3-41:帰還(1)
アメリアは水を出す魔法こそ無難にこなしたが、火加減だけはどうにもならなかった。
食材の表面だけはこんがり焼けているのに、中はまだ生のままだ。
「普通、火が通りやすいように切ってから焼くだろう?」
厨房に呼ばれたザイオンは、鳥肉を刻んで調理し直した。
「だって私、公爵令嬢だから。料理なんてしたことないもの」
などとアメリアは開き直っていた。
さっきは公爵令嬢と言われて怒っていたくせに。
「都合のいい奴だな」
食材の保存庫で見つけた香草やニンニクを刻み、塩と一緒に鳥肉へまぶしていく。
野生の鳥肉は筋肉質で臭みが出やすいから、焼くなら香草やニンニクは必須だ。
ザイオンは厨房にあった魔導調理器に魔力を充填し、その上に鍋をかけた。
「こういうのはわざわざ魔法を詠唱しなくても、定型魔法を焼き付けられた魔導具の方が調理しやすいんだ」
少し置いて塩の馴染んだ肉を、鍋に塗り広げた油脂の中に落とす。
じゅう、と音が立ち、香ばしい匂いが食堂へ広がった。
「さすがザイオン」
マクシミリアンは嬉しそうだ。
アメリアは複雑な感情を顔に浮かべている。
「才能の使いどころがお料理だなんて」
と、ぽつりと漏らした。
「どういう意味だ?」
ザイオンは、やや尖った口調で聞き返す。
「貴方の万能さは、今日みたいな戦いの場でこそ発揮できるのに、なんて思ったの」
アメリアは曖昧な笑みを浮かべた。
「単なる私の我が儘よ。聞き流して」
「万能かどうかは知らないが、どんな人間も毎日メシは食うだろう?」
トングで肉の位置を変えながら、ザイオンは言った。
「料理はできないより、できた方がいい」
彼はトングを、アメリアに差し出す。
不思議そうな顔をして、アメリアはトングを受け取った。
「後は頑張れ」
「えっ」
アメリアが驚いた声を上げた。
「私が?!」
「両面とも数分程度焼いて、色が変わったら食べ頃だ」
「じゃあ僕は、お皿を出しておくね」
マクシミリアンが食器棚を漁り始める。
ザイオンは食堂に置きっぱなしだった食器を回収して、厨房奥の水場で洗い始めた。
アメリアは、油のはねる鍋の中に、恐る恐るトングを差し入れている。
(……今日も帰るのは無理だな)
わかっていたことだが。
厳選した食器に、好みの調味料を集めた棚、低温に保たれた魔導収納庫、使い慣れた調理用具のある我が家の厨房が、恋しい。
大勢が出入りするようになった作業場も心配だ。
害虫が入り込んで、繁殖していたりはしないだろうか。
手洗い場にかけてあるタオルが交換されているかも確認しなくては。
ユージーンも、そろそろ帰ってくるはずだ。
医療費はアンドレアに渡してあるが、どうにも頼りない。
食材の補給はされているのか?
(明日は早く起きて、何があっても絶対に家に帰るぞ──)
***
そう思っていたのに、翌朝のうちに発つどころか、エルフの里を出たのは昼食を終えてからだった。
鍵のことを聞いたエリクシャナが体調を崩し、ルファンジアが彼女のそばをなかなか離れられなかったのだ。
ザイオンは、エリクシャナの庵に置いてあった小さなベッドのことを思い出した。
彼女はあのベッドのそばに佇み、帰って来ない娘を想って毎日を過ごしている。
娘を奪った者がつい最近まで近くをうろついていて、拘束具の鍵をわざと目と鼻の先に置いていたと聞いて、平静でいられるわけがない。
宿舎で待つザイオンたちの元へ戻ってきたルファンジアは、泣きはらした目をしていた。
「お見送りすることができず、残念がっておられました」
ルファンジアはザイオンにそう告げた。
それからようやく彼らは、葡萄ジュース輸送機に搭乗してエルフの里ヴィニシエルを飛び立った。
これほどまでに想ってくれていた家族がここにいたことを、母は知っていたのだろうか──
小さな離宮に閉じ込められたままだった母シャルシャの人生を、ザイオンは考える。
ごくたまに、緑の髪の人について話していたような気がする。
それが誰かのことだったのかは、よくわからない。
詳しく話せるほど覚えていなかったようだ。
覚えていることが奇跡だと思えるほど、小さな頃に引き離されたのだから。
往路は廃拠点に寄りながらだったのでほぼ一日かかったが、復路はカウザン第一拠点をまっすぐに目指したため、往路ほど時間はかからなかった。
体感では、せいぜい二、三時間ほどだろう。
その間マクシミリアンは、ずっと報告書を書いていた。
横に立ち、付きっきりで訂正を入れているのはアメリアだ。
いっそアメリアが代筆すればいいのに、とザイオンは思う。
ヨアン保安官もその方が助かるだろう。
「ザイオンの出した水がとても冷たかったです、と。冬なので」
「そこはね、報告から省いてもいいのよ。ヨアン保安官が知りたいのは、王子の感想じゃないんだから」
「でも、事実を客観的に、ありのままに書けと言われているんだ」
マクシミリアンは、キリッとした顔で言う。
『判断は私がする』
「って言ってた」
どうやらヨアン保安官の真似らしい。
ザイオンは、次第に短くなっていく鉛筆を眺める。
あれはもう、使えないだろうな──
いつの間にか眠り込んで、気づいたら、カウザン第一拠点に降下するところだった。
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