3-30:エルフの里(4)
宿舎一階の食堂には、厨房があった。
水洗い場に、魔導式加熱器、低温保存用の収納庫、広い調理台と、一度に大量の調理ができるよう設備が整えられていた。
ここにも水道の配管はなく、蛇口の先を辿った先にあるのは空の貯水槽だ。
『§ ¶環境制御{要素: 水; 量: 自動算出(対象.最大); 対象:この貯水槽;} §』
水を生成する魔法を詠唱するのは、これで何度目だろう。
さっきマクシミリアンの部屋にも寄って、叩き起こすついでに湯を入れてやったから、昨日から5回は詠唱している。
(エルフ族の生活がここまで魔法に頼っているとは思わなかったな)
調理器具やザルを取り出して水洗いしながら、帰ったらまず、水生成の魔法を指輪に焼き付けようとザイオンは決めた。
厨房から食堂に続く扉は開いており、そこで交わされる会話が聞こえてくる。
「罠には、魔力逆充填の魔法も付加されていたんだ。そのせいで、獲物を捕らえて消費された魔力は、再び充填され、罠を起動させ続けた。私たちが見つけた時には、すでに十人以上が犠牲になっていた」
ルファンジアが、廃拠点で経験した罠について数人のエルフたちに説明していた。
「時空をねじ曲げて閉じ込める罠か。高度な空間魔法をそんなことに使うなんてとんでもねぇな」
「もっと有効活用できたでしょうに。農作物の運搬や収納にとても役に立つわ」
「移動にも使えそうだな。大昔、エルフの里と里を一瞬で行き来する方法があったと聞いた事がある」
なるほど、とザイオンは頭の片隅に彼らのアイデアを留める。空間魔法をどう組めば移動に使えるか、考えてみるのも面白そうだ。
(トンネル型にした亜空間の両端を、別々の場所に出現させればできそうじゃないか? あるいは亜空間そのものの座標を、一瞬で書き換えれば……)
面白そうだが、今考えることではない。
ザイオンは低温に保たれた収納庫を開けて、この場にある食材を確認していく。
収納庫には、豆類や芋、卵、ミルク、バター、小麦などが充分に入っていた。
おそらくルファンジアが宿泊を見越して、あらかじめ用意させておいたのだろう。
ザイオンは豆と芋を茹でて、ミルク煮を作ることに決めた。
「そういえばこの近くにも、しばらく前からおかしな場所があってね」
エルフの一人が、そう言い出した。
若い女性の声だ。
「うちの父が山菜を採りに登ろうとしたら、いつの間にか通り過ぎてしまったんだって。毎年そこに通っているんだけれど、この秋はどうしてもその山に行き着くことができずに、諦めて引き返してきたの」
「考え事でもしていたんじゃないか? この辺は似たような山ばかりで、代わり映えしない景色だからな」
「何度も同じ目に遭ってるのよ?」
「勘違いだって」
しばらくの間、その話が本当なのかどうかという点について、彼らは話し合っていた。
「父は慎重な人よ。知ってるでしょう? 百五十歳を超したばかりで年寄りでもない。生まれた時から通っている山なのに、勘違いなんて有り得ないわ」
「他の山へ行けばいいんでねぇの?」
「もちろんそうしたわよ。今は山菜のことじゃなくて、その山が怪しいっていう話をしているの」
「今のところ行方不明になった者はいねぇぞ?」
「入れないのなら、行方不明者にはならんな」
「廃拠点と同じ種類の罠だと思うか、ルファンジア?」
「調べてみないとわからないが」
ルファンジアが、考えながらゆっくりと話す声が聞こえた。
「この里のすぐそばにそんなものがあるなんて、放ってはおけないな。アメリア様に相談した上で、様子を見に行ってみよう」
(これから行くつもりか? 今日中に帰る気は、……無さそうだな)
ザイオンは不安に駆られる。
普段なら、こんな風には感じなかっただろう。
『どうかお見知りおきを』
そう言って頭を下げた、紫色のローブを着たエルフを思い出した。
人型モンスター対策という名目で、初対面に近い者たちが家に出入りしている。
ルファンジアやその配下、エルフの里でのエルフたちは同族意識が強くて、共同生活が当たり前で、個々の人権や所有物という概念が薄い。
あの家を、共有財産だと思ってはいないだろうか?
自分が丁寧に掃除して磨き上げた城を、他人が好き勝手にしているのかと思うと、ザイオンの腹の底でザラリとした不快感がざわつく。
廊下や居間の床に、外から持ち込まれた砂が放置されているかもしれない。そんな想像をしただけで、芋の裏ごしをする手に力が籠もった。
大きな紙を広げる音がした。
ルファンジアが地図見せて、エルフたちとその山の位置を確認しているらしい。
どの道筋を通るべきか、彼らは検討し始めた。
やがて食堂に続いている階段を下りてくる足音がして、アメリアの声が聞こえた。
「おはよう」
エルフたちが挨拶を返し、辿り付けない山の話を繰り返す。
「歩いて行ける距離ね」
アメリアは考え込んでから、言った。
「これまでの罠は、人を閉じ込めるものだったわ。人を遠ざける魔法が働いているのだとしたら、罠というより、何か大事なものを隠そうとしているのかもしれない」
おお、なるほど、というエルフたちの称賛が聞こえてくる。
「どちらにしろ、調べた方が良さそう」
(やっぱり、そうなるのか……)
ザイオンは厨房を出て、彼女の前に豆と芋のミルク煮を置いた。
アメリアが彼を見上げる。
彼女の長い髪は綺麗に編み込まれていた。
石けんの良い匂いがふわりと漂ってきて、ザイオンの気持ちが少し和らいだ。
「本当に作ってくれたの?」
アメリアの嬉しそうな顔を、ザイオンは眺める。
ルファンジアの渡した薬が完全に効いたのか、二日酔いの痕跡はない。
差し出されたスプーンを受け取ったアメリアは、一口すくって口に入れる。
「優しい味がする。芋と……枝豆かな? 懐かしいわ。ありがとう」
アメリアは笑みを見せると、夢中で食べ始めた。
(もう一日ぐらいは、付き合ってやってもいいか)
視線に気づいてザイオンが振り返ると、別のテーブルで地図を広げていたルファンジアと他のエルフたちが、二人を微笑ましげに眺めていた。
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