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二進法原初魔法  作者: lukecat
コルディナ編
195/207

12:僕は怖い

【人物紹介】

ユージーン:

コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。


クロエ:

ユージーンの妹。

本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。


[エルフの里コルディナの住人]

オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。

ヴァン:オルドの父。武器は物干し竿。里長の相談役。

イリス:オルドの母。お喋りが好き。

ラヴィ:オルドの幼馴染み。里の物流担当見習い。指に深い傷を負う。

ミーナ:ラヴィの母。

レノ:ラヴィの父。里の物流担当。薄毛を気にして髪を頭頂で結んでいる。

ミツギ:オルドの家の裏手にある家に住んでいる幼いエルフの女の子

ポルル:ミツギの父。武器は鍋。

サリナ:ミツギの母



[主人公サイド]

ザイオン:

この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。


マクシミリアン:

ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。


アメリア:

カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。


ルキルス:

ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。



[エルフ長老議会サイド]

マイロディス:

エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。


ルファンジア:

ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。






⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 クッキーとミカンジュースでの朝食が終わった後、イリスは簡易ベッドに使ったカーテンや毛布を二階に運んだ。

 マイロディス以外のエルフたちは柱の周りに集まり、魔力充填の手伝いをしていた。


「魔力を充填すると、あの下等モンスターどもが居座り続けますよ。結果、連中が結界に攻撃をしかけて魔力が再び消費されるだけです。悪循環ですね」

 マイロディスが馬鹿にしたように言った。


 龍紅玉の色が濃くなるどころか逆に薄れていくことからも、マイロディスの言葉が正しいことはわかった。

 それでもエルフたちは龍紅玉に魔力を充填し続けた。

 魔力が尽きた順に柱を離れた彼らは、オルドを見守るように車座を組んで、議論を始めた。

「引き寄せている魔力がなくなったら、本当に連中は飛び去るのか?」

「魔力のない鳥も食べたんだ。ここに突入して、俺たちを食べようとするだろう」

「ミツギは魔力を消費していない。奴らの格好の餌食になってしまう」

 エルフの女の子、ミツギは母親の膝の上に抱かれて眠っていた。

 母親が小声で呟き続けているのは、神への祈りのようだ。

「この子だけでも守り抜かなくては」

 ヴァンの言葉に、皆が頷いていた。


 マイロディスは独りで、かまどの排煙管、トイレ、厨房の排水口など、侵入経路になりそうな箇所をひとつずつ確認し続けた。


 クロエとユージーンは、暖炉の前に陣取っていた。

「私は、生首ピラニアンはどこかへ飛んで行っちゃう方に、このミカンを賭けるわ」

 クロエは、新しい名前を編み出していた。

 彼女がピラニアという名前を持ち出すのは二回目だ。


 聞いたことのない言葉だが、妹がいろんなものに不思議な呼び名をつけるのはいつものことなので、ユージーンは聞き流した。

 それよりも、彼女が取り出したミカンの皮を剥いて食べ始めたことに苦笑して突っ込んだ。

「食べちゃったら、賭けられないと思うよ?」

 彼女は房を口に放り込み、無邪気に笑った。

「山にたくさんあるから、またとってくればいいわ」


 ミカンの皮を暖炉に投げ入れると、クロエは傍らに置いていた飛翔棍を手に取る。

「もし生首ピラニアンが家に入って来たら、エルフたちに向かうと思う? それとも、私たちを狙ってくるかしら?」

 暖炉の中で、ミカンの皮はしばらく耐えていたが、炎を上げて縮み始めた。


「……武器や銃弾にも龍紅玉がついているから、何とも言えないね」

 ユージーンは、銃を収めたホルスターに軽く触れた。

 魔法弾の入った鞄は、右肩から斜めがけしていた。


「こちらに向かってくるのなら、それはそれで好都合ね。追いかける手間が省けるわ」

 クロエは膝立ちして腕を伸ばし、飛翔棍を頭の上でクルクルと回した。

「クロエ……」

 ユージーンは、ミーナに向けられた化け物の牙を思い出した。

「僕は怖い」


 妹がマイロディスのように、人型モンスターたちに取り囲まれて齧り付かれても、ユージーンには助けられない。

 苦痛に苛まれながら助けを求めるクロエの姿を想像して、ユージーンは心底ぞっとした。


「私も怖いわ……でもね。怖いからって目を閉じて隠れていると、どういう状況なのかわからなくて、余計に怖くなっちゃうの。目を閉じている間に、大事なことを見過ごしているかもしれない」

 クロエは棍の回転を止めると、潤んだ目でユージーンを見返した。

「攻撃は最大の防御よ、お兄様。無計画に逃げ出すと背中が無防備になるわ。じっと観察して、最小限の動きで避けてから攻撃する。そして、ヤバくなったら一撃離脱戦法で撤退ね」

「一撃離脱戦法……?」

 聞いたことのない言葉にユージーンは戸惑った。

「古典的な戦法よ。敵に一撃入れてからさっと撤退するの。他にも、わざと挑発して敵を引きつけてから逃げる戦法とか、撤退なのに真正面から突っ込む『正面撤退』なんて無茶苦茶な作戦もあるわ」

 楽しげに説明を続けるクロエにユージーンは、『一緒に食卓の下にでも隠れよう』とは、とても言えなかった。




 マイロディスが、入り口の戸を押したり揺らしたりして強度を調べ、少し開けて外を覗いた。

 結界の境界に並ぶ人型モンスターの顔に驚いて、彼は引き戸を閉めた。

「はぁ? 鍵がついていないとはね」

 馬鹿にしたようなマイロディスの台詞に、エルフたちが振り返る。


「この辺りでは、鍵を掛けようだなんて誰も思わないわよ?」

 挑戦的な口調で言い返したのは、ラヴィの母親、ミーナだ。

「鍵なんて付けたら、『あの家は里のみんなを泥棒だと疑っているのか』って言われるんだから」


「シャルシャ様が攫われた事件を、この里のエルフたちは知らないんですかね?」

 マイロディスは低い声で呟いた。

「それぐらいは皆知ってるさ」

 ミーナの隣に座っているイリスが口を挟む。

「けれど、古くからの習慣を変えることは、私たちにはなかなかできないんだよ──『無冠のエルフ』だからね」

 その言葉の響きでユージーンは、『無冠のエルフ』という言葉には侮蔑の意味があるらしいと気づいた。


「なんと愚かな」

 マイロディスは喉の奥で嗤った。

 それから、平坦な声に戻って尋ねた。

「二階にも暖炉がありますか?」

「……いや」

 ヴァンは質問の意味がわかったようで、少しだけ目を見開いた。

「上の部屋は小さいから、暖房は必要な時だけ、魔力で賄っている」

「二階の窓には、鎧戸を下ろしていますよね?」

「もちろんだ」

「では、無冠のエルフの皆さん。二階に避難してください」

 マイロディスは、ところどころ裂けている上着のボタンをきっちり留めると、食卓の上に置いてある槍や長剣を検分し始めた。


「……それが最良だろうな」

 ヴァンが頷いて、立ち上がった。

「みな、二階に移動してくれ」

 彼に促されて、イリス、ラヴィ親子と、ミツギ親子が不安げな表情で、柱の裏にある階段を上っていった。


「オルド。君のつけているブレスレットは、魔法障壁を自動的に発動させます。二階の入り口を塞いで、皆を守ってください」

 マイロディスの言葉をオルドは無視した。


 龍紅玉の前に陣取ったオルドは、魔力の充填をやめようとしない。

 充填するそばから、魔力は留まることなく失われ、龍紅玉はほぼ透明だ。

 ヴァンが、息子の身体を揺さぶった。

「もうどうにもならん。みんなを守るんだ」

 そう諭され、渋々オルドは父親と共に二階に向かう。


 クロエが飛翔棍を持ったまま暖炉の前から離れないので、ユージーンも彼女の傍に留まった。

「何をしているんだ?」

 マイロディスが横柄な口調で命じる。

「君たちも二階へ避難しなさい」


「私は大丈夫。ここで生首ピラニアンを迎え撃つ。……でもお兄様は、避難した方がいいわね」

 クロエは、迷うようにユージーンを見た。

 ユージーンは微笑んでみせる。

「僕はクロエから離れないよ」


 できるだけ平気なふりをして言ってみたものの、ユージーンは、恐怖と心配のあまり体中の毛が逆立つように感じ、治ったはずの内臓がギュッと引き攣れる感覚に襲われていた。

 自分が化け物に食われるのも、妹が食われるのも嫌だ。

 けれどクロエが、意志を曲げないこともわかっていた。

「昨日も、二人で撃退しただろう?」


「エルフじゃないから食われないとでも思っているのか?」

 マイロディスは錆びた武器を食卓に投げ出した。

「奴らは魔力に寄ってくるが、知能の低い肉食モンスターだ。腹が空けば何でも食うだろう」

 彼は暖炉に近づくと、そこにぶら下げてあった火掻き棒を取り上げた。


 ユージーンは、火掻き棒から視線が離せなくなる。

 それは彼の父にとっては、手近な拷問の道具だった。

 熱さと痛みの記憶がユージーンの脳裏に蘇る。

 強い情動が彼を支配しかけた──だが今のユージーンには、妹を守るという大事な役割があった。

 彼は踏みとどまり、薄笑いを浮かべるマイロディスへと視線を向ける。


「食いつかれて泣いても、今の私では助けてやれないぞ」

「あらあ? 昨日私たちに助けられた人が、何か言ってるわ」

「……ユージーンは私を助けてくれたが、君は私の足を蹴り飛ばしただけだ」

「よく覚えているわね? 魔力を大量に吸われて何もわからなくなってたんじゃないの?」


 昨日水生成さえできないと言っていたマイロディスだが、一晩経ってある程度回復しているはずだ。

「……貴方も避難した方がいいのでは?」

 なぜマイロディスはここに残ろうとしているのかと、ユージーンは考えた。

 結界が消えた後、人型モンスターたちはマイロディスの魔力に引き寄せられる可能性がある。

「まさか、二階に向かわせないよう、囮になるつもりなんですか?」


「君は私を信頼し過ぎだ」

 マイロディスは短い笑い声を立てた。

「私は、囮を買って出るような善人ではない。そもそもこの短時間ではそれほど魔力量は回復していないから、囮にはなれないな」


 マイロディスは、一般のエルフは傍系のエルフに守られるべきだという話をしていた。

 善人かどうかはともかく、避難せずにここに残っているのは、彼の傍系エルフとしての矜持なのかもしれない。


「それは嘘ね」

 クロエは、煙突の方から音が響いてくることに気づいて、飛翔棍を構えた。

 ユージーンもホルスターから銃を抜く。

「傍系のエルフは、回復が早いんじゃないの? あるいは、お兄様のブレスレットをどこかに隠し持ってるとか?」


 誰だ、ダレダ、と声が聞こえる。

 煙突の中で詰まり、押し合いへし合いしているようだ。


「君の方は、私を疑い過ぎだ」

 マイロディスも火掻き棒を構えた。

「いずれにしても時間切れだな。さあ……来るぞ!」


 ガシャリ、と金属音がして、燃える薪の上に壊れた吊り金具が落ちた。

 赤く熾った薪が、砕け、転がり、弾けた。

 火の粉が舞い上がる。

 その中から、魔法障壁を光らせた異形の化け物たちが、もつれ合うように転がり込んできた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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