09:空飛ぶピラニア
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
ヴァン:オルドの父。武器は物干し竿。里長の相談役。
イリス:オルドの母。お喋りが好き。
ラヴィ:オルドの幼馴染み。里の物流担当見習い。指に深い傷を負う。
ミーナ:ラヴィの母。
レノ:ラヴィの父。里の物流担当。薄毛を気にして髪を頭頂で結んでいる。
ミツギ:オルドの家の裏手にある家に住んでいる幼いエルフの女の子
ポルル:ミツギの父。武器は鍋。
サリナ:ミツギの母
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
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「変だわ」
イリスが呟いた。
「あちらには誰も住んでいないのに……」
この家の北側一帯は、なだらかな山の斜面に広がる果樹園になっていて、最北端は急勾配の崖だ。そちらから誰かが来るはずもなく、関係者以外の誰かが夜の果樹園にいるはずがない。
だからヴァンは、躊躇なく果樹園の結界を解除した。
それなのに、確かに誰かがいて、叫び声を上げ、必死に駆けてくる足音がする。
皆が息を詰め、耳を澄ませていた。
「助けに行かないと……」
引き戸に向かいかけるオルドの腕を、父親のヴァンが掴んで止める。
「馬鹿を言うな。一緒に襲われるだけだぞ!」
古代エルフ語らしい詠唱が聞こえた。
叩き付けるような鈍い音が響いた。
重なり合う化け物の悲鳴は、人間そっくりだ。
「攻撃魔法だ」
鍋を構えた、女の子の父親が呟いた。
「傍系のエルフじゃないのか?」
足音が家の西側に回り込んだ。
窓の外の鎧戸を誰かが乱暴に叩く。
「誰かいないのか!」
その声にユージーンは聞き覚えがあった。
「マイロディスだ」
そう口にしたオルドに、ヴァンが問いかけるような視線を向ける。
「誰だって?」
「長老議会から来た傍系のエルフだよ」
それは、ユージーンをコルディナの里に連れてきたエルフの名前だった。
「ああ、あの……」
クロエが苦々しい口調で言った。
彼女の、くっきりした目元と切れ長の眦は、気の強そうな印象を他人に与えがちだ。それが今や、はっきりと激怒に近い表情を作っている。
「お兄様からブレスレットを奪った男!」
クロエとオルドはマイロディスを詐欺師だと決め付けたが、ユージーンにはまだ信じたい気持ちが残っていた。
彼はユージーンの代わりに、医療費を支払ってくれた。
今回も、里の危機を知って戻ってきたのかもしれない。
それなら、助けを求める彼に応えるべきではないのか。
ユージーンは迷いながら、ホルスターの上から魔導銃を押さえる。
人型モンスターに銃撃は効かない。
魔法障壁で弾かれるからだ。
それは以前、別の人型モンスターで経験済みだった。
今度は戸が叩かれた。
低い位置で、引き戸が揺れた。
姿勢を低くし、もう魔法も使えないほどに追い詰められているのだとわかる。
「おい! 入れてくれ!」
その声に、ユージーンは思わず立ち上がっていた。
「くそ、こいつら、魔力を吸ってやがる!」
皆が、恐怖に打たれながら彼の悲痛な声を聞いていた。
だが外に出れば、同じ目に遭う。
引き戸を開けることさえ、彼らは躊躇していた。
「あああ! 痛ってえ! あっちに行け! 誰か!」
苦痛の声にユージーンは身を竦める。
彼は思わず、提げている鞄を掴んだ。
さっき銃弾を結界の外に投げた時のことを思い出した。
そして、助けられるかもしれない方法を思いついた。
試してみる価値はありそうだ。
ユージーンは、鞄に手を入れて、銃弾を一掴み取り出した。
そして、鞄と銃は食卓の上に置いた。
手の中に十数個の銃弾を握り締めたまま、彼は引き戸に近づいた。
「お兄様?」
心配そうに、クロエがすぐ後ろに付いてくる。
外に居る男は、苦痛の声を上げ続けていた。
「あっちへ行け! このクソ蝙蝠野郎!」
戸に手を掛けて、ユージーンは一瞬考えた。
結界は、害虫や害をなす生き物の侵入を阻む。
引き戸を開けても、建物の内側は安全なはずだ。
彼が戸を横に滑らせると、家の中の灯りが外を照らした。
数十匹を超える生首蝙蝠たちが、結界の外を飛び回っている姿が見えた。
開いた戸に気づいた一匹が、突進してきて、結界に弾かれる。
それを見たエルフの女の子が、後ろで小さな悲鳴を上げた。
傍系のエルフは、両腕で頭を守るようにして、地面の上に身体を丸めている。
彼の身体の上で押し合いながら、牙を立てているのは生首蝙蝠だ。
何匹いるのか、数える余裕はなかった。
ユージーンは、手の中に握り締めた銃弾を全て、空中に放り投げた。
銃弾は光を反射しながら、結界の境界線を越えて、緩い放物線を描いた。
氷結弾、火炎弾、電撃弾。
それぞれが、魔法を起動させるための魔力を帯びていた。
目敏く見つけた生首蝙蝠たちが、さっと飛んで行った。
飲み込まれた途端、彼らの内側から魔法が発動した。
数匹が凍り付いた。
もう数匹が燃え上がった。
残りは痺れて落下していった。
「ダレだ!」
「だれ?!」
行動不能に陥った仲間に、他の化け物たちが群がる。
倒れたエルフに群がっていた生首蝙蝠たちが、一斉にそちらを見上げた。
そして競って飛び立ち、共食いの輪に加わる。
少しでも数を減らせたら、救い出せるかもしれないとユージーンは思っていた。
幸運にも作戦は上手くいって、倒れているエルフの側には一匹も残らなかった。
「今のうちに!」
ユージーンが声をかけたが、地面の上に蹲ったエルフの男は呻き声を上げるだけで、動かない。
手を伸ばせば届く距離だ。
ユージーンは一瞬躊躇った。
「待って、お兄様!」
クロエの止める声が聞こえたが、その時にはもう外に出ていた。
エルフの男を抱え起こして移動させようとしたが、ユージーンには重すぎた。
男のどんよりした目が、力なく見上げた。
頭から流れた血がその顔を覆っていた。
クロエも飛び出してきて、一緒に男を引き摺った。
傍系エルフの男、マイロディスは、よろよろと立ち上がった後、戸の内側に倒れ込んだ。
その間に生首蝙蝠たちは、行動不能になった仲間たちを食べ尽くしていた。
「まるで空飛ぶピラニアだわ!」
クロエは、引き戸からはみ出ていたマイロディスの足を蹴るようにして、中に入れ込んだ。
彼女は、向かってきた一匹を飛翔棍で弾き飛ばした。
魔法障壁を光らせながら飛んで行ったその生首蝙蝠は、人間そっくりの甲高い悲鳴を上げた。
ユージーンたちが屋内に戻った途端、彼らは結界に体当たりを始めた。
その数は、開いた戸から見えるだけでも三十匹は超えていた。
「なんて無茶をするんだ!」
オルドが、群がる生首蝙蝠たちの前で急いで引き戸を閉めた。
マイロディスは、土間に倒れたまま呻いている。
牙の痕が無数についた耳やうなじが痛々しいが、幸い、ラヴィのように大きく噛み千切られた傷はなかった。
「誰だ?」
「ダレだ?」
戸外で、不気味な声が重なり続けていた。
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