06:僕の妹が、格好いい……!
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
ヴァン:オルドの父。
イリス:オルドの母。
ラヴィ:オルドの幼馴染み。
ミーナ:ラヴィの母。
レノ:ラヴィの父。
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
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痩せ細った月が、西の地平に沈みかけていた。
明るい屋内から外に出たユージーンは、一瞬足を止めた。
結界の淡い光が、空き地を含めた建物群から、坂道の両側にある果樹園一帯を覆っていた。
ヴァンは魔法灯火を灯し、空き地を抜けた先にある三叉路へと向かった。
クロエとユージーンがその後に続く。
風が冷たい。
前を行くクロエが寒そうに身を竦めたのが見えた。
ユージーンも寒さは感じたが、緊張の方が勝っていた。
ふいに三叉路の傍にある木々の方角から、ガサリと音が響いた。
クロエがさっと身構え、ユージーンも銃を手に、音のした方を窺った。
長い棒の影が見えた。
ヴァンが物干し竿を掲げて、三叉路から集落の方向へ進んで行く。
さっき納屋の中で見かけたものだ。
その竿の先が木の枝に当たったらしい。
緊張が解け、クロエとユージーンは顔を見合わせて笑うと、先に進んだヴァンの後を追った。
クロエは飛翔棍を手に、警戒を続ける。
ユージーンは銃を構えながら用心深く進んだ。
足元が暗くて、先を探るようにして歩かないと、地面の凹凸に足を取られて転びそうだ。
やがて三人は、左右に走る大きな道に出た。
道の向こう側には、魔法灯火の灯りが届かない。
まっ暗な闇だ。
水音がするので、道沿いに川が流れているらしいとわかった。
左へ暫く進むと、光の中に、植え込みに囲まれた木造の建物が浮かび上がった。
道に面した戸の横には小さな窓があり、鎧戸の隙間から灯りが漏れている。
魔法灯火の届く範囲が狭いので、建物全体の大きさはわからない。
「レノ! ミーナ!」
ヴァンは物干し竿を左手に持ち替え、木の戸を叩いた。
クロエとユージーンは、彼から少し距離を取って待った。
引き戸が横へ動いて、中の淡い光が道に差した。
中年の女性エルフが顔を出して、不思議そうに物干し竿を眺める。彼女がラヴィの母親、ミーナらしい。
「ヴァン? 何かあったの?」
彼女は豊かな緑の髪を肩の辺りで纏め、腰まで垂らしている。
その目が、ヴァンの厳しい表情を見返し、心配そうに瞬いた。
「まさか……」
「どうした?」
家の奥から、男性のエルフが出てきて女性エルフの横に立った。
ラヴィの父親、レノだろう。
レノの緑の長髪は頭頂辺りで噴水のように纏められ、クロエが興味深そうに後退した生え際を眺めていることに、ユージーンは気づいた。
時々妹は、他人の髪に異常なほどの関心を抱くことがある。
「お前たちの息子が怪我をして、うちにいる。来てくれ」
そう言って、ヴァンは物干し竿を持ち直すと方向転換し、歩き始めた。
エルフの夫婦が、悪い想像をしたらしく息を飲む。
「待って! 怪我って……」
女性のエルフは、ヴァンを追いかけようとして外に出た時、ようやくクロエとユージーンに気づいた。
その視線が、ユージーンの持っている銃に向けられる。
「この人たち、武器を持ってるわ!」
彼女は、小さく悲鳴を上げた。
「息子を怪我させたのは、あなたたちね!?」
ユージーンは驚いて、後ずさりした。
「は?」
クロエが顔をしかめた。
その声の出し方は、ザイオンに似ていた。
「馬鹿なことを言ってないで、急げ!」
ヴァンが振り返って叫んだ。
クロエとユージーンは、黙って彼に従った。
結界の外にいるので、こうして話している間にもどこから襲われるかわからない。
「待てよ、ヴァン、説明しろ!」
エルフの夫婦が追いすがってきた。
「この二人は何だ? ラヴィはどうして家に帰ってこないんだ? そんなに重傷なのか?」
「うちに来て、自分の目で確かめろ」
ヴァンはそれだけ返して足を速めた。
二人を伴って、ヴァン、クロエ、ユージーンは元来た道を辿った。
狭い道へ入り、もうじきオルドの家に続く三叉路に差し掛かるという時、羽ばたきの音が聞こえてきた。
三叉路の向こうには、オルドの家と果樹園を包む結界がうっすらと光っている。
その光の周りを鳥のような生物が数匹、飛び回る姿が見えた。
「まずいな……もうここまで来たのか」
ヴァンが呟いた。
「何、あれ」
ラヴィの母親──ミーナが呟いた。
「蝙蝠?」
生物は、上下に大きく振れながら飛んでいた。
そのうちの一匹が群れを離れて、向かってくる。
黒っぽい影のように見え、詳細ははっきりとわからなかった。
クロエが飛翔棍を、ユージーンは銃を構えた。
影が、ミーナに向かって急降下した。
クロエが彼女の前に飛び出した。
飛翔棍が影を弾く。
魔法障壁を光らせながら、翼をばたつかせたのは、人にそっくりな頭部を持つ何かだ。
「誰ダ!」
空中で体勢を立て直し、上昇したその化け物は、人の声でそう叫んだ。
人間の頭部にそっくりのものが、空を飛んでいる。
その頭は、本物の人間よりも一回り小さい。ラヴィの説明通り、頭の後ろに蝙蝠のような翼が付いていた。
ミーナが悲鳴を上げた。
夫のレノがその腕を引っ張って、下がらせる。
「結界内へ急げ! 早く!」
ヴァンが物干し竿を振り回しながら、声を上げた。
「なんてキモいの!?」
クロエは飛翔棍を器用に操り、宙に飛び上がった。
その先、少し高いところに化け物がいた。
(僕の妹が、格好いい……!)
飛翔棍が、化け物を捉えた。
先端から刃が飛び出し、化け物を切り裂こうとする。
魔法障壁が刃を受け止め、攻撃は無効化された。
だがその衝撃で、化け物は障壁ごと弾き飛ばされた。
懸命に羽ばたいて、高度を保っている。
飛翔棍の刃は、両端にあった。
普段は仕舞われているが、モンスターとの戦闘時には突出する。
クロエが腕を伸ばしつつ、棍を回転させた。
逆側の刃が化け物に襲いかかった。
かろうじて攻撃に耐えた化け物が、ふらふらと落ちながら光を失った。
ユージーンが銃口で狙いを定める。
クロエが着地し、飛翔棍を構え直した。
「ダレダ!」
懲りずに、化け物は再び上昇しようとした。
人間にそっくりな目で、三叉路の向こう、逃げていくミーナを見据えている。
その目に浮かぶのは、獲物を狙う貪欲さだ。
結界の光が剥き出しの牙を照らした。
大きく開けられた口は、格好の的だ。
ユージーンが銃を撃つと、化け物は鈍い音を立てた。
木にぶつかり、跳ね返り、地面に落ちて、ユージーンの足元まで転がって来て止まった。
口からドロリと血の塊を吐き出した化け物は、若い女の顔をしていた。
両眼の光は消え、明らかに死んでいるとわかった。
見下ろしながらユージーンは、動けないでいた。
それが安堵の気持ちからなのか、恐ろしさなのか、考えている暇はなかった。
まだ終わっていない。
幾つもの羽ばたきが聞こえてきた。
「結界内へ!」
ヴァンが叫んだ。
「お兄様!」
クロエがユージーンの腕を掴んだ。
「早く!」
見上げると、こちらに向かって飛んでくる数匹の化け物が見えた。
ヴァンが物干し竿で追い払おうとしている。
クロエに引っ張られるようにして、ユージーンは結界の内側へと逃げ込んだ。
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