03:リセットブレスレット
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
ヴァン:オルドの父。
イリス:オルドの母。
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈
「あれがザイオンの作った魔導具だと知っていたんだわ。適当に理由をこじつけて、取り上げたのよ」
怒りに満ちたクロエの声に驚いて、オルドとイリスが心配そうに彼女を振り返る。
「……そうかな」
医療費を支払ってくれたマイロディスは、『貴方は初めからザイオン様を当てにしていたのですね』と指摘した。
確かにその通りだ。
(僕には何もないから……当たり前のように、妹やザイオンに頼り切りだった)
申し訳ない気持ちになったところへ、『ザイオン様に迷惑がかからないよう、借金という形にすれば良い』と提案されて、言いなりになった。
ユージーンは、自分の不甲斐なさを痛感する。
しかも巻き添えの形で、妹をここに連れてきてしまった。
「そうかもしれない。ゴメンね……」
謝ると、彼女は慌てて表情を和らげた。
「違うの。お兄様は悪くないのよ。悪いのはあの詐欺師だから」
「詐欺師には違いないな」
オルドが憎々しげにパンを引きちぎりながら、会話に割り込んできた。
「奴らはいつも長老議会の名で無理難題をふっかけてきて、こっちが困っても知らん顔だ。搾取することしか考えていない。担保だって? 書面で契約でも交わしたのか?」
「書面……?」
ユージーンは不安な目をオルドに向ける。
「いくらの借金で、その担保に何を渡し、返済が終わったらどうするか、という約束を文章にしたか?」
オルドは指に挟んだパンを、まるで筆記具のように空中で動かして見せた。
ユージーンは首を横に小さく振る。
書面にするなんて、考えもしなかった。
ただ言われたことに、従ってしまった。
「全ては口約束か。その担保とやらは還って来ないだろうな」
オルドは筆記具に見立てたパンを口に放り込んだ。
その口調には悔しさが滲んでいた。
「いつもの奴らのやり口だ。後から問い質したところで、そんな事実はなかったとか言い出すに決まっている」
「よくわからないけれど、借金なんて忘れて、ずっとここに居ればいいじゃないの」
イリスがニコニコしながら言った。
「その方があたしたちも助かるし」
「何もわからないくせに口を挟むなよ、母さん」
オルドはウンザリした口調で言う。
「親に対して随分酷い言い様ね、オルド」
イリスは息子に対してむっとした顔をしながら、厨房へと向かった。
「ザイオンは、怒るかな……」
ユージーンは後悔に苛まれ始めた。
そもそもあのブレスレットは、ザイオンから借りた物だ。
勝手に渡したりしてはいけなかった。
しかも、なくすのはこれで二度目だ。
「僕は、ザイオンの信頼を裏切ったんだ」
怒り、あるいは失望の表情を浮かべるザイオンの様子を想像すると、食卓の上で組んだユージーンの両手に、力が籠もった。
妹の手が、彼の組んだ手に重なる。
「ザイオンは、そんなことで怒ったりしないわ」
クロエの優しい声音が、諭す。
「責めるようなことを言ってしまって、ゴメンなさい。あのブレスレットはね、ただの道具なの。ザイオンにとっては迷子札──認識票みたいなものよ。お兄様よりも大事なわけないじゃない。それに……」
妹はゆっくりと口角を上げた。
「ザイオンはおそらく、お兄様のブレスレットを取り戻しにいくわ。あれには追跡魔法がついているもの」
「迷子札……?」
ユージーンは妹を見返した。
クロエの笑みには、暗い愉悦のようなものがわずかに滲んでいた。
(僕の妹が、なんだか黒い……)
ユージーンの両手から、力が抜けた。
思い詰めていた気持ちが消えて、気が軽くなっていた。
ザイオンは、そんなことで怒ったりしない──
わかっているはずなのに。
ユージーンは自分が常に、誰かを怒らせていないかと心配しては怯えていることに気づいた。
「そうだね。……クロエの言う通りだ」
クロエの手が、ユージーンの両手を軽くつついた後、離れていった。
妹はいつも、闇から救ってくれる。
明るい世界へと連れ出してくれる。
彼女の存在がなかったら、ユージーンはとっくに生きていく気力を失っていた。
「貴方たちは、ザイオン様と知り合いなの?」
厨房から戻ってきたイリスは、空のコップをオルドの前に音を立てて置いた。
息子に対して腹を立てているらしい。
渋い表情になったオルドが、オレンジジュースの容器から自分でコップに注ぐ。
「アレシャトに繋がる王の血筋の方が現れたという話は、本当だったんだね」
イリスがオルドの隣に座り直して、興味津々の様子で尋ねてきた。
「エリクシャナ様にそっくりの、物凄い美人さんなんですって?」
エリクシャナは、建国の英雄と称されるこの国の有名人だ。
ザイオンにとっては、祖母になる。
「美人……」
クロエが浮かべた笑みに、冷たさが混じった。
妹は、ザイオンが嫌いなわけではないようだが、彼が褒められるとあまり良い顔をしない。
「母さん」
オルドがイリスに向き直って、咎めた。
「いちいち他人様の事情を詮索するのはやめろよ」
「直系の方のことはエルフ族全体に関係するのよ」
イリスは息子に捲し立てた。
「里長のところには通信魔導具があるからね、最近はこの里でも、ザイオン様の話ばかりしているよ」
「ろくな話じゃなさそうだな」
オレンジを一気飲みしたオルドは、二杯目をコップに入れていた。
「確かに、良い話ではないわ。なんでも長老議会が後宮を作って囲い込んでしまって、一般のエルフはザイオン様を一目見ることもできないらしいね」
「後宮……?」
そんな話になっているのか、とユージーンは驚く。
「王家直系の方々は血筋を絶やすことはできないので、複数の配偶者を持つことが許されているでしょう? あたしの好きな恋愛小説では、それを後宮と呼んでいて」
「母さんの好きな小説はどうでもいい」
「後宮ものは、権力争いが醍醐味なんだけれど」
「本当にどうでもいいから」
親子喧嘩再発の兆しに、クロエとユージーンは口を挟まずに見守る。
「長老議会は、自分たちの言いなりになる傍系の娘だけを、後宮に入れるつもりなのよ。このままだと間違いなく、権力闘争が勃発するわね。お前も少しは政治に関心を持たないと」
「政治っていうか、母さんのは唯の井戸端会議じゃないか」
「ザイオン様がどんな方なのか知りたいと思うのは、エルフ族として当然でしょう? お前だって知りたがっていたじゃないか、オルド」
「それは……」
オルドが言い淀んだ隙に、クロエが発言した。
「……後宮なんてないですよ」
彼女は、声をひそめて続ける。
「秘密にしてもらえるのなら、私たちが知っていることをいろいろと話しちゃいますけれど?」
「もちろん! 誰にも言わないよ」
イリスは嬉しそうに請け合った。
オルドも興味があるらしく、表情を緩めてクロエを見返した。
この場合の『秘密』や『誰にも言わない』という約束が、実は破られる前提だということは、人生経験の浅いユージーンでも知っている。
「後宮というのは間違いで、ザイオンはいつも魔導具を作っているんです」
クロエは、指を一本立てた。
「それで作業場に引き籠もっているから、家族以外の人には会う機会がないだけです。ユージーンお兄様は、魔導具作成の手伝いをしていました」
ユージーンは、そっと頷いて妹の言葉を肯定した。
「それは羨ましいわね。あたしもミカン農家なんてやめて手伝いたい……」
イリスの肩を、オルドが突いた。
「余計なことばっかり言うなって、母さん」
「もう。冗談なのに」
不満げな表情でイリスは小さく呟く。
「ザイオンがエリクシャナ……様にそっくりなのは本当です」
クロエが二本目の指を立てた。
さっきイリスが投げかけた疑問の数だとユージーンは気づいた。
一つ目は後宮などない、ということ。
二つ目はザイオンの容姿。
「ザイオンは弟のマクシミリアンをとても愛していて、自ら手料理を作って食べさせています。マクシミリアンは腹違いの弟で、食いしん坊で、可愛くて……」
クロエは三本目の指に視線を落とした。
それは、話が脱線しないようにという工夫なのだろう。
マクシミリアンの話を打ち切って、『ザイオン様がどんな方か知りたい』というイリスの要望に、クロエは応えた。
「ザイオンは綺麗好きで、細かくて神経質で、怒りっぽくて」
クロエは、自分のブレスレットに視線を落とした。
「過保護で……」
ブレスレットに付加された魔法障壁と、追跡魔法のことを言っているに違いなかった。
「それに、凄い魔導具を作るんです」
クロエがブレスレットを外したので、ユージーンは目を見開いた。
「クロエ……?」
外してしまったら、病気や怪我をしても元に戻せない。
「駄目だよ、クロエ……」
「お兄様も外してるでしょう?」
妹は、これでお揃いねと言わんばかりに微笑んだ。
「試してみる?」
そう言ってクロエは、ブレスレットをオルドに差し出した。
「魔力不足が解決するかもよ?」
その言葉でユージーンは理解した。
クロエは、さっき親子喧嘩の元となっていた魔力充填のため、ブレスレットのリセット魔法をオルドに使わせるつもりなのだ。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈




