07:命名、生首蝙蝠
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
ヴァン:オルドの父。
イリス:オルドの母。
ラヴィ:オルドの幼馴染み。
ミーナ:ラヴィの母。
レノ:ラヴィの父。
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
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(無我夢中だった……)
ユージーンは、冷静に行動できた自分を振り返った。
妹と一緒に戦った。
萎縮することなく動けたのは、彼女がいたからだ。
戦えた自分が誇らしい。
身体が震えているのは、恐怖からだけではなかった。
「お兄様、格好良かった!」
クロエが優しく笑いかけてくれる。
彼女はまだ、ユージーンの腕をしっかり掴んでいた。
「うん……クロエもね」
「二人とも、怪我はないか?」
空き地で物干し竿を構えたまま、ヴァンが尋ねた。
「大丈夫、問題ない! ……です」
クロエは勢いよくそう答えた。
「二人がいてくれて助かったよ」
ヴァンが頬を緩める。
レノとミーナの二人はすでに、息子のいる母屋へ入って行ったようで姿は見えない。
背後では、化け物たちが近づこうとしては薄く光る結界に阻まれ、小さなその顔を歪めていた。
男、女、年寄り、子どもと、その頭部の特徴は様々で、髪の毛まであった。
今のところ結界を突破される心配はなさそうなので、ユージーンは銃をホルスターに収めた。
「話に聞いていた通り、確かに人に似てるね! だから人型モンスターと呼ぶのね。気持ち悪さが普通のモンスターと段違いだわ」
クロエもようやくユージーンから離れると、飛翔棍をベルトのホルダーに留めて背中に回した。
「別名サムシングフェイルド。人型モンスター目、空飛ぶ生首属、生首蝙蝠科、みたいな……あれ? 順番間違ってる?」
生首蝙蝠。
クロエがそう口にした時、ユージーンの中でその名が定着した。
「増えてきているな」
ヴァンは、結界の外を眺めながら心配そうだ。
「結界の光に引き寄せられているのか?」
(光……そうだろうか?)
ユージーンは、さっき撃ち落とした化け物の様子を思い出した。
牙を剥き、大きな口を開けて襲いかかろうとした相手は、間近にいたユージーンではなく、ミーナだ。
「エルフ族を食べようと狙ってきてるのかしら」
クロエは、右人差し指を一本立てた。
思いついた、という仕草だとユージーンは思ったが、ラヴィの真似だったようだ。
「あの指を食べられた人が『奴らエルフを食うぞ』って言ってたし。お兄様と私とあの奥さんと、皆同じぐらいの背丈で並んで歩いていたのに、襲われたのは、あのエルフの奥さんだったわ」
「……ラヴィは指を食われたが」
ヴァンが考え込むように首を捻った。
「一緒にいた草食竜は一口も食われていなかった。考えてみれば、食いでのある草食竜を狙わなかったのは妙だ」
「鳥は、食べられていたんですよね」
ユージーンは、ラヴィの説明を思い出した。
「ああ。確かに奴らは鳥を大量に食べていた」
ヴァンは頷いた。
「貪欲な化け物だ。だが、大きな草食竜とエルフを前にして、エルフを選んだ。今も、君たちではなくミーナに襲いかかった。普通の餌も食べるが、ラヴィの言う通り、エルフを美味しい餌だと思っているのは間違いなさそうだ」
あの時、ヴァンやミーナの夫もいた。
なのになぜ彼女だったのかとユージーンは考えた。
(それに、どうやって人族とエルフ族を見分けているんだろう?)
魔力を持っているかどうかで判断しているとしたら、あの人型モンスターたちは魔力量が『見える』ということになる。彼らがミーナを選んだ理由、それは、あの場にいた中で彼女が一番、魔力量が多かったせいではないか。
「ラヴィが帰り着いた里の入り口は、集落の方にあるんですか?」
ユージーンの質問にヴァンが頷いた。
つまり、木が撓むほど化け物が集まっていたという森とこの家の間には、集落があるはずだ。
「単純にエルフを狙って来たのなら、ここに来る前に集落にいるエルフの人たちを襲っているはずです」
「その様子はなさそうだ」
ヴァンは集落のある南の方向を振り返った。
「以前大火事があった時、怒鳴り声や叫び声がここまで届いたからな」
ユージーンも集落の方を見た。
暗くて見えないが、静まり返っていて、襲撃騒ぎが起こっているとは思えない。
「もしかしたら、ですが」
ユージーンは控えめに切り出した。
「あの人型モンスターたちは、龍紅玉の魔力に引きつけられてきたのかもしれません。……あの生首蝙蝠たちには、魔力が『見える』んじゃないでしょうか?」
「今オルドが魔力を充填している龍紅玉?」
クロエは、頭上を飛ぶ生首蝙蝠を見上げた。
最初に見た時は数匹程度だった化け物が、今は十数匹ほどの数になっていた。
「魔力が目に見えるのなら、あの柱は太陽みたいに光り輝いているはずよね。その光に引き寄せられて集まってきているのね?」
魔力を光として見ているとは限らないが、匂いや音だった場合、それをどう言い表せばいいのかわからないので、ユージーンはただ頷いた。
「もしそうなら、ここは結界に守られていて安心だとばかりは言えないな。ミーナのように、寄って来た生首蝙蝠に襲われる危険が大きい」
ヴァンは苦々しい表情になった。
「昨日、東の谷が崩れて大穴が開いた。その穴が、奴らの住み処に通じたんじゃないかと里長は話していた。今日森にいた化け物は数十匹を超えているように見えたが、穴からもっと出てくるとしたら……まずいぞ」
「結界の向こうに、気持ち悪い生首がぎっしりと並んだりして」
クロエが無邪気に、想像を口にした。
そんな状況で、龍紅玉が魔力切れを起こして結界が消えたらどうなるのか。
あまり良い結果は期待できそうにない。
ヴァンも、ユージーンと同じ恐れを抱いたのだろう。
「結界の範囲を小さくして、魔力の消費量を抑えた方がいいな」
彼は納屋に物干し竿を投げ込むと、急ぎ足で母屋に入っていった。
「弾丸の補給に付き合ってくれる?」
宿舎が結界の範囲から外されるかもしれない。
手持ちの弾丸では心細かったので、ユージーンはクロエにそう頼んだ。
「ええ」
クロエは、宿舎の方へ歩き出しながら言った。
「私もちょうど、部屋に荷物を取りに行くから付き合って、と言おうとしていたところなの」
***
クロエの言う荷物とは、ザイオンの作った鞄だった。
ここに来る時、クロエはその鞄におやつを詰め込んでいた。
空間魔法が使われていて、見かけ以上に物がたくさん入る。
だが、重量を軽くすることまではできないので、欲張って入れると重すぎて運べない。
ユージーンをここに連れてきたマイロディスは、いつどうやって運び出したのか、ザイオンの家に置いてあったはずの荷物も荷車に載せていた。
その中には弾丸の入った箱もあった。
ユージーンが人型モンスターに襲われた日、友人のルキルスと一緒に購入したものだ。
普通の弾丸だけではなく、氷結弾、火炎弾、電撃弾もあった。
今は種類を選んでいる余裕はない。
ユージーンは魔法弾を全て鞄に放り込んだ。
かなりの重さになったが、かろうじて持ち運べた。
通常弾よりも割高だったので、大量には買えなかったせいもある。
千切れた鞄のヒモを、肩から斜めがけにして結んだ。
通常弾はガンベルトに入れていた。念のため、ベルトに付いているポーチにも入るだけ入れておいた。
クロエと一緒に母屋へ戻る途中、結界の外を眺めると、淡い光に照らされて飛ぶ生首蝙蝠の影は更に増えていた。正確に数えたわけではないが、二~三十匹はいる。
ユージーンはふと思いついて、弾丸の一つを鞄から取り出した。
結界は外からの侵入を防ぐが、中から物を投げた時には干渉しなかった。
ユージーンの投げた弾丸が、結界の外へと飛んで行く。
生首蝙蝠が一匹、さっと追いかけて、口に入れた。
「確かに、魔力に引き寄せられるみたいだね」
ユージーンは、それだけを確認するつもりで銃弾を投げたのだった。
「銃弾にも魔力があるの?」
クロエは、銃弾を食べた生首蝙蝠を目で追っていた。
「魔法弾には、小さな龍紅玉がついているんだ」
「そうなの? 相場が上がってるから、今売ったら儲かっちゃうかも」
「それはいいね。借金が返せる」
兄妹は顔を見合わせて笑った。
銃弾を食べた生首蝙蝠が、燃え上がった。
火炎弾だったようだ。
「撃たなくても、化け物の体内で魔法が発動するのか」
発動条件は、齧られた衝撃による変形か、体液による浸潤だろう。
ということは、未使用弾の保管をもっと慎重にしないと──などとユージーンが考えている間に、予想外のことが起こった。
燃えながら落ちる生首蝙蝠に、他の生首蝙蝠が群がったのだ。
十数匹分の翼で埋め尽くされた塊が、結界の淡い光に照らされてフラフラと飛んでいる。
「……共食い?」
唖然とした様子でクロエが呟く。
その言葉通り、燃えていた一匹はあっという間に食い尽くされた。
彼らがばらばらに飛び去った後には、何も残っていなかった。
「びっくりした」
ユージーンは、心情をそのまま呟いた。
「でも、そうか……魔法障壁を使えるということは、人型モンスターは魔力を持っているということだから、お互いに餌でもあるのか」
「囲まれてどうしようもなくなったら、この方法でいけばいいよね」
クロエは、ユージーンが提げている鞄から銃弾を一つ取って、結界の外に投げた。
生首蝙蝠に学習能力はないようだ。
すぐに一匹が飛びつき、電撃で痺れて落ち始める。
その一匹に、他の生首蝙蝠たちが食いつく。
痺れているだけの化け物は、まだ死んではいないはずなのに、弱みを見せただけで仲間の餌食になった。
「人型モンスターと言うけれど、そんなところまで人間に似なくてもいいのに」
クロエが哲学的な突っ込みを入れていた。
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