01:予兆
【人物紹介】
ユージーン:
コルディナ編主人公。元ルグウィン公爵家嫡男。
クロエ:
ユージーンの妹。
本編第一部『悪役令嬢は退場しました』主人公。元ルグウィン公爵家の公爵令嬢。日本からの転生者。コミュ障気味だが最近は改善。
[エルフの里コルディナの住人]
オルド:コルディナの里に住むエルフ一家の息子。果樹園の管理人。
[主人公サイド]
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。幼名マクシー。
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の主役。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマー。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
[エルフ長老議会サイド]
マイロディス:
エルフ長老議会の意向で、ユージーンとクロエをコルディナの里に連れてきたエルフ。
ルファンジア:
ザイオンの母であるシャルシャの元守り役。王国人排斥派だったが、ザイオンの身辺に王国出身者の存在を許していることで、長老議会からザイオンの側役を解かれた。
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ユージーンと妹は、四つ歳が離れている。
彼女が十歳で一日だけの家出をした時、ユージーンは十四歳だった。
屋敷の庭で父親に見つかり、髪の毛を掴まれて引きずり回される妹の姿を、ユージーンは鮮明に覚えている。
ゴメンなさい、もうしません、と泣く妹を見ながら、彼は恐ろしさに身動きが取れなかった。
止めたい。
けれど、止めたらその怒りは、自分に向かってくる。
父親が鞭を取り出して妹を打とうとした時、ようやくユージーンは知恵を絞った言葉を口にした。
「妹は将来、高位貴族の家に嫁ぐはずです。傷痕を残すような罰は、良くないです」
情けないほど、声が震えた。
怖い、怖くて仕方がない。
けれど妹を鞭打たせてはならない。
鞭を持った手が下ろされたので、ユージーンは安堵する。
自分の意見が聞き入れられた、と思った。
父親の目が、ユージーンを舐めるように見た。
「お前の言う通りだ」
父の声からは、怒りが消え失せていた。
とても良いことを思いついた、と言いたげに、楽しげでもあった。
「良縁が、ルグウィン公爵家を再び豊かにするだろう。我が家門の支持者を集めろ、ユージーン。お前を求める貴族は多いだろうからな」
ユージーンがその言葉の意味を理解したのは、それから間もなくのことだ。
妹は何人もの家庭教師を付けられ、淑女としての教養を詰め込まれた。
東翼三階に住む兄と、西翼三階に住む妹は、唯一顔を合わせる食事時でさえ一言も会話することなくその後の八年を過ごした。
***
実家で過ごした苦しい日々の記憶は、未だにユージーンを脅かすことがあった。
ふとした拍子に蘇って、苦しくなる。
けれど、過去は変えられないし、もう戻ることはない。
今では妹と、自由に会話を交わせるようにもなった。
共和国で送るこの穏やかな日常は、ユージーンにとっては夢の中にいるかのように幸せなものだった。
コルディナの果樹園から、クロエと一緒になだらかな坂を下る。
暮れていく空を、ユージーンは眺めていた。
赤、桃色、青と境目なく配置された不思議な色合いは、王国の空にもあったはずだが、一度も美しいと感じたことはなかったなと思う。
自然の風が肌を撫でていくたびに生じる、この郷愁とも言うべき感覚は、どこから生じるのだろうか。
ミカンの木はそれほど高くはなかったので、果樹園から里の集落へと続く坂は見通しが良い。
果樹園の管理人を勤めるオルドは、木箱を満載した台車を押しながら先頭を歩いていた。
重さに苦労しているようだったのでユージーンは手伝いを申し出たが、邪魔になると断られてしまった。
確かに力仕事は得意ではないから、台車を横転させて収穫物を台無しにしてしまいそうだ。
ユージーンは大人しく、彼の後を付いて歩いた。
果樹園からは、山の裾野に広がるコルディナの集落が見えた。
建物は全て木造だ。
土壁が主だった王国の田舎とは違う、素朴な雰囲気があった。
クロエは時々、隣を歩くユージーンを振り返った。
治療院から出てまだ日が浅いのに、肉体労働をするなんてと反対していたから、心配してくれているのだろう。
ユージーンは、はにかんだ笑みを浮かべた。
慣れない労働による疲労感はあったが、身体を動かした心地良さの方が勝っていた。
坂を下りきると、木々に遮られて遠景が見えなくなった。
やがてユージーンとクロエは、踏み固められた三叉路に辿り着いた。
真っ直ぐ進めば、コルディナの集落に入る。
左側には、狭い空き地があった。
空き地の三方を囲むようにして、いくつかの建物が建っていた。
オルドの一家が住む母屋と、納屋、そして農作業者用の宿舎だ。
毎年農繁期には、別の里から来たエルフたちで宿舎が一杯になるというが、今はユージーンたち二人しかいない。
宿舎の一階は収穫したミカンの倉庫になっている。
「先に行ってろ」
オルドはそう言うと、台車を押して倉庫へと向かった。
クロエとユージーンは、空き地の奥まった場所にある納屋に、肩から提げていた籠を入れた。
その拍子に、飛翔棍を留めていたクロエのベルトがずれた。
分厚い上着の上にかけたベルトは、収まりが悪い。
彼女は上背を伸ばして、飛翔棍の位置を調節した。
結界を維持する魔力が残り少ないので、万が一を考えて武器を携帯するようにと言われていた。
ユージーンの武器は、いつでも取り出せるようにポケットに入れてある。
納屋は、山側にある母屋と、逆側にある宿舎の間に挟まるように建っていた。
引き戸は、完全には閉まっていない。
古くなった戸の角が歪んでいて、途中で引っ掛かり、それ以上は動かせなくなっているようだ。
中に、物干し用の長い竿が立てかけられているのが見えた。
「見て、クロエ」
ユージーンが空を指さした。
「太陽の騎士だ」
暮れかけた西の空に、星が一つ明るく輝いている。太陽を追いかけて沈むので、王国では『太陽の騎士』と呼ばれていた。
「綺麗ね……」
地平に向かう途中の細い月も、光を帯びて存在感を増しつつある。
クロエと一緒に美しい光景を眺めていたユージーンだったが、ふいに、悲鳴のような声を聞いたような気がした。
「何かしら」
クロエにも聞こえたようで、周囲を見回している。
二人はしばらく耳を澄ませていたが、声は一度きりだった。
倉庫の方では、オルドが荷を下ろしている音がしていた。
「……鳥の鳴き声を聞き違えたのかな」
「オルドが、足の上に何か落としたのかも」
二人は顔を見合わせて、小さく笑う。
盆地の冷たい風が一瞬強く吹き、クロエの黒髪を巻き上げた。
「さむっ」
「……行こうか」
二人は、食堂のある母屋へと向かった。
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