(2)モブ令嬢は尽力する
コルディナでは、問題が山積みだった。
ザイオンは『帰るぞ』と言い放ったが、アメリアにしてみれば、クロエたち兄妹をどうやって連れ帰るかというところから考える必要があった。
里の荷車を借りるか、黒龍に往復してもらうか──
もちろん、二人を龍の下肢にぶら下げて帰るのは論外。
コウノトリが運ぶ赤ん坊じゃあるまいし、危険過ぎる。
とにかく、彼ら兄妹の無事が確認された今、急ぐ必要は無かった。
特に、ユージーンには健康リスクがある。
半日もの時を巻き戻すきっかけになった彼の死は、居合わせた家族に深いトラウマを残した。
人型モンスターとの交戦で体力を使い果たしたユージーンは、今は農作業員用の宿舎で寝ている。
まずは十分に休息を取ってもらってから、帰還の方法や時期について考えた方が良さそうだ。
それに、帰るぞ、と言ったザイオン本人も二日続きの徹夜でさすがに限界だろう。
アメリアは里長の補佐役であるヴァンに頼んで、農作業員用の宿舎に部屋を用意して貰うと、強制的にザイオンを放り込んだ。
マクシミリアンのことは、クロエに任せた。
黒龍マシューは着地した場所から動こうとはせず、身体を丸めて眠りについている。
アメリアは、黒龍に乗って移動中になるべく睡眠を取ったので、まだ元気でいられた。
なので、カウザン第一拠点師団から小隊が到着したあと、アメリアは里長とヴァンに同行して人型モンスターが飛来したという谷を見に行くことにした。
現場はコルディナの里から山道を小一時間ほど歩いた谷で、家が1つ入りそうな、大きな穴が開いていた。
山から染み出る水が流れ込んで、今も穴の周囲が崩れつつある。
底は深く、光は届かなかった。
何をするにしても、先に崩落を止める必要がある。
「これだけ広範囲を結界で封じるには、多大な魔力の常時供給と管理が必要になりますね」
小隊の隊長は人族だった。
彼は里長とヴァンの心配そうな表情に気づいて、先を続けた。
「魔力不足が問題になるようでしたら、物理的に埋める選択もあります。測量や調査などを経て、それが可能かどうかの最終的な判断は軍師団側で行います。工事にはおそらく囚人を作業員として起用することになるでしょう。……人型モンスターの出現で地下鉱山が封鎖されたため、刑務所が臨時の刑務作業先を探していましてね。もちろん模範囚のみに限定しますので、ご迷惑はおかけしません」
里長は彼らに感謝し、エルフの軍は当てにならない、救援要請を出したのにとうとう到着しなかったと憤った。
エルフ族長老議会がわざと要請を無視したのか、それとも何かやむを得ない事情があったのか、アメリアにはわからない。ルファンジアに直接連絡が取れないので、訊くことができなかった。
軍の場合は、まるで前世のインターネットのように軍基地同士で通信網を連携させているので、容易にカウザン第一拠点と連絡が取れた。
連絡方法を知っているのは、なぜかアメリアにそうした特権が与えられているからだが、いつか一般的な通信網に流用できればと夢が広がる──
それには目の前の様々な問題を解決しなくてはならないことを思い出し、アメリアは夢を追い払った。
軍の小隊は崩落現場に陣を敷いて留まり、調査を続けるというので、里長とヴァン、アメリアの三人で集落に戻った。
集落には別の小隊が到着していた。
アメリアが要請した医師と救護班だ。
普段は集会所として使われているという里で一番広い建物が、臨時の救護所となっていた。
アメリアたちが覗いた時、簡易ベッドの間を巡り、手早く消毒して傷を縫い合わせている女性医師の姿が見えた。
「数分で済む! 我慢しろ!」
麻酔をして待つ時間と手間を省いているらしく、暴れるエルフの患者を軍人たちが抑え込んでおり、前世の戦争映画で観た野戦病院のようだった。
精力的に怪我人の世話をしているのは、ヴァンの奥さんだというイリスだ。
彼女はアメリアたちに気づいて、手を振ってくれた。
コルディナには、もう一つ切迫した問題があった。
「若者たちのほとんどがエルフ軍に徴兵されてしまったので、働き手が足りていません」
集落を出てヴァンの家に戻る途中、周辺に広がる畑を示しながら里長は苦々しい表情で告げた。
畑で収穫にあたっているのは、数人の老エルフと、一人の年若い女性エルフだ。
「本当ならとっくにこの辺りの冬野菜は収穫し終えて、出荷しているはずなのですよ」
ヴァンが頷いて、補足した。
「果樹園でも毎年手伝ってくれる農作業員が集まらなくなって、再三長老議会に窮状を申し立てました。それでようやく三日前、ユージーンとクロエの二人が到着したのです」
紫色のローブを着たエルフ、セレディオスはこの状況を利用して、穏便に王国人を排斥したつもりだったのだろう。
──そういえば、マクシミリアンの捜索やコルディナにいるクロエたちが気掛かりで、『天使の館』のことをすっかり忘れていた。
セレディオスが考えの足りない小悪党で良かった。
悪賢い難敵ならザイオンの最大の弱点が家族だと見抜いて、クロエとユージーンを人質に取り、無理難題をふっかけてきたかもしれない。
人質に取るどころか、彼の配下らしいマイロディスというエルフは偽ることなくコルディナの名前を出入りの記録に残した。
まるで、迎えに来るのならここですよ、と言わんばかりに──
アメリアは、一人で畑に向かって歩いてくるザイオンの姿に気づいた。
彼はアメリアと目が合うと、表情を緩めた。
(もう起きたの? どうしてここがわかったのかしら……もしかして、追跡魔法を使ったの?)
監視されていると思うと面白くない気分になったが、小さく息をついて許した。
彼から視線を逸らしたアメリアは、里長に提案をしてみた。
「さきほど軍の人たちが、囚人を作業員として起用すると話していましたよね。同時に農作業員もお願いすることができないか、相談してみてはどうでしょう?」
囚人ということで、強い反発を予想したアメリアだったが、里長は感心した様子で頷いた。
「……多少の問題はあるかと思いますが、こちらも切羽詰まっておりますのでな。妙案と言えましょう」
近づいてきたザイオンに、彼とヴァンは恭しく礼をする。
ザイオンは鷹揚に頷いてみせた。
里長は、棒立ちになってザイオンに見とれているエルフの女の子に手を振り、呼び寄せた。
「これは私の孫娘です。お礼には全く足りませんがどうか好きな野菜をお申し付けください。収穫用の袋も用意させましょう」
その後里長とヴァンは、農作業員の相談をするために谷へと引き返していった。
アメリアは、里長の孫娘が差し出した野菜入りの麻袋を受け取って、歩き出した。
すぐ後ろを、ザイオンがついてくる。
「よく眠れた?」
三時間ほどしか寝ていないのではないかしら、と思いながらアメリアは尋ねた。
「ああ。頭がすっきりした。おかげで、良い方法を思いついた」
ザイオンは上機嫌だった。
「ヴィニシエルの里で、山にたどり着けなかった罠があっただろう? あの空間魔法を応用すれば一瞬で家に帰れるんじゃないかな。どう思う?」
アメリアは足を止めて、彼を振り返った。
この世界の元になったゲームには、一度訪れた場所へは行き先を選ぶだけで一瞬で移動できる『ファストトラベル』という機能があった。
現実にはそんな都合の良い仕組みは存在しない。
地道に歩くしかないとアメリアは思っていた。
その『ファストトラベル』が、可能になる……?
「座標はどう指定するつもりなの?」
山を閉じていたあの罠は、マスターキーを基準に座標を指定していた。
この世界を広範囲に移動するとして、基準点をどうやって決めるのか。
相対性理論によれば、世界の中心点など存在しない。
「それは多分、簡単に解決できる。座標じゃなくて『俺の家』と指定すればいい」
ザイオンは得意げになった。
どうやらこの男はアメリアに、自分の有能さを披露したくて来たようだ。
(前世でいう、オブジェクトの参照ってところかしら)
この世界の魔法術式では、対象の指定に『この壁』や『自分』が有効だった。
ザイオンの『俺の家』への転送も、成功するに違いない。
キャラ崩壊しているくせに、能力と外見だけはまさに『主人公』だ。
背後にはまださっきの畑が見えていて、野菜を渡してくれた里長の孫娘や老エルフたちがザイオンをうっとりとした様子で見送っている。
モブがどんなに歩き回って努力しても、主人公の彼を追い越すことなどできない。
アメリアの中に、釈然としない感情が芽生えた。
「天才ね」
アメリアは麻袋からキャベツを取り出して、彼に押しつけると再び歩き出した。
時系列としては、この後にコルディナ編18話が続きます。
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