3-24:残機
その後、三つの廃拠点で報酬を得た。
紫色の珠が一つと、緑色の珠が二つだ。
召喚された人型モンスターは、ミミズ型やカエル型といった既知のもので、マクシミリアンが一撃で沈めた。
これまでの探索で得た報酬を総括すると、紫色の珠が三つ、緑色の珠が二つ。そして魔導武器リタヌルが一つ。
アメリアは、紫の珠は魔力の上限値を、緑の珠は体力の上限値をそれぞれ200程度上昇させるはずだと説明した。
『§ システム.状態表示("ザイオン") §』
全回復した状態で魔法を詠唱して体力と魔力を確かめると、確かに数値が多い。
体力[ヘルス]:1400ポイント
魔力[マジック]:1600ポイント
この魔法を知らなかった頃に、計測用の龍紅玉に魔力を入れて測ったことがあるが、1000程度だったはずだ。
紫の珠一つで上限値を200増やせるというアメリアの説明通りだった。
単位は表示に従って、マジックポイントと呼ぶべきか。
体力についても同様に、緑の珠二つで400ヘルスポイント増えたと解釈できる。
(……アメリアは、このために廃拠点探索を始めたのか?)
表向き罠による犠牲者が心配だと言いながら、アメリアはザイオンの能力値上限を増やし、時を戻した時の負担を軽くすることを目的としているのかもしれない。
苦痛なく時間を操ることができれば、人型モンスターとの戦いを有利に運べる。
ザイオンは以前見た夢の情景を思い出した。
瓦礫だらけの廃墟で、マシューが立ったまま死んでいた。
マクシミリアンが、ザイオンを庇って死んだ──あれが何時で何処だったのかはわからないが、夢の中のアメリアは『時を巻き戻して、初めからやり直さないと』と言った。
(夢の中のアメリアも、王都で会ったアメリアも現実のアメリアも皆、真摯な姿勢は同じだな)
隣の座席を見ると、マクシミリアンが板の上に紙を載せて、真剣に文字を綴っていた。
ミミズが苦しがってのたうち回っているような文字だが、いつもよりは丁寧に書いていて、判読はできる。さっきこっそりとのぞき見たら、内容は子どものような稚拙さだった。
(消しゴムを忘れた、などと書いていたが、そもそも鉛筆も持って来ていなくて、俺のポケットから奪って行ったくせに)
あんなものを清書させられる保安官事務所の職員に、ザイオンは深く同情を寄せた。
アメリアは前の座席で、膝の上に地図を載せている。
ザイオンは立ち上がって覗いた。
彼女は地図と廃拠点の資料に番号を書き込んで、後で付き合わせられるように整理しているようだ。
朝からかなりの距離を飛んだと思っていたが、大陸が広いので地図上ではそれほど進んでいない。
アメリアの書き込んだ数字を追って行くと、輸送機はさらに、カウザン第一拠点から遠ざかる方向へと向かっていることがわかった。
「そろそろ引き返さないと、夜までに帰れないんじゃないか?」
そう話しかけたら、アメリアと、操縦席のルファンジアが勢いよく彼を振り返った。
「昨日の夜、出発を早める話をした時に、泊まりがけになるという話もしたはずなんだけれど」
アメリアは驚いたらしく、喉に何か引っ掛かったような声を出した。
ルファンジアまでが目を見開いて、見上げてくる。
「夜は、エルフの里で宿泊する予定を立てておりまして……」
昨日の夜、考え事をしながら適当に返事をしてしまったことを、ザイオンは悔やんだ。
今日は家に帰れない。
そうわかって、ザイオンは再び不安に駆られたが、その気持ちを押し隠した。
「そうだったかな。……忘れてた」
「聞いてなかったんでしょう」
アメリアが笑った。
引き込まれるようにザイオンはその笑顔を見返す。
「忘れてたんだって」
もう一度そう言うとザイオンは座り直し、外を眺めた。
赤みを増していく光の下、鬱蒼とした森が相変わらず途切れずに続いていた。
***
日暮れ前にもう一つ、廃拠点に仕掛けられた罠を見つけた。
この時には、マクシミリアンは腹に巻いた容れ物を外していた。
食い尽くしてしまって空になったようだ。
廃拠点に降下後、壁に刻まれた魔法陣の破壊、索敵、被害者の確認、輸送機の格納。
それが終わると、中央にある広場に向かう。
状態保存魔法を詠唱後、ルファンジアを残して広場に足を踏み入れた途端、空が赤く瞬いた。
戦闘用の異空間に移送され、人型モンスターの登場だ──
マクシミリアンは魔導具リタヌルを持ち、一番に広場に突入していった。
広場中央より手前に現れたのは、鮮やかなエメラルドグリーン色の巨大な芋虫だ。
体のあちこちに、まるで腫れ物のように突出した眼がある。
本物の芋虫には眼の模様を持つものがあるが、この怪物の眼は本物だった。
全ての目がグルグルと周囲を見て、マクシミリアンを見つけた。
芋虫の身体の下で復脚が蠢めき、身体を後ろ向きに回転させた。
その身体がブルブルと震える。
茶色の濃い、砂煙のような気体が、芋虫の身体から噴き出し始めた。
「マクシー!」
ザイオンは叫んでいた。
「戻れ!」
毒だったら?
身体を溶かすような、腐食性の強いものだったら……
思わず駆け出そうとするザイオンの腕を、アメリアが掴んで引き留める。
「大丈夫よ。ほら」
マクシミリアンは魔法障壁に守られながら、突き進んでいた。
彼が黒い剣で芋虫を突いた途端、気体の噴出が止まる。
魔法障壁の薄い膜を光らせた後、芋虫は緑色の点描と化して、薄れていった。
マクシミリアンが剣を振り回した。
芋虫型モンスターの本体は消えたが、周囲にはまだ茶色い気体の残滓が薄く漂っている。
それを追い払っているようだった。
魔法障壁がすでに消えていることから、有害ではなさそうだと知って、ザイオンは安堵した。
赤い網状の檻が消え、通常空間に戻される。
夕闇が迫り、薄暗い。
アメリアはザイオンの腕を掴んだまま、広場の中央を見ていた。
「白いソウルジェムだわ……レアものよ」
その目が輝いている。
「レア……?」
「とっても珍しいものっていう意味。きっとアレシャトからのご褒美ね!」
アメリアは掴んでいたザイオンの腕を強引に引っ張って、歩き始めた。
一緒に近付いてみると、地面には白い陶器のような、つるっとした見た目の珠が落ちていた。赤みがかって見えるのは、夕陽を反射しているせいだ。
「手に取ってみて」
アメリアに言われ、手の上に載せる。
それは硬い手触りのまま、一瞬だけ形を保っていた。
だが、次の瞬間には塵となってザイオンの周囲を舞い、彼に吸い込まれるようにして消えていった。
紫の珠と同じ現象だ。
「今のも、何かの効果があるのか?」
ザイオンに問いかけられるまで、アメリアはキラキラした目で白い珠の消えた虚空を見ていた。
「白いソウルジェムは……」
ザイオンを見上げたアメリアの瞳には、興奮が宿っている。
「残機を増やすと言われているわ」
「残機?」
ザイオンにとっては聞き覚えのない言葉だから、前世で使っていた用語だろう。
アメリアが捲し立てるように説明した。
「一度だけ死を無かったことにできる、つまり自動的に発動するリセット魔法のようなものよ。……もちろん、私の知識が間違っている可能性があるということは頭に入れておいて欲しいのだけれど」
「要するに、それが正しいかどうかは俺が死んだ時にわかるっていうことだな?」
「そう……よね」
アメリアはその事実を指摘されて、現実に引き戻されたようだった。
「そんな事態にはならないことを願いたいわ。もしかしたら状態表示魔法で確認はできるかもしれないから、後で試してみて」
その時、強烈な臭気を感じた。
振り返ると、マクシミリアンが近付いてくる。
「今の白い煙、なに?」
マクシミリアンも、白いソウルジェムが消える様子を見ていたようだ。
ルファンジアが礼儀正しく、だがかなりの距離を保って、彼の後ろに待機している。
迫って来る異臭に、ザイオンはさっきの茶色い気体がなんだったのか理解した。
「こっちに寄るな!」
ザイオンは後ずさりした。
アメリアも後ろに下がった。
「……どうしたの?」
言われた通りに立ち止まったマクシミリアンが、不思議そうに尋ねてくる。
あの芋虫は、排泄物を霧状にして散布したらしい。
魔法障壁は排泄物攻撃からマクシミリアンを守ったが、残り香は有害の定義から外れていたようだ。
「そのまま立ってろよ?」
ザイオンはマクシミリアンに右手を向け、魔法を詠唱した。
『§ ¶環境制御{要素: 水; 量: 自動算出(対象.質量 / 10); 時間: 360; 対象:マクシミリアン;} § 』
滝のように水が流れて、マクシミリアンを洗った。
マクシミリアンは叫びながら逃げ出したが、コード魔法の設定からは逃れられない。
それから六分間、マクシミリアンがどこに逃げようとも、滝は付いて回った。
冷たいと騒ぎ立てるマクシミリアンを無視して、暮れかかった空をザイオンは見上げる。
今更、やっぱり帰ろうとは言い出せない。
彼は切なげに溜め息をついた。
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