを抱き締めたくなったけれど、彼は今、上衣をできるだけ四角く畳もうと集中しているところだったので、やめた。
「ちなみに、廃嫡された王子は何をやらかしたの?」
と、好奇心に駆られて訊いてみる。
「身分の低い女に誑かされて、公爵家令嬢相手に勝手に婚約破棄と国外追放を言い渡したのよ。公衆の面前でやらかしたので各方面から非難されて、後ろ盾になっていた貴族達が不利になり、対抗する派閥が北の離宮に幽閉されていたザイオン王子を担ぎ出して勝利したというわけ。破談になった公爵令嬢も、浮気相手の女をとことんいじめ抜いていた悪役令嬢キャラなので同情はできないけれど、行方不明になってしまって、その責任も第二王子が背負う事になったの」
あれが、物語どころか、プロローグのごく一部だったなんて。
でもこれで、私は安心できる。
主人公ではないマクシミリアンに、運命の乙女や、彼狙いのヒロインは現れない。
私が再び悪役令嬢になる日は、来ないのだ。
「全然面白くない小説ね。貴方が考えたの?」
「ゲームだって言ってるでしょう? ここまでは、すでにあった事として、オープニングを迎えるのよ。首都にある大学の入学式で、三作目ヒロインの私と主人公のザイオンが、劇的な出会いをするはずだったのに、どうしてこんな事になっているのかしら?」
女は、私とマクシミリアンを、ジロジロと見る。
「全く見覚えがないわね。どこから紛れ込んだの? ねえ、ザイオン。モブに関わっている時間はないのよ。貴方はこれから、私と一緒に召喚魔法を極めるの。私、彼らの代わりに、ここに住んであげる」
魅惑的な笑みを、女はザイオンに向ける。
物語通り、主人公はヒロインに会った途端に惚れ込むものと思っている様子だ。
「物語終盤までに、『神の贈り物』と呼ばれる最強のドラゴンを呼び出しておかないと、禁断の魔術士を倒す事が難しくなるわ。私が今日ここへ来たのは、禁断の魔術士がエルフ王の血筋である貴方の居場所を感知して、接触してくるイベントがあるからなの! とても危険な相手よ。貴方はモスタ王国から来たばかりで、魔法の使い方を知らないだろうから、私が助けてあげる」
「お前のように、訳のわからない事を言いまくる変な女は十年ほど前にもいたが」
ザイオンが女に言う。
「お前の話には、不愉快な嘘が多いな」
「嘘? どの辺が?!」
「俺の母親は、恋に落ちたのではなく、囚われていただけだ」
「でも、設定では……」
「モスタ王国の現在の王太子は、まだ六歳の第三王子だ」
「どっから出た第三王子!」
「側妃の腹からだが?」
「そんな設定はなかったはずよ!」
「禁断の魔術師とやらは、先週裏庭に入ろうとしてマシュに燃……撃退された奴かな」
「変ね。時期が前倒しになったのかしら。一体何が起こっているの?」
そういえば、この間裏庭で侵入者が立ったまま燃えていたので、ルファンジアの仲間達が回収していった。かなり力のある魔術師だったため、ザイオンの作った障壁も破る事ができたようだ。奇跡的に生きていて、彼の協力(?)で、隷属の首輪の解除方法がわかりそうだと聞いた。
「第一王子も死んではいないな。言葉は喋れるし、洗濯物も畳める」
ザイオンが、マクシミリアンの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「なあ? 上手く畳めたじゃないか」
「まあね」
珍しく褒められたせいか、マクシミリアンは得意そうだった。
「そんなはずはないわ!」
女が細い眉を寄せる。
「洗濯物ぐらい畳めるさ」
気を悪くした口調で、マクシミリアンが言う。
「さっきから何なの、この人?」
「どうしてこうなった?」
女はブツブツと呟き続ける。
「いいな、ユージーンは。クロエに洗ってもらえて」
「ユージーンも、普通食が食べられるようになったら、自分で洗濯するって」
「ユージーン?!」
女が、一人の世界から帰ってきた。
「スピンオフBL小説! 『生贄の小公爵シリーズ』主人公、薄幸の美少年、ユージーン?! モスタ王国じゃなくて、ここにいるの? 生きてるのね? あのラストだと、どっちかわかんなかったから、気になってたのよ!」
私は深呼吸して、畳んだものをマクシミリアンの手の上に置くと、立ち上がった。
「あなたねぇ」
「クロエ」
ザイオンが嫌な笑みを浮かべて言った。
「お前も昔は、こんな調子だったぞ」
「うそでしょ?」
衝撃のあまり私は、動けなくなった。
「クロエの話はね、もっとカッコいいし、面白いよ。魔王の話とか、冒険の話とか。選ばれし覚醒者の、宿命の戦いも──」
「待って私の魂っ!」
「クロエ?」
「……今一瞬死んだみたい私」
「だんだん昔のクロエに戻ってきたね」
「……うそでしょ?」
ヒロインは周囲の声を気にする事無く、喋り続けていた。
「ユージーンは、ヴラディス侯爵の愛を受け入れなかったのね。あのピュアな子に、嗜虐的な男は合わないと思っていたわ。……ごめんね、ザイオン。私、決めた! ヒロインを降りる。この黒い家で、彼を見守る壁になるの!」
「これ以上洗濯物が増えてたまるか!」
とうとうザイオンは、彼女を無理矢理家の外に押し出した。
「待って! 私まだユージーンに会ってない!」
ルファンジアとその仲間に連行されるヒロインの声が、小さくなっていく。
その後は、特にイベントが起こる事もなく、私達はごく平和に過ごしている。
ザイオンは家事と魔道具作りに忙しく、私とマクシミリアンは狩猟に忙しい。
兄は、体調の良い日にはザイオンを手伝い、マシュの散歩にも付き合うようになった。
プロローグに過ぎなかった私達の人生は、『物語』本編をぶっ潰して、特に語るべき事のない、コージー系スローライフへと移行していったのだった。
⋈ ・・・・・・ 終 ・・・・・・ ⋈
この後、番外編置き場にて、34話から最終話に至る話、過去話などを、お読み頂けます。
※番外編は、痛い話、残虐な描写、ボーイズラブ要素なども含みます。
※時系列順に、34_○○もしくは34.○○と数字を打っています。
※本編に追加した蛇足編、幕間編は、番外編集よりも後の時系列、もしくは並列した別視点の位置づけとなります。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈




