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二進法原初魔法  作者: lukecat
コルディナ編
183/207

プロローグ

 見上げるほど大きな草食竜が、荷車を牽きながら坂をゆっくりと登っていく。

 薄緑色の硬い皮膚を持つ草食竜シゲラには、角のような硬い突起が頭部に三本あった。

 頭部の三本の突起に繋がれた手綱は、御者台へ伸びている。


 手綱を握り、御者台に座っているのはエルフ族のラヴィだ。

 緑色の長い髪を三つ編みにして、背中に垂らしている。髪を伸ばしているのは、魔力は髪に宿るという古い迷信を信じているからだ。面長の顔は、緊張のあまり血の気がない。

 見開いた目で、彼は周囲を窺った。

 収穫物を近隣の拠点に運んだ帰りで、保冷された荷車には、拠点で手に入れた肉や酒、調味料、乳製品が積まれていた。


 高い位置にある御者台から草食竜越しに、果樹の連なりとコルディナの集落が見える。

 あと三十分ほどかかるだろうが、日が完全に暮れる前には着きそうだと目測して、ラヴィは安堵の息を吐いた。

 すぐ後ろの荷車には、拳大の龍紅玉が嵌め込まれている。

 保冷用魔法陣に魔力を供給し続けて、元々紅色だった龍紅玉は、ほとんど色を失って透明に近い。


 人型モンスターと呼ばれる怪物が地下深くから出現するようになって、龍紅玉の採掘は止まり、値上がりし続けている。

 魔力を充填すれば使えるが、普通のエルフには負担が大きい。

 このところの魔力不足問題を、ラヴィは腹立たしく思い返した。

 原因の一端は、エルフ族長老議会にある。


 怪物退治を理由に、魔力量の多い傍系エルフは、真っ先に長老議会の命により駆り出されてしまった。

 続いて、働き手の多くが長老議会の作った軍に召し上げられた。

 今は残ったエルフたちで魔力をやりくりして、灯りや水の確保、果樹園の結界を維持し続けている。


 荷車の魔法障壁も、魔力を節約するために停止させているので、大きな獣や怪物に不意打ちされたら咄嗟には身を守れない。

 ラヴィは不安でたまらなかった。

 長い耳を神経質に動かしながら、彼は警戒を続けた。


 夕焼けの残照が道を照らしていた。

 集落までの、土を固めてある道を見通したラヴィは、点々と、何かが落ちていることに気づいた。


 鳥の死骸だ。

 無造作に引き裂かれたものが散乱している。

 頭部だけのもの、翼の根元に千切れた肉が少しだけ残っているものもある。

 一つ二つなら、野生動物が食事をした痕跡だろうと気にも留めなかったはずだ。


 だが道だけではなく、左右にある木や茂みにも、何十もの翼や頭がばらばらに引っ掛かり、羽毛が飛び散っている。


 この数は異常だ。

 巨大な化け物がたくさんの鳥を食い散らかし、頭部や翼を千切って捨てたように見える。

 ラヴィは青ざめた。


「ネア!」

 身を乗り出し、滅多に使わない鞭を使った。

 尻を叩かれた草食竜ネアは、短い唸りを上げて、わずかに歩みを速めた。


 早く帰って皆に報せなければと、ラヴィは鞭を振るう。

 そのたびに草食竜は、少しだけ駆けては、すぐに元の速さに戻った。


 バサバサと、後方から何かが飛んでくるような音が聞こえた。

 恐ろしくて、何度も唾を飲み込んだ。

 ラヴィは、気のせいだと思い込もうとした。


 だが音は確かに迫ってきて、いくつも、重なって聞こえた。

 ギシギシ、バサバサと、風を切りながら追いついてくる。

 何かが一瞬、視界の隅を掠めた。

 大きくはないが、たくさんいる──


(鳥か? 蝙蝠か……?)


 人の声に似たものが、頭上から幾つも降ってきた。


「ダレだ?」

「ダレ?」

「誰ダ?」


 反射的に、ラヴィは背後を振り返った。

 人間の生首のようなものが幾つも、空中を飛んでいる。

 首の後ろで羽ばたいているのは、コウモリのような羽根だ。

 目の前の光景が信じられず、ラヴィは後ろを見たまま固まった。


(気持ち悪い……これが、鳥たちを食い散らかした犯人か?)


 ふいに、生首の一匹が群れを離れ、彼に向かってきた。


 大きく開かれた人間そっくりの口の中に、鋭い牙が見えた。

 ラヴィは咄嗟に、向かってきた生首を手にした鞭で打とうとした。

 鞭が空を切る。

 さっと引いた一匹の後ろから、他の生首が次々に迫ってくる。


 ラヴィは恐ろしさのあまり、無我夢中で鞭を振り回した。

 鞭をかいくぐった一匹が、彼の手にかじりつく。

 痛みのあまり、彼は悲鳴を上げた。

 その声に驚いたのか、あるいは怪物に気づいたのか、大きな草食竜が地響きを立てて走る速度を上げた。

 荷車は大きく上下左右に激しく揺れながら、エルフの里コルディナを目指した。











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