3-40:エルフの里(14)
アメリアの話を、どう解釈してよいのかがわからなかった。
そもそもザイオンは、エルフの歴史や古代王家の成り立ちをよく知らない。
「昔、エルフ族とダークエルフたちの戦いがあったことは聞いてる?」
そう尋ねられて思い出したのは、いつだったかエルフの女が家に来て、『ヤミヒカ』だの『ヒロインを降りる』だのと騒ぎ立てた時のことだ。
『シリーズ一作目黎明編はね、禁断の魔術で様々な人体実験、動物実験により、獣人、竜人、使役魔獣を作りだしたダークエルフ族が、最後には邪悪な性質を持つ魔族を造りだそうとするんだけれど、エルフ族の王子である主人公がその野望を阻止して』
想像力豊かな女の妄言だと思っていたが、まさかあれは本当のことだったのか……?
「聞いたことはある……」
そういえばルファンジアが魔族の話をしていた。
魔族──悪魔族は実在していて、その長が魔王だと。
「昔、王家に双子の王子が生まれて、王家の血統が2つに分かれたのよ。その片方が貴方の祖先に繋がる系譜。もう片方が、権力闘争に敗れて表舞台から去った王子で、ダークエルフの始祖になったの」
アメリアは、右人差し指を唇に当てた。
「これは、世間には秘密にされていることだから、ここだけの話ね」
それはそうだろう。
獣人、竜人を人為的に作り出したダークエルフが、エルフ族から枝分かれした一族だと知れたら、エルフ族は面目を失う。
「敵の罠が空間転送なのは、王家の血筋で、空間魔法が使えるからなのか」
ザイオンは、気づいた。
「それなら、ルート魔法も使えるということか?」
アメリアは、しばらく考えていた。
細い眉を、少し寄せている。
「……それはないと思う。元々ルート魔法なんて呼ばれる魔法は、このゲームにはなかったから。ステータス表示やリセット、ロード・セーブも、本来は魔法じゃないの。遊技者が行う、システム上の操作なのよ。物語上、時を戻す能力だけが特別な魔法として『主人公』に与えられていたけれど……」
アメリアは、眉根に寄った皺を指でほぐすような仕草をしてから付け加えた。
「そこから拡大解釈されて『主人公』に管理者権限が与えられ、ルート魔法が生まれた。そう考えていいと思う。だから、ダークエルフたちが古代王家の血統であろうと、『主人公』と同等の管理者権限を得られるとは思えない」
主人公。
エルフの女も、ザイオンをそう呼んだ。
それは元の『物語』での役割名だ。
この世界は『物語』から逸脱し、今のザイオンは好きに生きている。
「けれどそれなら、俺の権限で書かれた魔法の書き換えが可能だったのはなぜだ? 今後も同じことが起こるとしたら、魔法砲弾は危なくて使えないぞ?」
「……可能性として考えられることが一つあるのよ。もしかしたら『権限の昇格』かも」
アメリアは、早口になりながら一気に説明した。
「システムには、一時的に管理者権限を取得できる仕組みが組み込まれていることが多いの。この世界のシステムにもおそらく組み込まれているわ。それを実現する高位魔法がもし存在しているのなら、エルフ族王家の血筋であればその魔法が使えるのではないかしら。状況から考えて、ごく短時間の権限昇格だとは思うけれど。あの黒い人型モンスターは、そうした血の権能を受け継ぐ者……禁断の魔術師の息子、あるいはその直系だったのね」
(あの黒い線が、息子……?)
ザイオンの戸惑いには気づかず、アメリアはジュースを指先に付けて、机の上に書いた。
§ システム.管理者権限で実行 §
「……普通ならこの後に、システムからパスワードを求められるわね。つまり、昇格許可の認証が要るのよ。この世界の魔法体系で言えば血統が鍵になる。管理者承認の証になる媒介として、一定以上の密度を持つ生体情報が有効だとすれば、たとえば」
そこで、アメリアの言葉が止まった。
その視線が、ザイオンの服に落ちる。
「貴方の血とか……」
ザイオンの革ジャケットは黒くてわかりにくかったが、左袖の部分が血で汚れていた。
「怪我をしたの?!」
アメリアの声に、ほんの少し、慌てたような調子が滲む。
それが、ザイオンには心地良く響いた。
「ああ。リセット魔法で回復したから、すっかり忘れていたな」
「左腕?」
「左腕と、足だ。食いちぎられて……痛かった」
最後の言葉は、ただの感想だ。
どうしてそんな余分なことを付け加えたのか。心配してくれと言っているみたいで、ザイオンは後悔した。
「血の付いた服の切れ端を拾われたか、攻撃を避けた拍子にこびり付いた血を掠め取られたか」
アメリアが検討し始める。
痛かった、という部分には特に反応を見せない彼女にザイオンはほっとする。
――いや、少しくらい気にしてくれてもよかっただろう、とも思ったが。
「流血場所から回収された可能性も捨てきれない。あの戦闘用亜空間は消えてしまったから、もう誰の手にも入る心配はないけれど」
アメリアは席を立って、マクシミリアンの座っていた椅子を退けると、ザイオンの傍に屈み込んだ。
そして、ズボンの太もも辺りに顔を寄せて調べ始めた。
「おい……」
ザイオンは驚いて、椅子ごと後退ろうとする。
アメリアが両手で彼の足を押さえ込んだ。
「破れているわ。血に染まっていたはずの服の切れ端が、一部無いわね。きっと、戦闘中に奪われたのよ」
これでわかった、と言いたげに頷いているアメリア。
「今後は怪我をした時は気を付けてね。誰にも血を盗まれないように。権限の承認に利用されたら、人命に関わるわ。権能を受け継いだ魔術師の子孫がまだ隠れているかわからないもの」
「あんな、虫みたいな子孫がまだ残っているっていうのか?!」
どれだけ節操なく子どもを作ったのか。
虫と子作り……?
想像したザイオンは気分が悪くなってきたが、アメリアは平気な顔をしている。
「そうよ。それに、承認に使えるのは血だけじゃないわね。女性と関係する時には注意して。精液も血と同じだから。──念のために言っておくけれど、相手が男性の時でも、一人の時でもよ。管理は徹底して」
「はあ?」
彼女が口にしたとんでもない内容に、ザイオンは狼狽えた。
「お前……お前は、公爵令嬢だろう? どうしてそんなことを、平然と……」
「またそれなの?」
アメリアは、軽蔑する口調になる。
「ここは身分制のない自由の国でしょう? いちいち公爵令嬢って呼ぶの、やめて欲しいわ」
厨房から、マクシミリアンが出て来て、二人を見た。
「お水が出ません──あれ? 仲良し?」
「違うわ!」
アメリアは即座に否定して、立ち上がった。
「ズボンが破れてるから、見てただけ」
否定の仕方が、少し強すぎるのではないか。
そんなに俺が嫌いなのかと、いつか彼女に訊いたことがあった。
あの時、彼女は何と答えたっけ。
再会した時アメリアは、冗談めかして答えた。
『あら。ばれてる』
あの時は、それでも仕方がないと思っていた。
けれど彼女は、ザイオンが不利な状況に陥るたびに心配そうな様子を見せた。
本気で嫌っているのなら、そんな素振りなど見せないはずだ──と思うのは願望だろうか。
「水を出す魔法、私にやらせて? 今練習中なの」
「うん、いいよ」
マクシミリアンが、アメリアと一緒に厨房に戻る。
「あとね、捌いた肉を火で炙りたいんだけれど」
「火の魔法も練習してるから、任せて」
アメリアを見送りながらザイオンは、モヤモヤした気持ちを抱いていた。苛々に似ていたが、その矛先が自分なのか、アメリアなのかが、自分でもよくわからなかった。
[設定メモ]
※SUDO:管理者権限でコマンドを実行 (一時的な権限昇格)
※王家の血統(DNA)はSUDOを行える名簿sudoersに記述されている
※SUDOで要求されるパスワードの代わりに使われたのが管理者ザイオンの血(DNA)
※省略された説明「血液や精液が危険なのは、体外に出てもしばらくは生きた細胞として機能しているから。髪や爪は死んだ細胞だから、認証の鍵としては精度が低すぎて使えない。量が少なすぎても同じ。認証を通すには、一定以上の生体情報の密度が要る」
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