05:僕たち、死ぬのかな?
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
ヴァン:オルドの父。
イリス:オルドの母。
ラヴィ:オルドの幼馴染み。
ミーナ:ラヴィの母。
レノ:ラヴィの父。
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
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「イリス、ラヴィの怪我をみてくれ! オルドは、家の前にあるラヴィの荷車を頼む。俺は長物の武器を探す」
矢継ぎ早に指示を出すと、ヴァンは結界用魔法陣のある柱の後ろに回った。
そこには螺旋状の簡素な階段があり、押し開ける形の扉から、二階へと繋がっていた。
状況説明は一切無しで、大柄なエルフの男は階段を上がって行った。
「ご飯も食べずに、あの人は」
イリスの呟きが、宙に浮いた。
何が起こったのかは、大怪我を負ったエルフ、ラヴィの説明から判断するしかなかった。
「初めは……痛い痛い痛い……鳥の翼があちこちに落ちてるなって思って……ああ、痛い!」
説明の合間にはしきりに、『痛い』という悲痛な言葉が挟まった。
その声を聞くたびに、ユージーンは身を竦めた。
指先を少し切っただけでも痛いのだから、あの深い噛み傷は相当な痛みを伴うだろう。
ラヴィは今日、近場の拠点まで出かけて行って、収穫物の納品をした。
受け取った代金で里の人々に頼まれたものを購入し、帰る途中だった。
「保冷用の魔法を保つだけで精一杯だったんだ。防御用の障壁は動作させていなかった……そしたらさ。……痛い! 痛いよ、イリス」
イリスはラヴィを椅子に座らせて、怪我の手当をしていた。
テーブルの上にボウルを置き、水を少量生成して傷口を洗い、消毒用の薬草を塗り、包帯を巻いた。
ユージーンはイリスの傍に立って、タオルを用意し、包帯を渡し、ハサミで長さを調節した。
ラヴィの腕は、食卓の上に固定されていた。
痛みから逃げようとする彼の腕を押さえ付けているのは、クロエだ。
クロエは動きやすいよう、上着を脱いでいた。
それに倣うように、ユージーンも上着を脱いだ。
身体に巻いたガンベルトが顕わになる。
銃は、ポケットから出してホルスターに収めた。
暖炉のおかげか、それほど寒さは感じない。
ラヴィは治療の間中、泣いたり喚いたりしていた。
「ああ! 僕の指が……!」
ラヴィが悲鳴を上げるたび、ユージーンはビクリと身体を揺らした。
自分でも情けないと思ったが、止めようのない瞬間的な恐怖だ。
痛めつけられた記憶が、身体に刻まれている。
それを打ち消して、ユージーンはその場に立ち続けた。
(大丈夫。僕は、大丈夫だ)
以前よりは随分、前向きになれた気がしている。
イリスには、さっきまでの多弁さはなかった。
「頑張るのよ、ラヴィ」
青ざめながら、彼女は止血のために包帯をきつく縛った。
「化け物たちは、……まるで人のような声で、鳴くんだ」
ラヴィは、涙を流していた。
包帯の下で彼の抉れた指が、血を流し続けているのだろう。
白い包帯に血がにじみ始めた。
彼はその手を抱き抱えるようにして、話を続けた。
「そいつらは僕に、『誰だ』って訊いてきた」
その声は苦痛のせいか、時々掠れた。
浅い呼吸を繰り返しながら、ラヴィは痛みを堪え続けた。
「思わず振り返ったら、上下に揺れながら、人の首が飛んでいた。首をぶら下げた翼は蝙蝠のように羽ばたいて、翼の先にある鉤爪が人の指のように見えた。あれは間違いなく人型モンスターだ」
話の途中でオルドが入ってきて、ラヴィに荷物を見せた。
チーズにバター、牛乳、卵などの食材だ。
「取りあえず、保冷用の収納に入れておくから」
里の人に頼まれて買ったものだろう。
「草食竜は納屋の裏手にある厩舎に繋いだ」
「ありがとう、オルド」
痛みに顔をしかめながら、ラヴィは言った。
「明日、配りに行けるかな……」
「諦めろ」
ぶっきらぼうにそう言って、オルドは柱の方へ向かう。
ブレスレットを嵌めてから三十分以上が経っていた。
彼は柱の傍に立って結界用の龍紅玉に触れ、魔力の充填を始めた。
オルドが手を触れた場所から、色が染みて行くように、龍紅玉の色が少しずつ赤さを増していった。
一瞬でできるわけではないんだと、ユージーンはその時初めて知った。
ラヴィの服は、あちこち血が滲んでいた。イリスが調べると、服の下には鋭い牙の痕があった。
草食竜の固い皮で作った服を着ていなければ、指と同じように噛み千切られていただろう。
「何匹もが一斉に襲ってきた。僕は必死に鞭を振り回した」
噛まれたところも一つ一つ、イリスが傷口を洗っては薬を塗る。
「ようやく里の入り口に辿り着いた時、ヴァンや里長が何事かと出てきたところだった。それで、石つぶてで化け物を追い払ってくれたんだ」
ラヴィは目を見開いた。
その瞳には、助かったという安心ではなく、強い恐怖があった。
「奴らは仲間のところへ戻って行った。化け物たちは、里を囲む森の木々に逆さまに止まっていた。木々の枝がたわむほど無数にいて、こちらをじっと見ていた……まるで僕たちの魔力が尽きて、結界魔法が無効になるのを待っているかのようだった」
ラヴィの言葉を聞いて、ユージーンは想像した。
森の木々がたわむほど多い、蝙蝠のように飛ぶ人の頭部の姿をした化け物たち。
「里長が、通信用の魔導具で長老議会に報せると言った。軍隊を組織したのはこういう時のためなんだから、来てくれるはずだって。でもヴァンは、それじゃ間に合わないって言うんだ」
ラヴィは、抱え込んだ手の包帯に涙を零した。
包帯は滲んだ血で、真っ赤になりつつあった。
「間に合わなかったら僕たち、死ぬのかな?」
(間に合わない……?)
ユージーンは、初めは理解できなかった。
里の人々は、家と果樹園を結界で守っている。
それだけでは防ぎきれないという意味なのか。
彼は、結界と魔法障壁の違いは何かと考えた。
ブレスレットに付加された魔法障壁は、攻撃を感知して起動する。
一方結界は、常時張り巡らされている。鳥や害虫、モンスターなど、果樹に害があると定義されたものは通さない。見えない籠のようなものだ。
常駐だから、消費する魔力は多い。
オルドは、このままだと結界用の魔力が尽きると心配していた。
(だからクロエが、自分のブレスレットを外してオルドに使わせようと考えた。彼が何度も魔力をリセットして戻し、龍紅玉に魔力を充填すれば、結界は大丈夫のはず)
「僕の家ではこのところ、一日の半分しか結界を維持できないんだ。あの化け物が来たら、父さんと母さんが食べられてしまう……」
ラヴィの言葉で、ユージーンは思い出した。
これまで魔力を供給してくれていた傍系のエルフや、働き手だった多くのエルフたちが長老議会に徴兵され、里全体が魔力不足だと聞いた。
結界用の魔力が足りないのは、オルドの家だけではないだろう。
(里にはいくつ、家があるんだ? そのうち、ラヴィの家のように魔力不足の家は何軒ある?)
このままでは結界用の魔力が切れた家の人々が、化け物の餌食になってしまうかもしれない。
オルドの父親が階段を下りてきた。
金属製の棒を数本抱えている。
魔力を充填しているオルドを見て、彼は足を止めた。
無言で暫く息子を眺めたあと、ヴァンは食卓まで来て、持っていたものを置いた。
槍が一つ。長剣が二つ。弦の切れた弓。鏃の外れた矢。
「ラヴィの両親を連れて来ようと思う。短剣だとラヴィのように手を食われる。往復する途中で襲われたら、これで何とかするしかない」
「馬鹿ね。手入れもしていない古い武器なんて、リス一匹倒せないよ」
イリスが小さく溜め息をついた。
「納屋にある物干し竿の方がましだね。あれなら高いところにいる鳥も追い払える」
「鳥じゃなくて化け物だ」
クロエが、床に置いていた飛翔棍を拾って、高く掲げて見せた。
「私が一緒に行きます」
妹がその気ならと、ユージーンもホルスターから銃を抜いた。
「僕も……」
「お兄様は駄目。この前、怪我をしたばかりでしょう?」
クロエが飛翔棍を下げて、言った。
「もうあんな無茶はしないよ。離れたところから援護するだけ」
ユージーンはガンベルトから取り出した銃弾を、手早く装填してみせた。
「とにかく、行ってくる」
オルドの父親は槍を手に取って、刃の錆に気づくと食卓の上に置き直し、出口に向かい始めた。
「今なら、多分大丈夫だ。……化け物どもはまだ里の外だから」
クロエが、飛翔棍を手に彼の後を追う。
ユージーンがその後についていく。
「危ない真似はしないでね」
振り返って、心配そうに言う妹に、ユージーンは頷いた。
本当は、妹には安全な場所にいて欲しかった。
けれど彼女が行くと言うのなら、兄としては止めるよりも、そばにいて彼女の行動を見届けたい。危なくなったら、身を挺してでも守りたい。
だから、危険な真似をしないという約束を守るつもりは全くなかった。
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