3-34:エルフの里(8)
洞窟の向きは、アメリアがいると思われる方向からは逸れていた。
追跡魔法を起動させたまま、ザイオンは足を止めた。
これ以上道なりに進めば、アメリアから遠ざかってしまう。
消去魔法で壁を壊して進むしかなさそうだ。
§ ¶消去{対象:この洞窟の壁; } §
頭の中でコードを考え、いざ実行しようとして、思いとどまった。
洞窟の壁は繋がっている。
このコード魔法が発動して、洞窟の壁が全て消えたら、支えを失った天井は崩落し、自分を含む全員が生き埋めになってしまうのではないか。
(やっぱり、この魔法は極力使わない方が良いな)
彼はでこぼこした土の壁に手を翳し、変更を加えたコード魔法を詠唱した。
『 § ¶消去{対象:この洞窟の壁; 範囲:2;} § 』
以前王都に死に戻って、王城から脱出した時に使ったので、範囲を省略した時の初期値はわかっている。
自分の掌大だ。
目の前に、黒々とした空間が開いた。
その大きさから考えると、範囲指定の単位は半径らしい。
半径二メートルの球体に収まる範囲内の壁が消えていた。
消えた壁の先に、別の洞窟が見えている。
ザイオンは魔導灯を伴って、そちらに進んだ。
アメリアが今どんな状況なのかがわからない。
できるだけ急いで合流しなくては、と思った。
だが、辿り着いた洞窟は横向きに伸びていて、アメリアのいる方向には向いていなかった。
地面には、ザイオンの魔法で貫かれた化け物の死体が落ちている。
彼は洞窟を横切ると、アメリアのいる方向に再び手を翳した。
『 § ¶消去{対象:この洞窟の壁; 範囲:2.5;} § 』
ただ穴を開けるだけでは、次の洞窟が見つからないこともあった。
ザイオンは穴の奥まで進み、別の洞窟が見つかれば遷移し、見つからなければ消去魔法を繰り返す。
『 § ¶消去{対象:この洞窟の壁; 範囲:3;} § 』
範囲を大きくしてみたら、微かに軋むような音が聞こえた。
壁を抉った球状の穴は、上部が弓状となって負荷を分散させるので、比較的安全なはずだ。だが、これ以上穴を大きくしない方が良さそうだった。
追跡魔法の表示を見ると、マクシミリアンを示す緑の輝点がアメリアの方向に動いている。
(勘が良いな)
アメリアのブレスレットは、さっきの位置から動いていない。
ブレスレットに付加された龍紅玉は小さく、籠められる魔力は少ない。
アメリア自身の魔力は、一般的なエルフと同じだ。
あの数の化け物に取り囲まれた状態では、障壁を支える魔力は長くは持たないだろう。
ザイオンが駆け付けてリセットブレスレットで蘇らせることができても──体中に噛みつかれ、肉を抉られる痛みの中で死んでいく恐怖が、永遠に残ることになる。
ザイオンはさっき受けた傷の痛みを思い出し、気持ちがかき乱された。
(無事でいろ、アメリア──)
何度目かの消去魔法を、ザイオンは詠唱した。
『 § ¶消去{対象:この洞窟の壁; 範囲:2;} § 』
頭上から、小石がパラパラと落ちる音がした。
場所によっては、洞窟の材質が異なっていて崩れやすいようだ。
別の地下道に通じたようで、正面に灯りが見えている。
追跡魔法で見るアメリアの位置が、すぐそこだった。
ザイオンは急いでそちらへと向かう。
半径二メートルの球体の端が洞窟の道にかすって、大人がどうにか通り抜けられる程度の穴を穿っていた。
ザイオンは身体を押し込めるようにして外へ出た。
そこは洞窟の終端に近い場所だった。
左手に少し進んだ先で横穴は終わり、その先は広い縦穴の底になっているらしい。
上部からは明るい自然光が差し込み、洞窟の出口付近で折り重なる化け物たちの死体を照らしている。
ザイオンはその死体の間に、キラキラと光る金属をみつけた。
急いで近づいてみるとそれは、アメリアのブレスレットだった。
見える範囲に、アメリアの姿はない。
ザイオンはブレスレットを拾い上げた。
金属と龍紅玉を組み合わせて作ったブレスレットには、血が付いていた。
龍紅玉は透明に近く、魔力は空だ。
ザイオンは足で化け物を蹴り避けて、探した──アメリアだったかもしれないものを。
でこぼこした洞窟の地面は、化け物の流した血で汚れていた。
化け物の死体を退けても、アメリアの遺体らしいものはない。
ザイオンは、縦穴の拓けた場所へ目をやる。
岩と砂利でできた、比較的平らな地面には、化け物が二匹転がっている他は何もない。
(たとえこの連中に食べられたのだとしても、骨の一つさえ残らないなんて、考えられない)
だから、生きているはずだ、と思った。
そうであって欲しい。
……いっそ時間を戻した方がいいだろうか。
おそらく、三十分と少しだ。
(まだ死んだと決まったわけじゃない。時間を戻せば、この世界に生きる全ての人々に影響が及ぶ。簡単に時を戻すべきじゃない)
ザイオンは気持ちを落ち着かせようとした。
縦穴がどこかに通じていて、別の場所に移動したのかもしれない──
「……アメリア!」
縦穴の方へ向かおうとした時、後ろから呼び声がした。
「ザイオン?」
振り返ったザイオンは、薄暗い洞窟の奥の方で、壁から生えた白い腕が上下にヒラヒラと動いているのを見た。
「助けて!」
腕が言った。
ザイオンは呆然と眺めた。
腕は、彼の開けた穴よりも更に奥の壁から突き出ていて、かろうじて自然光が届いている。
洞窟の壁にヘコミのような隙間があるらしい、とザイオンは気づいた。
破れた服の袖が、腕から垂れている。
それは今日アメリアが着ていた、ルファンジアとお揃いの軍服だ。
「……アメリアか?」
「そうよ! 入ったはいいけれど、狭すぎて抜けないの」
確かにアメリアの声で、腕は喋った。
ザイオンは大きく安堵の息を吐いた。
(そうだよな。あのアメリアが、そう簡単に殺られるはずがない)
「こっちに来て、引っ張ってくれない?」
壁の隙間から生えた腕が、おいでおいでと誘っているが、ザイオンは動けなかった。
安心したことで、力が抜けていた。
ザイオンは、自分の指を眺めた。
小刻みに、震えていた。
相当に動揺した証拠だ。
時間を戻して、全てをなかったことにできるとしても──誰かの死を体験するなんて、とても耐えられない。
ザイオンは、ユージーンの遺体を見つけた朝のことを思い出していた。
あんなことは、二度とゴメンだ。
「ザイオン? 聞こえてる?」
アメリアの声に、ザイオンが顔を上げた時。
洞窟の奥、光が届かない暗がりに、何かがいることに彼は気づいた。
ザイオンが身動きをするよりも早く、その影は突き進んできた。
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