3-31:エルフの里(5)
午後遅い時間になって、ルファンジアを道案内に、アメリア、マクシミリアン、ザイオンの四人で山道を辿った。
できるだけ早く自分の家に帰りたいザイオンだったが、その理由を尋ねられても明確には答えられない。
正直に『よく知らないエルフたちが家にいるから』などと言えば、子どもっぽいとアメリアに呆れられそうだ。
こうなったら最後まで付き合うしかないと、彼は腹をくくった。
ルファンジアは、同行すると申し出たエルフたちを、リスクがあると言って断っていた。
「大事な里の働き手の命を、危険に晒すことはできない」
その説明は表向きで、おそらくザイオンの状態保存魔法や復元魔法について知られることを恐れたのだろう。
その懸念は、ザイオンにも充分理解できた。
里のエルフたちを通じて、時を戻す魔法についての噂が広がれば、大勢がそれぞれの要望を訴えて殺到するかもしれない。
『自分の肉親が生きていた日時まで時間を戻して欲しい』
いちいち応じていたら、収拾がつかなくなりそうだ。
***
エルフの里がある山には、果樹園を管理するための道が整備されていた。
道の分岐点には標識があり、その指示に従って山の北側に回る。
日が陰り、空気が一変した。
道の左右に広がる木々は落葉樹で、今は葉を落としている。
山を下る道は、石で形作られた階段だった。
ところどころ崩れてはいたが、落ち葉が積もっていないところを見ると定期的に掃除されているようだ。
マクシミリアンは、勢い良く下って行っては振り返って、他の三人が追いつくのを待った。
その子どものような振る舞いに、ザイオンは内心溜め息をつく。
(二十二歳児め……)
幸い、途中で危険なモンスターに襲われるようなことはなかった。
里のエルフたちが、普段から近隣のモンスター駆除に努めているのだろう。
木々の間から、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
どんな鳥かとザイオンはそちらに目をやるが、一度も見つけられなかった。
マクシミリアンは、物欲しそうな目で動きを追っている。
「あれって、獲って良いの?」
そうルファンジアに尋ねたということは、マクシミリアンには鳥の姿が見えているようだ。
「もちろんです」
ルファンジアはマクシミリアンに微笑んだ。
「今は荷物になりますので、帰りに獲ってはいかがでしょうか?」
「そうする」
それからマクシミリアンは、鋭い目で周囲を眺めては、獲物を見定めていた。
ようやく山を下り切る頃には、陽の光がわずかに橙色を帯びていた。
進行方向にある山は、下りて来た山よりも高い。
「川だ!」
先に下りたマクシミリアンが叫んでいた。
階段を下り切ると、そこは大きな石の並ぶ川原になっていた。
石と石の間を縫うように流れる川幅は、それほど広くない。
水流は透明で、浅い川底がよく見えた。
少し下流に橋があったが、そこまで行かなくても、川の流れの中にある石を伝っていけば、濡れずに向こう岸に渡れそうだ。
ザイオンが振り返ると、アメリアとルファンジアはまだずっと後ろにいて、慎重に坂を下りてくるところだった。
「川があるよ」
マクシミリアンは戻っていって、二人に話しかけていた。
「魚がいるかも! 獲ってもいい?」
「帰りに、時間があればね」
(魚だと……?)
ザイオンは、川の中に突き出ている石に飛び移り、1つ、2つと進んでみた。
本当に魚がいるのか、見てみようと思ってのことだ。
浅い川は、流れが速い。
流れが速い川は、魚が棲みづらいはずだ。
真ん中辺りにある石へ足を伸ばした時、不思議なことが起こった。
彼は、さっきまではなかった、細い獣道に立っていた。
驚いて振り返ると、アメリアたちのいた山道が見えない。
代わりに鬱蒼とした低木が生えていた。
これは、川を渡ったあとの景色ではない。
そもそも、川がどこにもない。
川を渡り、山を越えたあとの景色だ。
ザイオンはエルフの女性が話していたことを理解した。
いつの間にか、山を通り抜けている。
その山にたどり着けない──
話の通りのようだ。
(空間魔法か。確かに移動にも使えそうだな)
納得していると、突然目の前の何も無い空間からマクシミリアンが飛び出してきた。
彼もザイオン同様、川を渡ろうとして山を素通りしたのだろう。
驚いた顔のまま、マクシミリアンはザイオンに激突した。
「痛ってえな、この……馬鹿!」
体当たりされた形になって、ザイオンは体勢を崩した。
倒れそうになったところを、マクシミリアンが支えて、助けた。
「危ないなぁ」
「お前がな!?」
ぶつかってきた方が、何を言うか。
「突然消えたから心配した」
マクシミリアンが目を潤ませた。
勢いよく走って後を追って来た様子が、目に見えるようだ。
そのまま抱き締めようとしてくる弟を振り切って、ザイオンは元来た方へと踏み出した。
その途端、景色が一変する。
彼はそこにあるはずの山を素通りし、再び川にいた。
そして、──川に落ちた。
同じ場所から戻ったつもりで、マクシミリアンに体当たりされた時に位置がずれたのだ。
彼は石を踏み外し、下半身ずぶ濡れのまま、川の中に仁王立ちしていた。
山の水が氷のように冷たいことを、ザイオンは知った。
(何をやってるんだ、俺は……?)
「ザイオン!」
アメリアの声が呼んだ。
下流に視線を向けると、橋の上から彼女が手を振っている。
ザイオンと違って石は使わず、橋の方へ回ったらしい。
「良かった! 急にいなくなったから、王子もルファンジアも心配して追いかけたのよ?」
「ザイオン様!」
「ザイオン!」
真後ろの空間──何も無いところから、マクシミリアンとルファンジアが競うように、同時に現れた。
彼らも山を素通りして向こうに渡り、再びこちらに戻ってきたのだ。
ルファンジアはうまく石の上に着地した。
ザイオンは、自分に向かってくるマクシミリアンを避けた。
(そう何度も痛い目に遭ってたまるか!)
マクシミリアンは川に突っ込んでいった。
水しぶきが盛大に上がって、ザイオンに襲いかかった。




