番外編:25分(3)
##ルキルス視点
##人物紹介
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。第三部では軍の任務にかかりきり。
[小隊メンバー]
ヴィノ 狐型獣人(小隊長)
ポルラ 虎型獣人
サシャール 蛇型竜人 信心深い
ガラク ワニ型竜人
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それは湿地帯に埋まっていた。
背景には青い空と、陽光を浴びてキラキラと輝く湖がある。
一見美しい風景だが、埋まっているのは、目鼻も耳もある人の顔だ。
どことなく楽しげな表情さえ浮かべて、周囲を窺っている。
丸顔の童顔は、子どものようにも見えた。
それが一つだけなら、たまたま穴にはまって抜け出せなくなったのかと思ってしまったかもしれない。
だが、同じものが幾つも、湿地に埋まっていた。
ルキルスたちは、湿地帯から少し離れた岩場で姿勢を低くし、観察を続けた。
「いち、にい、さん……」
ガラクが数を数える。
「さんじゅうに……三十二もあるぞ」
「一人につき、六から七だな」
ヴィノが素早く計算する。
「訓練より簡単だ……」
自分に言い聞かせているように聞こえた。
「顔の下はどうなっているのかなぁ?」
ポルラは、照準器を調整しながら呟いた。
彼の銃は長距離用で、銃身は長くて重い。だがポルラの体格が立派なせいか、玩具のように見えた。
「怪物って埋まるのが好きなの? 毛に土がこびりついちゃうよねぇ。僕は嫌だな」
「石を投げてみようか?」
ルキルスがヴィノに尋ねた。
「ああ……頼む」
それが戦闘開始の合図になるのか、それとも何も起きないのか。
さまざまな想像が膨らんだらしく、ヴィノの狐耳はピンと立ったまま、忙しなく動いていた。
ルキルスが石を拾って、埋まっている顔の上を素通りするように投げてみる。
一つ目では何も起こらなかった。
もう一度投げた少し大きめの石は、顔が埋まっている場所の手前に落ちかかった。
湿地から、顔の一つが空中に向かって伸びた。
「うえぇ」
ポルラが吐き気を催したような声を立てる。
それは、首しかない生き物だった。
肩も胴体もない。
石に向かって伸びた首の先で、顔がぱっくりと花が咲くように割れた。
顔だと思えていたものは、四つに割れる大きな口で、中にはギザギザの歯があった。
石をかみ砕いた顔から破片が吐き出され、湿地の上に散らばった。
ギイィ。
不愉快そうな音を立てて、顔は再び湿地に埋まった。
同時に、クスクス、あははと、笑い声も聞こえる。
石に反応しなかった、他の三十一の顔が笑っているようだった。
「邪悪な者達め」
サシャールが小声で罵った。
「俺が囮になる」
銃を構え直すと、ルキルスは立ち上がった。
「サシャールとガラクは少し後ろから来て、奴らが飛び出てきたところを、撃ってくれ」
竜人たちが頷いた。
「俺も行こう」
ヴィノが、なけなしの勇気を絞り出して言う。
「いや……ヴィノは指揮官だから、後ろから指示をくれ」
ルキルスは、ポルラの身体を軽く叩いた。
「ヴィノと一緒に援護射撃を頼む」
ポルラは緊張した様子で何度も頷いた。
ポルラとヴィノを岩場に残し、湿地の表面を蹴って、拳銃の射程距離内まで一気に詰める。
埋まった顔が次々に立ち上がり、笑顔で彼らを出迎えた。
その様子に、ルキルスは海の民として過ごしていた当時の記憶を蘇らせた。
小舟で島と島の間を渡る時、浅瀬で見た生物にそっくりだ。
確か、アナゴと呼ばれていた。
集団で砂の中から身体を伸ばし、遠目には海藻のようにも見えた。
その生物は魚の顔をしていて、丸い黒目が可愛かった。
今目の前にいるのは、人の顔に擬態した怪物だ。
長々と伸びた首で、ユラユラと左右に揺れる。
可愛いどころか、気持ちが悪い。
一匹が空中に飛び上がり、ルキルスに向かって来た。
首だけのくせに、脅威のジャンプ力だ。
顔の部分がめくれるように咲いて、中からギザギザの歯が覗いた。
「ひやぁ!」
後ろでガラクが怯えた声を上げた。
「守り給え──」
サシャールが照準をしっかり定めて、引き金を引く。
「我ら小さな鱗の塊を」
祝詞と共に飛び出した魔法銃弾が、怪物の首に命中する。
怪物の魔法障壁が、全身を覆った膜のように光った。
途端に、銃弾に込められたコード魔法が展開した。
ルキルスに襲いかかろうとした怪物は、見えない檻にぶつかってガラクの足下に落ちた。
ガラクは反射的に後退ったが、その必要はなかった。
筒状の怪物は湿地の上を転がって、幽霊のようにガラクをすり抜けた。
ほっとした様子で、ガラクが銃を構え直す。
次々に穴から飛び上がって襲ってくる怪物たちを、ルキルスたちは撃ち続けた。
地面に落ちた怪物たちは、のたうち回って、自分を捕らえた目に見えない檻から逃れようとする。
檻は縮んでいって、怪物の長い身体を押し潰すと、消えた。
「ルキルス!」
ヴィノが叫んだ。
「下だ!」
空中ばかり見ていたルキルスの、すぐ足下の土が凹んだ。銃を構え直す暇もなく、飛び出してきた怪物がルキルスに迫る。
後ろから飛んで来た銃弾が、その怪物を捉えた。
ポルラの銃弾だ。
怪物は魔法障壁を光らせながら、ルキルスの身体を素通りし、檻に囚われて落ちていった。
一瞬だけルキルスは振り返り、ポルラに頷いて見せた。
ポルラが短い毛で覆われた顔を嬉しそうに崩す。
「数が合わない!」
ガラクが叫んだ。
律儀に、落ちた数と残存数を数えていたらしい。
「何匹か、地中に潜ったぞ!」
「後退だ!」
ルキルスが、ポルラのいる岩場を指さした。
ガラクとサシャールが走り出した。
追いかけるように、湿地の表面が凹む。
飛び上がって襲いかかろうとしたアナゴの怪物を、ポルラの撃った銃弾が仕留めた。
振り返る暇もなく、ルキルスたちは岩場に逃げた。
「今ので多分、三十」
岩場について、息を切らしながらガラクが告げた。
「二匹以上が潜ったままだ……確実じゃないが」
岩場に辿り着いて、ルキルスたちは湿地帯を振り返る。
どこから襲ってくるかと、彼らは緊張しながら待った。
だが、湿地帯は静まり返ったままだ。
「逃げたかな」
ポルラは照準器を覗いて、あちこちに銃口を向けながら言った。
人型モンスターが集まっていた水際には、今は一匹もいない。
巣穴は濁った水で満たされていた。
そのまま十数分が経過したが、襲撃してくる様子はなかった。
「一旦離れよう」
ヴィノが銃を下ろした。
「時間を置けば、また戻ってくるかもしれない」
「賛成」
ポルラが手を上げた。
「ねえ、あれはなに?」
彼は、岩場の北に広がる森の先を指さした。
木々の向こうに、人工の建造物が見えていた。
「廃拠点だな」
ルキルスが呟いた。
任務に先立って渡された地図には、昔拠点として使われ、何らかの事情で廃棄された廃拠点の位置が示されていた。
歩いて十数分の距離だ。
廃棄されて数十年は経つはずなのに、雨風や雑草の浸食を受けていないかのように、綺麗な壁が見えていた。
「これは不吉だ」
サシャールが警戒をあらわにする。
「極めて不吉」
「けれど、怪しいものは任務上確認する必要があるんだよな……」
ヴィノは気が進まない口調だった。
「怪しい?」
ポルラが不思議そうに聞き返す。
「怪しいだろう? 廃拠点なんて、普通は崩れ落ちてるぞ?」
ガラクが油断なく銃を構えながら、応じる。
「近寄って確認し、一応報告できるだけの情報は集めなきゃいけない」
ヴィノはルキルスを振り返った。
「二手に分かれた方がいいか?」
「……いや。一緒に行動しよう」
五人を二手に分けるのは、危険が大きすぎるとルキルスは感じた。
軍としての最小行動単位が、この小隊だ。
「じゃあ行くしかないな」
顔を上げ、遠くにある壁をしばらく見ていたヴィノは溜め息をついた。
「行って、帰ってくる頃には、逃げ出した顔の化け物も巣に戻ってきているだろう」
そういいながらヴィノは、歩き出そうとはしない。
仕方なくルキルスが廃拠点の方角へ移動し始めると、他の四人もついてくる。
「拠点だったら、ちょっと休憩したいなって思ったんだ。廃拠点か」
ポルラは銃を担ぎ上げ、残念そうに言った。
「実は誰か住んでるんじゃない?」
「勝手に住むのは違法だ」
ヴィノが説明し始める。
「国の財産なんだよ。住むのなら、必ず保安官事務所を一つは設置しなくてはならない。それから、納税も必要だ」
「邪悪な匂いがするぞ」
すぐ後ろで、サシャールが呟いている。
「夥しい血と、腐敗臭だ。死をもたらす捕食者が棲んでいるのは確かだ」
「怪物は納税なんて気にしないからな」
ガラクが心底恐ろしそうに言う。
「また巨大なミミズとかじゃないだろうな?」
まだ距離があるのに、匂いなんて感じるものだろうか?
サシャールの思い込みに違いない、とルキルスは思った。
一方で、近付くにつれて、嫌な予感だけは強くなっていった。
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