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二進法原初魔法  作者: lukecat
第三部:探索
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3-35:エルフの里(9)

「ザイオン!」

 満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきたのは、マクシミリアンだった。

 黒剣リタヌルを担いでいる。

「久しぶり!」


「は?!」

 ザイオンは咄嗟に避けて、魔法書を構えた。

「俺に近付くな! それは化け物の血か?」

「そう」

 マクシミリアンの手には血がついていた。

 彼は黒剣リタヌルを地面に突き立てた。

 中途半端に地面を抉った剣は、自重でゆっくりと傾き、壁際に倒れた。

「あいつら弱くてさ、逃げ回ってばかりだから大して仕留められなかった」

 どうやらあの化け物を、剣ではなく手で引き寄せて千切ったらしい。


 灯りも持たず、暗闇の中よく戦えたものだと、ザイオンは感心する。

 空気の動きや音を頼りに戦ったのだろう。

 もはや野生動物並だ。


「王子? ちょっと引っ張ってくれる?」

 アメリアの腕がヒラヒラと踊った。


 マクシミリアンは、不思議そうに壁の隙間から生えた腕を見た。

 それからザイオンを見て、もう一度腕を見た。


「アメリア? 何してるの?」

「挟まって動けないのよ!」

「それで助けてって言ってたのか」


 マクシミリアンがここに辿り着いたのは、アメリアの声を聞きつけたかららしい。

 アメリアの手を掴んで、マクシミリアンが引っ張り始めた。

「そっとね。もう少し、そっと……」

 洞窟の壁と壁の間にある細い窪みにはまり込んだアメリアは、なかなか抜けなかった。

 パラパラと、小石の落ちる音がする。

 それはアメリアが挟まった壁だけではなく、他の方向からも聞こえてきた。


「なんだか、崩れそう……?」

 アメリアが不安げに呟いた。

「さっきから、あちこちでガラガラいってる」

 マクシミリアンがそれまで以上に力を込める。

「早く……いえ、ちょっと待って! 駄目だわ、つっかえてる!」

 アメリアは壁に摺り下ろされかけて、マクシミリアンの手を振りほどいた。


「よくこんな場所を見つけたな」

 ザイオンはアメリアのいる壁に近づく。

 この狭い隙間に潜り込めたおかげで、彼女はあの化け物の襲撃を凌いだのだ。

 ザイオンは魔力を充填し直したブレスレットをアメリアに差し出した。


「ここは、よく知っているマップ……ゲームの舞台だったの」

 アメリアは、ブレスレットを受け取りながら説明した。

「あの化け物は魔力を欲しがっていたようだから、ブレスレットを投げて囮にして、ここに逃げ込んだけれど──入れたのに出られないなんて!」


「太ったんじゃないのか」

 せせら笑う口調で、ザイオンはそう言った──なぜ、人の神経を逆なでするようなことを口にしてしまうのか。自分でもよくわからない。

 貴方のそういうところが嫌いなのよ、と言って去って行った女たちの顔がちらついた。


 アメリアの表情は、壁に挟まれているためはっきりとは見えない。

 だが、押し黙っているということは、呆れているに違いない。


「早く出た方がいいよ……ガラガラドコドコ言ってる」

 マクシミリアンがキョロキョロしながら呟いた。


「わかってるけれど、出られないのよ」

 アメリアは壁に手を突っ張って、なんとか身体を動かそうとしている。

「お胸が……」

 言いかけたマクシミリアンを、ザイオンが小突いて黙らせた。


「ご無事ですか、アメリア様!」

 ザイオンの開けた穴から飛び出してきたのは、ルファンジアだ。

「ザイオン様、マクシミリアン様も! ここで出会えて良かったです!」


 初めにアメリアの無事を確かめたのはおそらく、彼女が魔導通信具でルファンジアに助けを求めたからだろう。


「早くお逃げください! 洞窟のあちこちに穴があき、支える力が弱くなっているようで、崩れかかっています!」


「音が大きくなってる」

 マクシミリアンが、血で汚れた黒剣を再び担ぎ上げた。

 確かに、低い地響きが聞こえる。


「ルファンジア!」

 アメリアが手を振る。

「出られないの!」


(……あちこちに穴が?)

 ザイオンは気づいた。

(俺か?!)


 急いでアメリアを助け出し、ここから移動した方が良さそうだ。

 ザイオンは壁に手を翳した。

 

『 § ¶消去{対象:この洞窟の壁; 範囲:0.5;} § 』


 手を突っ張っていた壁が突然消えたので、アメリアは体勢を崩した。

 駆け付けたルファンジアが彼女を支える。


「……助かったわ。一言欲しかったところだけれど」

 アメリアはやや咎める口調で言った。

「とにかく、ありがとう」


 重い物が崩れ落ちるような重量感のある音が、洞窟の奥から断続的に聞こえてきた。

 同時に、雷のような、一際甲高い音が響いた。


「走れ!」


 ザイオンが叫んだ。

 それを合図に全員が、光の差してくる方へ走り出した。

 洞窟から出たところは、縦穴になっていた。

 天然の広場は平らではなく、やや傾斜している。

 仰ぎ見ると、ずっと高いところに丸く切り取られた空があった。


 背後から、凄まじい音が追ってきた。

 広場を駆け抜けて、縦穴の壁まで行き着いてから、ザイオンたちは振り返った。

 洞窟の入り口から縦穴へ、土砂が押し出されてきた。

 土埃が白い煙のように舞っている。

 光の中で、細かい砂塵がキラキラと輝いて、縦穴の中を満たした。


 耳が圧迫されるような感覚があり、音が少し籠もって聞こえる。


「中にいたら死んでたね」

 すぐ近くにいるマクシミリアンの声が、遠くからのように響いた。


「ほんと。危ないところだったわ」

 アメリアは縦穴の岩壁を調べている。

 ザイオンは髪や服が土埃で真っ白に汚れていることに気づいて、できるだけはたき落とした。


「あった」

 アメリアは弾んだ声を上げた。

 岩壁沿いに、材木が何本も埋め込まれている。

 それを足がかりに、彼女は縦穴を上り始めた。

 材木は僅かな段差をつけて螺旋状に取り付けられており、簡易的な階段になっていた。


「どこへ行くんだ?」

 階段といっても、手すりがあるわけでもない。

 上を見ると、縦穴の中にはまだ土埃が舞っていて、霞んでいる。


「上よ」

 アメリアが振り返らずに、当たり前の答えを口にした。

「ここから山頂に行けると思う……多分」


 彼女のすぐあとに上り始めたマクシミリアンは、楽しそうだ。

「昔、悪い奴らに捕まった時もこうやって地下室から脱出したね、アメリア」

 マクシミリアンの重い体重が乗るたびに、その足元の木がミシミシと音を立てる。


 万一、足元を支える木が折れたら?

 魔法障壁が、落下の衝撃から身体を守ってくれるはずだが──

 そう頭ではわかっていてもザイオンは、軋む音を耳にするたび、気が気ではなかった。


「そうだったかしら。忘れちゃった」

 アメリアは岩壁の出っ張りに手をかけながら、慎重に上っている。

「アメリアは、まだ小さかったからな」

 マクシミリアンは楽しげだ。冒険でもしている気分なのだろう。

「今でも小さいけれど」

「失礼ね。王子が大きくなり過ぎなのよ」


 ザイオンは階段の先を目で追った。

 材木が岩壁に埋め込まれているのは縦穴の中程までで、その上に何かがある。

 外に出るための足場か何かだろうが、まるで空中に浮かんでいるように見える。


 どちらにしろ、この縦穴には他に出口は見当たらず、ここを上るしかなさそうだった。

 再び軋む音が聞こえ、ザイオンは思わず、マクシミリアンの足元を確かめた。


 たとえ落下しても、魔法障壁があるから即死はしない。

 万一死んでも、ブレスレットのリセット魔法で生きている状態に戻せる。

 ──それでも、誰の死体も見たくはない。


 アメリアの進みが遅いので、マクシミリアンは足踏みした。

「僕、先に行っていい?」

「駄目よ!」


(どうやって追い越すつもりなんだ……!?)


 マクシミリアンの考えそうなことがザイオンにはわかった。

 岩壁のわずかなでこぼこに手を掛けて、足場無しで上ろうというのだ。

 馬鹿じゃないのか、と怒鳴りそうになる気持ちをザイオンが押し殺していると、後ろからルファンジアが声をかけてくる。

「大丈夫ですよ。万一のことがあっても、私が魔法で助けますから」


「……頼む」

 岩壁に縋るようにして、ザイオンは木の簡易階段に足をかけた。

 ルファンジアは、ザイオンが上るのを待って、後に続く。


 遙か上にある空は、赤く染まっていた。

設定に合わない箇所があったので、若干修正しました。










⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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