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二進法原初魔法  作者: lukecat
第三部:探索
181/207

3-42:帰還(2)







 家に帰れば、すぐ日常に戻ることができるとザイオンは思っていた。

 いつも通りの、馬鹿馬鹿しい会話。

 整理整頓された厨房に、家族の座る食卓。


 だが家で彼を出迎えたのは、整列したエルフたちだった。

 作業場に出入りする顔見知りのエルフもいるが、大半は見知らぬ女性エルフだ。

 彼女たちは鮮やかな色のローブを纏い、恭しく頭を垂れ、居間に並んでいる。

 二十人はいるだろうか。


「何だ……?」

 立ち止まったザイオンの前に進み出た男は、傍系のセレディオスと名乗った紫のローブを着たエルフだ。

「お帰りなさいませ、ザイオン様」


 丁寧だが、おもねる口調だ。

 ザイオンは不快感を滲ませた。

「お前たちは、人の家で何をやってる?」


「今後、この者たちがザイオン様にお仕えします」

 まるで褒美でも期待しているかのような表情で、セレディオスはザイオンを窺い見る。

「なんでもお申し付けください」


「は?」

 ますます不機嫌になるザイオンに、セレディオスは更に言葉を重ねる。

「皆、ザイオン様のどんなご要望も叶えようと誠心誠意尽くすことでしょう」


「そうか? じゃあ全員今すぐ出て行ってもらおう」

 ザイオンは、セレディオスの思わせぶりな口ぶりを無視した。

「えっ……」

 セレディオスは焦った表情になる。

「どんな要望もって言ったよな?」

「いえ。そういうことではなく……」


「アンドレア!」

 ルファンジアが、奥まった場所にある厨房に身を隠している息子を見つけて、呼びつけた。

「どういうことなの?」


「ルファンジア」

 セレディオスがグイと上半身を伸ばした。

「残念だが、お前と息子は今日限りで側役の役職を解かれる。これはエルフ族長老議会の意向だ」


 何がどうなっているのか。

 どんな要望も叶えると言いながら、出て行けという単純な求めにも応じようとはしないエルフ族の面々をザイオンは睨み付けた。

 皆顔を上げようとはせず、俯いたままそっと辺りを窺い、不安そうにしているだけだ。


 アメリアは作戦用のテーブルが見当たらないことに気づいたようで、ザイオンの隣で小さく溜め息をついた。


「クロエ!」

 マクシミリアンが三階から下りてきた。

 クロエに黒剣リタヌルを見せるのだと言って、輸送機を降りた途端に自室へと戻ったはずだ。

 吹き抜けになっている階段を二階に下りてきながら、マクシミリアンは大声で呼んだ。

「クロエ? どこ?!」


 何度呼んでも、返事がない。

 外出しているのかもしれないが……ザイオンは嫌な予感に囚われ始める。

 マクシミリアンは、二階廊下の先に姿を消した。クロエを探して、ユージーンの部屋を見にいったのだろう。


「誠に、面目もございません」

 おずおずと厨房から出てきたアンドレアは、ションボリした様子で母親の前に跪いた。

「私一人では、長老議会の横暴を止めることができず……」


「横暴だと?」

 セレディオスの、それまでの丁寧な物言いが急に変化する。

「馬鹿を言うな。ルファンジアも推進していた、長老議会の方針だ」

「それは……」

 ルファンジアが動揺した声を出す。

「こちらに住む前の話です」


「ザイオン!」

 マクシミリアンが二階から、殆ど飛び降りるような勢いで居間に下りてきた。

「ユージーンの荷物がない!」


 一瞬意味がわからずに、ザイオンは泣きそうな顔をしているマクシミリアンを見返した。

 ユージーンが戻っていないだけなら、まだ治療院かとも思えた。

 だが、荷物がないとはどういうことだ。


「ユージーンの服も、置いていた弾薬の箱も全部ない。クロエもいない。どこにもいない!」

 マクシミリアンの説明を聞いたセレディオスが、底意地の悪い笑みを浮かべた。それはほんの一瞬だったが、ザイオンは目の端にその様子を捉えた。

 すぐに笑みを消して、セレディオスは恭しく頭を下げた。


「あの方は出て行かれました。他に仕事が見つかったそうです。妹さんも、一緒に働くことにしたと聞いています」


「仕事だと……?」

 ザイオンは、セレディオスを睨み付けた。

「ここにも仕事はあったはずだが?」


「その仕事は我々エルフ族で引き受けることになったと説明したところ、奇遇にも他に職が見つかったとのことで──」

 セレディオスは、いかにも気の毒そうな口ぶりになる。

 だが、さっき見た笑みが本性なのだろうとザイオンは思う。

「これ以上ザイオン様のご厄介になるのは申し訳ないと、出て行かれたのです。大変謙虚な方です。かかった費用も、後でお返しくださるそうです」


 ここで仕事をする必要はないと聞かされれば、ユージーンならそうするだろう。

 煮えくり返るような怒りを、ザイオンは持て余した。

 奇遇にも、とこの男は言ったが、病み上がりのユージーンにそう都合良く仕事が見つかるはずがない。他の職を与えて追い出したのは、この男に違いなかった。


「どうしてお前が、この家のことを勝手に取り仕切っているんだ? そんなことを、俺が頼んだか?」

 ザイオンの言葉に、セレディオスは驚いたような表情を浮かべる。

「それは──エルフ族長老議会の正式決定です。私は傍系のルファンジアの後任に着任した、傍系のセレディオスです。今後は私に全てお任せしていただき──」


 ザイオンは叫んだ。

「ルファンジア!」


「……はい」

 ルファンジアは跪いて、頭を下げる。

「ここに住む前に推進していた長老議会の方針というのは、何だ?」


 一瞬、ルファンジアは躊躇ってから答えた。

「端的に言うと、王国人の排除です」

 あら、と小さく呟いたのは、アメリアだ。

 ルファンジアは言い訳をせず、黙って頭を下げたままだった。


 セレディオスが、ザイオンの足元に駆け寄ってきて膝を突いた。

 その演技じみた仕草に、ザイオンは嫌悪感を覚える。

「ザイオン様。これも我らエルフ族のためです。王国人はシャルシャ姫を奴隷とし、責め殺したというではありませんか! 我々エルフ族は総力を挙げて王国に攻め込み、姫の無念を晴らすつもりです。その目的のためには、身辺に王国人を置くべきではありません」


 母の名前を出されたことで、ザイオンの怒りは倍増した。

「それで、クロエとユージーンを排除したのか」

 ザイオンはギリギリと奥歯を噛み締めた。

 怒鳴り出したいのを堪えるためだ。


「排除ではなく、穏便に身を引いていただいたのです。これは長老議会の判断に基づくものですので、どうか容赦ください」

 セレディオスは、どうにかザイオンを丸め込もうと必死になっている。

 エルフ族の長老議会が何なのか、ザイオンは知らなかった。

 だが、ルファンジアを傍に置いていたことで誤解が生まれたようだ。

 このエルフの男は、ザイオンが議会の決定に従ってルファンジアを傍に置いたのだと勘違いしているらしい。


「長老議会なんか知ったことか!」

 ザイオンは拳を固めては、開いた。

 まどろっこしい会話を飛ばして、さっさと追い出してしまいたい。


「自分の配下にいるエルフたちを引き連れてきて、この家を占拠して、母さんの名前を利用し、俺を便利に使うつもりなんだな?」

 権力に無関心だったザイオンも、理解し始めていた。

 強力な魔法を使える直系の力を取り込みたいと望む者は、今後も後を絶たないだろう。


「そのように誤解させてしまって、申し訳ありません」

 セレディオスの演技は完璧だった。その声の調子は、誠実な男が疑いを持たれて、焦っているように聞こえた。

「利用するつもりも、占拠するつもりはありません。人数が多すぎて誤解を招いたようです。すぐに半数は退去させます。どうかそれでお許しください」


「家主の家族を追い出しておいて……まだ半数も居座るつもりなのか」

 怒りを抑えるために、ザイオンは浅く呼吸を繰り返した。

 どうしてやろうかと、数種類の残虐な仕打ちを心の中で考えた。

 だがその前に、クロエたちの居場所を吐かせなくては。

 ザイオンは拳を固めたまま尋ねる。

「それで? クロエとユージーンはどこにいる?」


「私にはわかりかねます……」

 と言いかけたセレディオスを、ザイオンは殴りつけていた。

 衝動的な行動で、思ったほど体重が拳に乗らなかったので、大した怪我にはならないだろうが。


 床に蹲って、顎を押さえているセレディオスの傍に、マクシミリアンがしゃがみ込んだ。

「クロエとユージーンを隠したのは、お前?」

 髪を引っ張って、セレディオスの顔を上げさせたマクシミリアンは、ナイフの刃先を目のすぐ近くに突きつけた。


「違います」

 ナイフの刃を見つめながら、泣くような声でセレディオスは言った。

「本当です。仕事を見つけて出ていったと報告を受けただけで、私は何も知らないのです。荷車が荷物を受け取りに来たので、渡したと聞いています」


「ふーん」

 マクシミリアンはナイフを少し引いて、指先で弄びながら考えている。

 その視線が、アメリアに向けられた。

「どう思う?」


「もういい。本当に知らないんなら用はない。出て行け」

 ザイオンは、静かにそう告げた。

 ……つもりだったが、途中から怒鳴るのを止められなくなった。

「お前も、お前が連れてきた連中も! エルフは全員だ! ユージーンたちが戻るまで、俺の家には誰一人入れない!」


 ザイオンは、傍らにいるエルフの親子を振り返った。

「ルファンジア!」

「……はい」

 胸に手を当て、ルファンジアは小さく頷いた。

「お前たちもだ!」


 今ここで彼女だけを残せば、付け入る隙があるという印象をセレディオスのような者に与えることになる。

 そのことを、多分ルファンジアは理解しているのだろう。

「申し訳ありませんでした」

 悲しげにそう謝罪した彼女は立ち上がり、アンドレアに付き添われながら、玄関へと向かった。


「まだいたのか!」

 ザイオンは、顎を押さえて蹲っているセレディオスを振り返って、足で蹴った。

「ザイオン様!」

 セレディオスが丸まって床に頭を擦りつけ、言葉を重ねようとする。

「どうか、まずはお怒りを鎮めてください。エルフ族長老議会は、ザイオン様の味方です。どうか議会の決定を尊重いただくよう──」


「しつこい!」

 ザイオンは、思わず手を翳した。

「今すぐ消えないのなら、俺が消してやる!」


「ザイオン?」

 アメリアが彼の腕にそっと手を触れて、引き寄せた。

 その一瞬、ザイオンの怒りが、ふっと途切れた。


 アメリアがセレディオスに微笑みかける。

「ザイオンは、消去魔法で名前を指定して消せるのよね。クロエたちの居場所を知っていそうな人を教えてくれたら、ザイオンもそこまではしないと思うんだけれど」


 セレディオスはぱっと立ち上がり、アメリアに人差し指を突きつけた。

「王国人め! 長老議会はお前なんぞ認めない! 次代のためにも、ザイオン様の(つがい)はエルフ族から選ばれるべきなんだ!」


「……(つがい)だと?!」

 ザイオンは再び拳を振り上げようとしたが、アメリアが押しとどめた。


(次代とは、子どものことか。こいつは……この連中は俺を、直系の子どもを産むための種馬か何かだと考えているのか?)

 居座り続けるエルフたちを、ザイオンは怒りの籠もった目で睨み付ける。


 アメリアは取りなすような笑みを浮かべた。

「消去魔法って珍しいものらしいわね。昨日、壁を消去した時は範囲指定だったの? 生き物の場合はどうなるかしら? 上半身だけ、下半身だけになっても生きられると思う?」


「百足ならしばらくは生きているだろう」

 ザイオンは冷笑する。

「だが、左半身、右半身だけならどうかな? 試してみようか。この連中は、俺のどんな要望も叶えてくれるらしいから」


 エルフたちはやっと顔を上げて、ザイオンとアメリアを窺い見た。そして、急に恐怖を感じた様子で慌てて後退り、二人を避けるようにして玄関の方へ逃げ始めた。

「待て! 待ちなさい!」

 セレディオスの声に足を止める者はいない。


 彼はやや青ざめた様子で、ザイオンを振り返った。

「冗談がわからない者たちで、申し訳ございません……後日出直して参ります」


「二度と来るな!」

 そうザイオンは返したが、セレディオスは胸に手を当てて挨拶すると、急いで他のエルフたちを追って行った。


「……マクシー?」

 気づけば、マクシミリアンの姿がない。

 エルフたちが去って行った後に残されたのは、ザイオンとアメリアだけだ。


「王子はクロエたちを探しに行ったわ。保安官事務所なら、何か分かるかもしれないから訊いてきてって、私が言ったの。荷車なら拠点の門を通っただろうし、立ち番をしているのは彼らでしょう?」

 アメリアは、ザイオンが感情にまかせて怒鳴っている間に、理性的な対応をしてくれていたらしい。


「大丈夫、きっとみんな戻ってくるから」

 ザイオンの顔を見て、少し驚いたように、アメリアは続けた。

「……泣かないで?」


「泣いてない!」

 ザイオンは視線を逸らし、居間の続きにある、食卓を見た。

 誰も座っていない椅子の位置が、大きく乱れている。

 エルフたちが動かしたらしい。

 掃除も十分とは言えない。

 床に、砂や食べかすが落ちている。

 今日はそこで夕食を食べて、廃拠点で倒した化け物の話や、エルフの里の話をするはずだった。

 エリクシャナにもらったコーン茶を、ルファンジアに淹れてもらって……


「何が悪かったんだ……?」


 大したことは望んでいない。

 権力も、金も、ここで生きていくために不自由がない程度のものがあればいい。

 朝起きて、食卓に集まって、今日の予定を話しながら朝食を食べる。

 帰ってきて、今日のできごとや、困ったことを相談する。


 そんな日常を送るために、食事の用意も後片付けも、掃除も、なんだってこなしてきた。

 それなのに、どうして誰もいなくなってしまうんだ──


「ザイオン」

 アメリアが腕を広げて、ザイオンを包み込んだ。

 そして、優しく背中を叩きながら言う。

「大丈夫。みんな戻ってくるから。……でも、戻り方がわからないかもしれない。探しに行きましょう?」


「……ああ」

 ザイオンは、少しずつ感情がおさまっていくのを感じた。

 子どものように駄々をこねても、何も解決しない。

 アメリアを抱き返して、彼女の肩に顔を埋めながら、ザイオンは考えていた。

 彼女だけは、傍に残ってくれた。


(……これは、アメリアが俺のことを好きだと、考えてもいいのか? 好きでもない男に、こういう慰め方はしないよな?)


「追跡魔法って、どれぐらいの範囲に有効なの?」

 アメリアに尋ねられて、ザイオンは思い出す。

 ユージーンが海の民に攫われた時、ブレスレットを奪われたせいで追跡魔法は役に立たなかった。それでザイオンは、対策を講じていた。

 ユージーン、クロエ、マクシミリアンの首の後ろには、エルフ語で彼らの名前を刻んである。

 色無しの入れ墨のようなものだ。

 それ自体では魔法は起動しないが、追跡魔法で、刻まれた名前のある方向がわかる。

 範囲は、追跡魔法に費やす魔力次第だ。


「どれぐらいかというと……実は、限界を試したことがないんだ」

 ザイオンはようやく顔を上げた。


「じゃあ、今試してみましょう」

 アメリアに促され、ザイオンはようやく彼女から両腕を解いたのだった。










次回、エピローグで第三部は終了です。

⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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