08:ダレ?
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
ヴァン:オルドの父。
イリス:オルドの母。
ラヴィ:オルドの幼馴染み。
ミーナ:ラヴィの母。
レノ:ラヴィの父。
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
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ユージーンとクロエが母屋に入ると、中には緊張感が漂っていた。
気のせいか、天井の柱近くに設置されている魔法灯火がさっきよりも暗く陰っているように見える。
大きな柱の前で言い争っているのは、オルドとヴァンの父子だ。
「結界を小さくなんてできない! 果樹園を失ったら、明日からどう生きていけばいいんだよ!」
「連中はおそらく肉食だ。果樹に影響はない。ラヴィの指を見ただろう? 職を失う前に、命を失うぞ!」
暖炉に近い食卓では、レノとミーナの夫婦が息子を挟むように座っていた。
「心臓よりも高く上げて」
血の滲んだ包帯を緩めているのは、父親のレノだ。
「痛いよ、父さん」
ラヴィが逃げようとして、椅子の足を床に擦る。
「時々緩めないと、腐ってしまう。我慢しろ」
「可哀想に、ラヴィ」
母親のミーナは半泣きで、息子の肩に手を置いている。
入り口に近い場所に、見慣れないエルフたちがいた。
まだ小さな女の子のエルフが、椅子に座ってイリスの治療を受けている。
向かい合った椅子に腰掛けたイリスは、まるで患者を診る医師のようだ。
二人の傍に立って心配そうに見守っている男女のエルフは、女の子の両親なのだろう。
彼らも、耳や頭から血を流していた。
「ポルルとサリナ、その娘のミツギだよ」
イリスが女の子の手に包帯を巻きながら、ユージーンたちに紹介した。
「この家の裏手から少し東に行ったところに三人の家があるんだけれどね。翼のある化け物が煙突から入ってきたんだって」
「煙突から……」
それでわざわざ寒い場所に椅子を運んだのか、とユージーンは部屋の奥にある暖炉を見る。
木造のこの家で、暖炉の周囲だけ、不揃いな石材を漆喰で固めて造られていた。
「結界がなくても、いつもなら戸締まりをしていれば安全なのよ。でもアレは、暖炉の炎を平気でくぐっって、押し入ってきたの」
まだ若い母親は、引き裂かれて血が止まらない耳を布で押さえていた。
「人の首そっくりの、悍ましい化け物だったわ」
クロエも、暖炉を見た。
「生首蝙蝠には魔法障壁があるから、短い間ならこの程度の炎をくぐることぐらいはやってのけそうね」
と、専門家っぽい口調で解説してみせる。
暖炉の奥からは鉄の吊り金具が伸び、吊られた鍋は煮立たない程度に火から遠ざけられていた。
パチパチと爆ぜる薪の熱が部屋を心地よく暖め、鍋から漂う蒸気が空気を優しく潤している。
「お父さんが、台所のお鍋で叩いてやっつけたわ」
女の子はイリスに、誇らしげに言った。
「でも、二匹目と三匹目が入ってきて、ミツギを噛もうとしたの」
「娘と妻を連れて、家から逃げ出すことしかできなかった」
父親は鍋の持ち手を握り締め、視線を落ち着き無く彷徨わせていた。
「この家の結界が光って見えたから……必死で走って、駆け込んできたんだ」
歪んだ鍋には血が付いていた。
娘を守ろうとした父親の奮闘ぶりが目に浮かぶ。
「勇敢なお父さんだねぇ」
イリスが褒めると、女の子は得意げになった。
「さあ。次はサリナの耳に薬を塗ろう」
女の子が椅子を降りて、母親に向かって、ここに座れとばかりに座面を叩いていた。
親が愛する子どもを必死に守る。
子どもはそんな親を誇りに思い、労る。
すぐそこに存在している家族の姿が、ユージーンにとっては遠い物語のように感じられた。
「お兄様」
クロエがユージーンの腕をそっと引っ張って、食卓のそばに連れていく。
「座りましょう」
食卓前に、兄妹は並んで座った。
椅子に座ったユージーンは、自分が酷く疲れていることに気づいた。
足がとても怠い。
「大丈夫?」
クロエが気遣ってくれる。
「うん」
足の怠さなんかに構っている場合ではなかった。
妹を、守らなくてはいけない。
自分の命と引き換えにしてでも、とユージーンは気を引き締める。
柱の龍紅玉は、深紅に変化していた。
どうやら魔力の充填は終わったらしい。
オルドとヴァンの父子による、結界の範囲についての話し合いはまだ続いていた。
「化け物は数を増やしつつある。連中が一斉に体当たりを始めたら、龍紅玉が満杯でも魔力が尽きるのはあっという間だ」
「そんなの……そんなことは」
オルドがチラリと、クロエに視線をやる。
その手がブレスレットに触れた。リセット魔法で、いくらでも充填できると言いたかったのだろう。
ヴァンが付け加えた。
「たとえその不思議な魔導具で無限に充填ができるとしても、今の結界の面積を考えれば、充填の速さが魔力消費の量に追いつくとは思えん。最小限にしたとても、連中の数次第では結界を維持できない」
オルドが驚いた顔で、父親を見た。
ヴァンは、息子がクロエから借りた魔導具を使っていたことに気づいていたようだ。
「結界は、この建物のみに限定する。里長が長老議会に救援を頼んだと言っていたから、助けを信じて待とう」
ヴァンが全員を見回しながら、そう宣言した。
「ネアはどうなる? うちの草食竜だが」
ラヴィの父親、レノが尋ねる。
「わからない」
ヴァンが首を振った。
「里に辿り着いた時は無傷だったから、今回も無事を祈るしかない」
「お友達のエルフたちは?」
幼いエルフの声が、沈痛な空気の中に響いた。
「ミツギたちみたいに襲われて逃げ込んでくる人が、他にもいるかもしれないよ?」
「他のエルフたちは、みんな川の向こうに住んでいる」
ヴァンは幾分事実を濁した説明をした。
「あの化け物たちは、向こうには行っていないようだから大丈夫だろう」
ではなぜ連中が川のこちら側に集まってきているのか、と問う声はなかった。
「本当に救援は来るんでしょうか?」
傷ついた手を高く掲げて、そう尋ねたのはラヴィだ。
「もし来なかったら」
ヴァンは柱に向き直って、手を伸ばした。
「結界の魔力が尽きた後は運に頼るしかない」
魔法陣には、同心円状の輪が組み合わさっていた。
一つずつが回転する仕組みになっていて、ヴァンが輪の一つを回した。
カチ、という機械的な音が聞こえてきた。
結界の縮小は目には見えなかったが、ユージーンは空気が重くなったように感じた──心理的な圧迫感だったのかもしれないが。
しばらくして、羽ばたく翼の音が外から聞こえてきた。
「「「ダレダ」」」
声が重なる。
「誰だ」
「ダレ?」
その声から、生首蝙蝠たちがこの家を取り囲むように飛び回っている様子が窺い知れた。
ふいに叫び声が響き渡った。
恐怖に満ちた、本物の人間の声だ。
全員が怯えた表情で、声のした方向を見る。
ユージーンは建物の配置を思い浮かべた。
この家の出入り口は南側にある。
叫び声は部屋の奥側にある暖炉の方、つまり北から聞こえてきた。
たった今結界を外れた果樹園の辺りで、誰かが襲われているのだとわかった。
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