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二進法原初魔法  作者: lukecat
第三部:探索
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エピローグ:コルディナ

 カウザン第一拠点から荷車で一日ほど北上した先に、エルフの里、コルディナはあった。

 やや標高の高い盆地に、なだらかな丘が連なっている。

 日当たりの良い斜面に広がるのは、広い果樹園だ。

 冬の季節を迎え、今は収穫期のただ中だった。


 木に上って枝に足をかけ、身体を安定させたクロエは、実の一つを剪定バサミで枝から切り離す。

 そして、ヘタのそばで余分な枝を切り落とすと、肩から下げた籠に入れた。

 果実は日本の温州ミカンに似ている。

 彼女は手を伸ばし、同じ作業を、別の実にも繰り返した。


 頭上では時々、鳥の甲高い鳴き声が響いた。

 果樹園を覆っている結界に入れず、文句を言っているようにも聞こえた。

 侵入を許せば、収穫を待っている果実は嘴で突かれて商品価値を失うだろう。

 エルフたちは結界を保つために、持てる魔力を結界用の龍紅玉に常時充填していた。

 だが、里に住むエルフたちの魔力は低く、人数も少ないため、いざという時に結界が十分に機能する保証はない。

 そう言われて、クロエは武器を持参していた。

 背中に負ったままだと動きにくいので、いつでも飛び降りて構えられるように、木の根元に置いてある。

 ザイオンに譲ってもらった『闇より出でし暴虐の暗黒棍』改め、天穿つ飛翔棍。

 もっと良い武器に買い換えるつもりでいたが、手に馴染んだ今は手放せなくなった逸品である。


 隣の木ではユージーンが枝にまたがっていた。

 ここに到着したばかりの夜、ユージーンは体調を崩した。

 けれど次の日からは、もう大丈夫だと言い張ってこの仕事をしている。


 ユージーンの平気なふりは信用できない。

 大丈夫と言いながら、朝には死体で転がっているかもしれない──

 ザイオンが時を戻したために無かったことになったが、クロエは、死んだ兄を見つけたあの朝のことを忘れることができない。

 彼女は兄の様子を疑り深い目でチェックした。


 二人とも、少しダサいが分厚い服を着ている。

 日除け用に被いの付いた帽子も被っているので、見た目だけなら立派な農作業員だ。


 ユージーンは真剣な顔で、丁寧にミカンを一つずつ収穫している。

 その一生懸命な様子は、とても幸せそうに見えた。


 クロエは表情を緩ませた。

 自然豊かな緑が囲う清浄な空気に、ユージーンは癒やされているのかもしれない。

 クロエは実を一つハサミで切り離すと、柔らかい底部に指を差し入れて皮を剥いた。


 ジューシーな実を二口で食べ終わる。

 そんな大口を開けて食べるなんて、それでも元公爵令嬢なのか、と嘲笑う脳内ザイオンの声を無視し、皮を木の根元を狙って投げた。

 いくらでも食べていいことになっているが、今日はこれでせいぜい十個目だ。

 ミカンばかり二十も三十も食べられるわけがない。

 皮はそのまま木の下に落としていいらしい。

 腐った後は肥料になるのだろう。


 隣で、ユージーンが一瞬だけ手を止めて、西の空を眺めた。

 空は、夕焼けになりかけていた。

 あかね色の雲が神秘的に光って、神々しいほどだ。

 クロエは、音もなく変化していく空の色に目をやった。

 彼女の脳裏で、静かな旋律が流れ始める。

 二度と聴くことのできない前世の曲、『亡き王女のためのパヴァーヌ』だ。


 果樹園にはオレンジ色の光が差しているせいで、まるで燃えているように見える。

 見渡す限りの木々にはミカンが残っていた。

 当分ここでの収穫作業は終わりそうにない。


 コルディナでは冬に入ってから、働き手が激減していた。

 人型モンスター討伐という名目で、エルフ族の長老議会が兵に取ったせいだ。

 ユージーンとクロエは、その穴を埋めるための要員だった。


 空の色が深い藍色へと沈む頃、車輪の音が丘を登ってきた。

 収穫用の大きな台車を押しながら現れたエルフの男は、モンスターの毛皮で作った深紅の服を着て、同じ色のブーツを履いていた。

 彼は果樹園の管理人、オルドだ。

 やや厳つい顔つきをしていて、緑の髪を短く刈り込んでいるので、尖った耳が目立つ。


「いつまでやってる」

 オルドは怒った口調で言う。

「暗くなったら、さっさと帰って来いと言っただろうが」


 ユージーンは、そのキツい物言いに一瞬肩を揺らした。

「もう少しで、この区画が終わりそうなんです……」

 そう言って、木にまだ残っていたミカンを急いで収穫する。


「そんなことを言っていたらいつまで経っても終わんねぇ。また倒れるつもりか?」

 オルドは、収穫したミカンで一杯になった木箱を積んである場所へ行くと、台車に積み込み始めた。


 果樹園までの道程で、病み上がりのユージーンは荷車に酔った。

 御者役のエルフは防御用の結界を張っていたが、荷車の揺れまでは考慮しなかったのだ。

 食事を摂る元気もなく、到着した時のユージーンは、まともに歩ける状態ではなかった。

 こんな病人を寄こすとは、とオルドは送り届けてきたエルフに食ってかかった。

 このままだと、収穫前に実が腐って落ちてしまう。

 村の働き手を戻せ、とオルドは怒鳴りつけていたが、相手のエルフは『長老議会の意向ですので』と返すだけだった。


 仕方なくオルドはユージーンたちの部屋を用意し、以来ぶっきらぼうな態度を崩さない。

 だが、食事を用意し、ダサいが暖かい服を押しつけてきた彼は、ユージーンたちに敵意はなさそうだった。


「引き上げるぞ!」


 オルドに強く言われて、仕方なく木から下りたユージーンは、持っていた籠の中身を台車の上の木箱に入れる。

 多分ユージーンは、このままだと収穫前に実が腐って落ちてしまう、というオルドの言葉を気にしているのだろう。

 そんなことになれば、それは体力が無くて満足に働けなかった自分のせいだと、兄は考えるに違いない。


 丘の上に広がる果樹園をクロエは見渡す。

(早くマクシミリアンのところに帰りたい。けれど──)

 無邪気な笑みを浮かべる彼を思い浮かべ、クロエは寂しくて仕方がなくなる。

(このままユージーンを置いて、ひとりで帰るわけにはいかないの。ごめんね……)


 クロエは木から下りると、飛翔棍を拾った。

 そして兄と同じように、収穫したミカンを籠から木箱に移した。

 オルドは手際良く、全ての木箱をヒモで台車に固定していく。


「早く帰らないと、メシが冷める」

 台車を押して歩き始めたオルドの後を、ユージーンとクロエがついていく。

 車輪が時々派手な音を立てて、小石を跳ね飛ばした。


 クロエを見て、ユージーンはほんの少し悲しそうに、微笑んだ。


 オルドの、冷たそうに見えて親切なところ、ザイオンに少し似てるよね──ユージーンの表情から、そんな気持ちが読み取れた。


 クロエもまた、切ない笑みを返した。










これにて第三部終了です。

⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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