10:僕の妹は、とても凶暴だ……
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
ヴァン:オルドの父。武器は物干し竿。里長の相談役。
イリス:オルドの母。お喋りが好き。
ラヴィ:オルドの幼馴染み。里の物流担当見習い。指に深い傷を負う。
ミーナ:ラヴィの母。
レノ:ラヴィの父。里の物流担当。薄毛を気にして髪を頭頂で結んでいる。
ミツギ:オルドの家の裏手にある家に住んでいる幼いエルフの女の子
ポルル:ミツギの父。武器は鍋。
サリナ:ミツギの母
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
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マイロディスは床に倒れたまましばらく動こうとしなかった。
治療院でユージーンと初めて会った時のような品の良さは、かけらもない。
その整った顔は血と土にまみれ、目は虚ろだ。
外から羽ばたく音が聞こえるたびに、ビクリと身体を震わせている。
よほど怖い目に遭ったらしい。
けれど居合わせたエルフたちは、誰一人彼に声をかけようとはしなかった。
仕方なくユージーンが、手を差し伸べた。
「ここにいればしばらくは大丈夫ですから、とりあえず起きてください」
土を固めた土間は、冬の冷たさを直に伝えてくる。
その上に寝転んだままでは、身体が冷えるだろうとユージーンは思った。
マイロディスは上等そうなコートを着ていたが、それだけで冷気を防ぐことはできないだろうし、噛みつかれたせいであちこち破れていた。
「ああ……」
マイロディスの目が、声の主を探してゆっくりと動く。
「ユージーン?」
伸びてきた手を、ユージーンは掴もうとした。
ユージーンの前に割り込んで、マイロディスの手を掴んだのはクロエだ。
彼女は膝をついて、ぐらつくマイロディスの上半身を強引に引っ張り起こし、胸倉を掴んだ。
「白々しいわね」
クロエは怒っていた。
「お兄様のブレスレットはどこ?」
(僕の妹は、とても凶暴だ……)
ユージーンは、以前自分を連れ去ったルキルスが酷い目にあったことを思い出した。
とりあえず、妹の後ろで成り行きを見守ることにする。
「ぶれすれっと?」
まるで初めて聞いた単語のように、マイロディスはその言葉を繰り返した。
オルドが言ったように、本当に無かったことにされるのかと、ユージーンは心配になる。
ザイオンになんて言えばいいのか。
彼から預かった高価な物を、二度も奪われてしまった。
(あれは借りたものだから渡せないと、はっきりと断るべきだったのに)
ユージーンの胸の内がざわつく。
「借金の担保などと言って、取り上げたでしょう?」
クロエが苛立たしげに、マイロディスを揺さぶった。
「そうだったかな……?」
マイロディスはぼんやりした声で繰り返した。
彼は、揺れる頭に手をやった。
「待ってくれ、今思い出すから、揺らさないでくれ」
クロエが手を止めた。
「思い出す? たった二日前のことなのに、忘れるわけがないでしょう? 有耶無耶にするつもりなのね?」
「……魔力を大量に吸われたばかりで、頭が働かないんだ」
マイロディスは苦しげな声を出した。
「私は……傍系のマイロディス。長老議会の決定に従い行動しているだけだ……」
耳に手を当てて、彼は息を飲んだ。
「通信用魔導具が、ない」
マイロディスの目が、一瞬怒りを宿した。
「あの下等なモンスターどもめ」
そして彼は、ユージーンを見た。
「……そうだ。君だ。ユージーン。私をここに引き入れてくれて、ありがとう。あのままだと私は化け物どもに食べられていた。命の恩人だ」
「それで?」
クロエは、表情を全く緩めなかった。
「命の恩人だというのなら、ブレスレットは今すぐお兄様に返すのよね?」
「……ああ、ブレスレット」
マイロディスは、ようやく思い出したようだった。
「そうだ、あの超便利魔導具のことだな。私が預かったんだった」
彼の顔色が、ゆっくりと戻っていった。
「……あれは今、長老議会で保管しています。借金さえ返せば、受け取れますよ」
クロエは念を押した。
「今の話、ここにいる全員でしっかり聞いたわよ? 後になって、そんな話はしていないなんて言えないんだからね」
「もちろん」
マイロディスが真剣な表情で頷いた。
「長老議会に渡したのは私ですから、責任を持ってお返しします」
その言葉に納得したらしいクロエは、ようやく彼の襟元から手を離した。
マイロディスはふらつきながら立ち上がった。
その様子に、大きな怪我はなさそうだと、ユージーンはほっとする。
マイロディスは、その場にいるエルフたちの顔を一人一人確かめるように見た。
ヴァンとイリスは柱の近くにいる。
部屋の奥まった場所にいるのは、ラヴィとその両親だ。
逆に、マイロディスから比較的近い場所に立っているのは、幼いエルフの女の子ミツギと、鍋の取っ手を握り締めたポルル、その妻サリナの三人。ミツギは怯えたように両親の後ろに隠れた。
扉の近くにはオルドがいたが、マイロディスの視線に押されるように、ミツギたちの居る場所まで下がっていった。
すぐ傍らで威圧するように腕を組んでいるクロエにちらりと視線をやった後、マイロディスはユージーンに微笑みかけた。
彼の笑みを見返しながら、感謝の言葉は本心に違いないとユージーンは信じ始めていた。
ブレスレットも取り戻せるかもしれない──
「十二人か」
龍紅玉の嵌め込まれた柱に、マイロディスが目をやった。
「ここの結界は、もう暫くは保ちそうですね」
オルドが、柱のある場所まで下がった。
まるで龍紅玉を盗られまいとするかのような彼の動きに、マイロディスは目を眇めた。
「長老議会は、軍の出動を命じたか?」
ヴァンが、質問を重ねた。
「他のエルフたちは無事なのか?」
「私は救助要請があったと聞いただけで、その後の動きまではわかりません。他のエルフたちについては、自分の目で確かめたわけではないですが」
マイロディスは皮肉な口調になって続ける。
「通信用魔導具をなくす直前までは、里長からの被害の報告はありませんでしたよ。どうやら貴方たちのおかげのようです。ここの結界が奴らを引き寄せているから、里のエルフたちに被害が及んでいないのではないでしょうか」
「救助要請が届いているのなら、もうすぐエルフの軍が到着するはずだな」
ヴァンの表情に、不安が滲んだ。
もし到着しなかったら?
到着する前にあの化け物がもっと増えて、結界が限界を迎えたら?
外で待ち受ける数があれほど多くなければ、突破して集落側に避難することもできたのに、とユージーンは思う。
「あんたは、うちの果樹園に何の用があったんだい?」
イリスが警戒する口調でマイロディスに尋ねた。
「果樹園?」
マイロディスは、なんのことかわからない、と言いたげな顔をした。
「果樹園には用はありません。ここには、ユージーンたち兄妹が無事かどうかを確認しに来ただけです。彼らをここに連れて来たのは私ですからね」
「へえ。そうかい。でも果樹園の方角から来たじゃないか?」
イリスは北を指さした。
「川沿いの通りからこの家に通じる道は一本だけだ。果樹園は家を行き過ぎた先にある。結界が光って見えるから、見落とすはずは無いんだけれどね」
「私は何か疑われているんですか? 心外だな」
マイロディスは困惑したような笑みを浮かべた。
「ここに来ようとしたら、あの化け物に鉢合わせて必死に逃げました。振り切ろうと走るうちに、果樹園まで行ってしまっていたようですね。そこで避難してやり過ごしていたところ、突然結界が消えて襲われたんですよ。消したのは貴方たちでしょう? 誰かが酷い目に遭うとは考えなかったんですか? せめて、見回ってからにしてくれれば良かったのに」
エルフたちは言い返すことはなかったが、静かな怒りを込めた目で彼を見ている。
長老議会がこの里から働き手を奪い、魔力不足に陥れたことを、エルフたちはそう簡単には許せないのだろう。
クロエも、ブレスレットを奪ったマイロディスに同情する気はないようだ。
「そこは、勝手に敷地に入ってごめんなさい、じゃないかしら」
などと、棘のある言い方をする。
「こうしていても埒があかない」
ヴァンがマイロディスに向かって、食卓を示した。
「とりあえず、座りなさい。イリス、傷を洗って薬だけでも塗ってやれ」
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