3-21:充填
輸送機に戻ったザイオンたちは、軽く昼休憩を取った後、再び空の旅に戻った。
ルファンジアはアメリアの指示する地図に従って、更に遠くへと航路を取る。
マクシミリアンは配られたサンドイッチを食べた後、芋の揚げ物に取りかかった。
アメリアが買ってきた、約束の品だ──彼女は覚えていなかったようだが、『誘拐犯から逃れて無事に帰ることができたら美味しい物を食べさせてあげる』という約束をしていたらしい。
芋を包んでいるパン粉がボロボロと服を伝って、座席に座っているマクシミリアンの足下に落ちていく──赤ん坊じゃあるまいし、困った奴だ。小言を言おうかどうしようかと、隣の座席からザイオンが睨んでいたら、マクシミリアンが気づいて微笑んだ。
「まだあるよ? 食べる?」
「……要らん!」
どうしてこの俺が、食い物を欲しがってじっと見ていると思われなくちゃならんのか──という怒りから、思わずザイオンは、自制していた言葉を捲し立てた。
「足元に落ちた食いカスを後で拾えよ! 口の周りにもついてるぞ! それから、ベタベタした手でその辺を触るな」
「あら」
前の座席に座っていたアメリアが振り返って、立ち上がった。
「これ、使ってね」
そう言って彼女は、用意してあったらしい濡れ布巾を袋から取り出して、マクシミリアンに渡す。
マクシミリアンはそれで手を拭き始めた。
あの油だらけの芋を買ってきたのはアメリアだから、想定内ということか。
アメリアは、ザイオンにはガラス玉のような塊を差し出した。
「これ、頼んでもいいかしら?」
彼女が渡してきたのは、使用済みの魔法砲弾だった。
受け取ったザイオンは掌に載せて眺めた。表面にはザイオンの作った魔法陣の複製が刻まれている。ほぼ透明で、魔力は空の状態だ。このままでは、魔法を起動することはできない。
「これは、さっき使ったやつか?」
蜘蛛が潰れていく様子をザイオンが眺めている間、アメリアはちゃっかりと魔力が空になった砲弾を拾っていたのだ。
「そうよ」
アメリアは、ザイオンにニッコリと微笑みかけた。
彼女はそのまま、輸送機の後部に向かう。
そして、後ろの収納に放り込んだ黒剣がしっかり固定されているか、確認していた。
輸送機が揺れて黒剣が宙に投げ出されたら、危険な鈍器になるからだろう。
「充電──」
と言いかけて、アメリアは言い直した。
「魔力を充填して再利用したいと思って。人型モンスターの侵攻で龍紅玉の採掘が止まっているから、値段が高騰しているらしいの」
「その話は知ってる」
ザイオンは不機嫌な口調で応じる。
人型モンスターを閉じ込める複製空間の大きさが大きければ、魔力は多く必要となる。
大型モンスターの場合、銃弾程度の龍紅玉に収まる魔力ではとても足りないので、魔法砲弾は人の拳程度には大きい。
その大きさの龍紅玉に込めなくてはならない魔力の量は、ザイオンの持つ全魔力量の半分程度に匹敵する。
ザイオン以外のエルフが充填するためには、何度もリセット魔法で魔力を回復しなくてはならない。
だから、アメリアがザイオンに頼んできたのは、効率を重視するなら当然の成り行きだ。
わかった、やってやるよ、と素直に言えない自分に、ザイオンは苛ついていた。
一方で、言われた通りにしたいと思っているらしい自分に、苦々しい気持ちを抱いた。
時間がかかっても、お前が自分でやればいいじゃないか。
そんな言葉が出かかった時──戻ってきたアメリアが通りすがりについと手を伸ばして、宥めるように、ザイオンの髪に触れていった。
「次の廃拠点でも使えるようにしたいの。お願い、ザイオン」
突然苛立ちが消えたことにザイオンは驚いていた。
(何だ? ──今、変な感覚がしたような)
どういう現象なのか、自分でもよくわからない。
アメリアが髪に触れた瞬間、全身に何か信号のようなものが走った。
(何の魔法だ……?)
妙に息苦しい。
動揺を誰にも悟られないように、ザイオンはわざとぶっきらぼうに言う。
「……わかった」
自分の座席について、安全ベルトを装着していたアメリアが、振り返った。
「ありがとう。よろしくね」
もう一度笑顔を見せた後、彼女は再び前を向いて地図を開いた。
背もたれの向こうにある、編み込んだ茶髪を、ザイオンは後ろから見つめる。
仕方がないな、とわざとらしく溜め息を吐いてから、ザイオンは両手で龍紅玉を抱え、充填魔法を詠唱した。
大きな魔力を一度に充填しようとしても、龍紅玉内の圧力に弾き返されて、うまくいかない。
数値を変更した充填魔法を何度か詠唱し、水をしみこませるようにして、魔力を浸透させていった。
透明に近かった龍紅玉は、やがて再びその紅い色を取り戻した。
「綺麗になったね」
兄の作業を見守っていたマクシミリアンが言った。
「僕も魔法が使えるようになったら、同じ事ができる?」
「ああ……勉強が必要だけれどな」
ザイオンは『勉強』という言葉を強めに発音する。
ユージーンが帰ってきたら、クロエ、マクシミリアンの三人で話し合った上で、種族をエルフに変更するかどうか決めることになっていた。
魔法には古代エルフ語が必要だから、マクシミリアンには使いこなすことなどできそうにない。だが魔力量が増えるので、魔法障壁の耐久時間が長くなる。
クロエは奇妙な魔法を編み出そうとするに違いない。もう一度釘を刺しておかないと。
ユージーンの場合、魔力と魔法を得たら身を守りやすくなり、自信も生まれて、今よりも生きることが楽になるはずだ。
「勉強かぁ……」
一応満足したらしいマクシミリアンは、腹に巻いた容れ物から包み紙を取り出して、中に入っていた揚げ物を食べ始めた。
(お前、さっき手を拭いたばかりなのに──)
ベタベタになっていく弟の手と、転がって行く小さな食いカスを目で追いながら、ザイオンは再び小言を堪えていた。
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