3-29:エルフの里(3)
ザイオンたちが宿泊した宿舎は木造二階建てで、個室にはベッドが置かれ、トイレ、手洗い場、シャワー室が設置されていた。
部屋は細長く、ベッドの足下側の壁に窓がある。
ベッドと接した壁に小さな棚が設えられ、家具の類いはない。
棚の上にはタオル類や服が畳まれていた。
アメリアがいるはずのベッドの上には、すっぽりと掛け布に包まれた膨らみがある。
ザイオンはベッドの枕元辺りにそっと腰を下ろした。
「誰?」
少し尖った、アメリアの声が問う。
ザイオンは苦笑いを浮かべた。
「もうじき昼だぞ?」
建物が南向きで、部屋の窓には真っ向から日が差していた。
「……ザイオン?」
アメリアが掛け布の中で身動きし、溜め息をついた。
「具合が悪いって、ルファンジアには伝えたんだけれど」
「俺は医者じゃないが、具合が悪い原因を知ってるぞ」
「……そう。私も知ってるわ。元気になったら謝らせて」
寝返りした拍子に掛け布が少しずれて、彼女の髪が見えた。
「……で? 何しに来たの?」
「お前が珍しく失敗した姿を、嗤いに来た」
挑発したら、怒って起き上がるかもしれないとザイオンは期待したが、そうはならなかった。
「……失敗ばかりよ」
アメリアはそう呟いて、顔を見せようともしない。
「貴方に会った時から私、失敗ばかりしていたわ。だから、なんとか巻き返そうと頑張ってきたのに……だめね」
それは、マクシミリアンと一緒に人攫いに遭った時のことを言っているのかもしれない。
弱々しい声に、ザイオンの胸の奥がチクリと痛む。
揶揄いに来たのは確かだが、本気で落ち込んでいる相手を追い詰めるつもりはなかった。
「ルファンジアが持ってきた二日酔いの薬は飲んだのか?」
「ええ。今少しずつ効いてきているところ。だから、もう少し待って」
ザイオンはその場に留まり、しばらく考えていた。
アメリアは弱っている。
だが、声を聞く限りでは、随分持ち直してきているようにも思えた。
完全に回復する前の今なら、躱されることなく、訊きたいことに答えを得られるかもしれない。
「……ニホンって何だ?」
死に戻った時に会った、消えたアメリアが『ニホンからテンセイ』と口を滑らせ、すぐに『忘れて』と言った。
目の前にいるアメリアも、昨日『テンセイ』という言葉を口にした。
彼女には、死んで生まれ変わった記憶がある。
それをテンセイと呼んでいるとしたら、『ニホン』とは?
「この前、前世の記憶があると言ったな? お前は『ニホンからテンセイしてきた』のか?」
アメリアが明かしたのはゲームのことだけで、自分の人生がどうだったのかという点については全く触れなかった。
ザイオンも、荒唐無稽な話を受け入れることに精一杯で、ニホンについて訊こうともしなかった。
彼女がその前世で、どんな人間だったのか、どんな世界で生きていたのか。
どんな気持ちで、今を生きているのか──
「そうよ……」
アメリアはあっさりと認めた。
「私はニホンで生きていて、死んだ後、生まれ変わってここに来た。ニホンはね……お米があって、味噌があって醤油があって。ご飯がとっても美味しい国なの」
夢見る口調で、アメリアは続ける。
「ああ……おかゆが食べたい」
「おかゆ?」
「……お米をね、時間をかけて煮て柔らかくしたもので、病気の時はそれで栄養を摂るの。ほのかに甘くて、胃に優しい食べ物よ」
具合が悪い癖に蕩々と語るアメリアは明らかに、前の人生を恋しがっていた。
「……帰りたいか?」
ザイオンの問いに、アメリアは少し考えてから答えた。
「いいえ。ニホンには、便利なものも美味しいものも多いけれど、今はもう、こちらに大切なものがたくさんあるから」
彼女はゆっくり起き上がると、壁にもたれかかった。
長い髪が、寝間着にまとわりついている。
頭を押さえているのは、頭痛のせいだろう。
潤んだ目が、乱れた髪の間からザイオンを見た。
(その大切なものに、俺も含まれているとうぬぼれていいのか?)
気障な台詞が思い浮かんだが、とても口にはできなかった。
そんなザイオンの気持ちを見透かしたように、アメリアは薄く笑みを浮かべた。
「ねえ、ザイオン。シャワーを浴びたいのだけれど、またお湯を出してくれる? 少し熱めで」
「ああ」
普段のアメリアなら見せないであろう、隙だらけの姿に目をやりながら、ザイオンは立ち上がった。
「終わったら食堂に来い。胃に優しそうな食べ物を、何か作っておいてやるよ」
「ありがとう」
アメリアは、いつものキビキビした動きとはほど遠い動作で、ベッドから下りた。
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