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二進法原初魔法  作者: lukecat
第三部:探索
152/207

3-18:世界線

 アメリアは迷うように、視線を少し落とすと、切り出した。

「……私の記憶が蘇ったのは、貴方に初めて会った時だったわ」


 それは、ザイオンがエイブラムに連れられて、カラドカス公爵家に初めて行った日のことを指すのだろう。

 マクシミリアンは十三歳の時、背中を刺されて大量に出血した。

 その後エイブラムの計らいで第一王子として丁重に扱われ、回復したが、このままではまた命を狙われる。公爵家の養子になったら、第一王子の側近としてそばで見守ることができると説得され、ザイオンは仕方なく従った。


 十歳だったアメリアは、確かに子どもだとは思えないほど口が達者だったと、ザイオンは思い出す。

 本当に十歳なのかと何度も揶揄ったザイオンだが、記憶が蘇ったせいだったとは。

「俺のせいでお前は、子どもらしさを失ったのか……」


 アメリアは視線を上げてザイオンを見据えた。

「私、充分子どもらしかったはずだけれど……」


 自覚がなかったのか。

 などと言い始めたら話が長引きそうなので、ザイオンは黙って彼女を見返し、続きを待った。


「……死んだ後、北の離宮で目覚めた、と言ったわね? それなら幽閉されていた貴方と、王子のいない世界線のアメリアは初対面だったはず。なのに彼女は、『自動的に新しいデータで世界が始まってしまった』と言った……今の私と同じ記憶を持っていたということだわ」

 アメリアはたったそれだけのことで、消えたアメリアの事情を把握したようだった。

「貴方に会わなくても私は、人生のどこかの時点で、前世の記憶を取り戻すことになっていたのね」


「前世の記憶……?」

 予想外の言葉にザイオンは驚いた。

「それは、……今とは違う人間として生きていて、死んで生まれ変わった記憶がある、ということか?」


「途端に胡散臭くなって、信じる気分じゃなくなるわよね? だから話したくなかったのよ」

 アメリアが自嘲するように言う。

「逆に尋ねたいんだけれど、ゲームという言葉で何を想像していたの?」


「……ゲームとは、盤上遊戯の別名だよな? 駒と盤面で遊ぶ類いの」

 ザイオンは話しながら、考える。

 アメリアは前世の記憶を蘇らせ、そこにはこの世界の情報が含まれていた。

 ……あのエルフの女は、長々とこの国の歴史を語った後、第三王子などいないなどと世迷い言を──おそらくはマクシミリアンのいない世界の話を──喋っていた。


「俺は初め、マクシミリアンのいないあの世界で、お前が長い年月を生きて、古い盟約や神の簒奪に関わる何らかの遊戯をそこで目撃してから死に戻ったのかと……思っていたんだが」

 ニホン。テンセイ。

 ……消えてしまったアメリアの言葉をザイオンは思い出す。

 おそらくそれは、前世と関係のある言葉に違いない。

「全然違うようだな……」


「少し当たってる」

 アメリアは、元の柔らかな表情を取り戻しつつあった。

「目撃したと言えなくもないわね。この世界は、私が前世で遊んでいた盤上遊戯──ゲームにそっくりなの。記憶を取り戻したばかりの頃、私はこの世界そのものがゲームで、王子やザイオンはゲームの駒だと思い込んでいた」


「……俺たちが駒なわけないだろう?」


「子どもだったのよ。すぐに、違うってわかったわ。王子もザイオンも筋書きを無視して好き勝手に生きているんだもの。この世界はゲームなんかじゃない……ただ、似ているだけ」


「似ているだけ……」

 ザイオンは、アメリアの言葉に追いつこうとした。

 だが、彼女が当たり前だと考えていることが、彼には当たり前ではなかった。

 嫌な予感に息苦しさを感じながら、ザイオンは尋ねる。

「前世で遊んだゲームにそっくりというのは、具体的にはどういう意味だ?」


「世界の仕組みや筋書き、登場人物に覚えがある、ということね。たとえば貴方が、読んだことのある小説の中で目覚めて、登場人物に会ったら私と同じ様に感じるはずよ。小説かゲームかの違いはあるけれど、どちらも『物語』なの」

 アメリアの説明でようやく、ザイオンにも理解できた。


「それは、俺が、誰かが作った物語の登場人物だと言っているのか──?」


 駒に喩えたのはそういう意味か。

 自分の存在する意味を見失いそうな話だ。

 到底信じられない。

 アメリアが、話そうとしなかった理由もわかる。


「ザイオン──」

 気遣わしげなアメリアの声に、苦々しい気持ちが沸き起こった。

「お前がヒロインだの古い盟約だのと言ったのは、その物語の筋書きにあることなんだな?」

 アメリアが悪いわけではない。だが、声に籠もる怒りを堪えることはできなかった。

 ロードするたびに神が魔力と体力を奪うなんて、荒唐無稽な話だと思っていた。

 物語だというのなら納得だ。

 物語は常に、登場人物を危機に陥れては切り抜けさせることで、『物語』性を保つのだから──まるで弄ぶように。


「それは──そうなんだけれど。でも、話の一部が似ているだけで、違っているところの方が多いの。だから私は、知っていることをそのまま話すわけにはいかないのよ」

 アメリアは強い調子で繰り返す。

「私たちは、自分の考えで動いていて喋ってる。生きているっていう自覚があるわ。元は決め打ちされた『物語』だったかもしれない。でも今は、先の見えない、現実の世界よ」


 彼女の言いたいことは理解できていた。

 だが、ザイオンが改めて振り返ってみれば、彼の人生は普通じゃなかった。

 母親があんな死に方をした。

 父親は無能の極みだ。

 墓地の敷地内に幽閉されて育った。

 何もかもが『物語』に則った作り物なら──


「ザイオン?」

 上の空になっていたザイオンの腕を、アメリアが掴んだ。

「マクシミリアン王子が生きて、ここにいるでしょう? 本来彼は、ずっと以前に死んでいるの。だから、王子がいるこの世界はもう、『物語』であるはずがないの」


 ザイオンに忍び寄りかけていた暗い影が、一気に晴れた。


「……ああ。そうだったな」

 アメリアの言う通りだ。

 もう一人のアメリアは、この世界のことを『良い方向に乗り越えた別の世界』と言った。

 ここには、生き延びて大人になったマクシミリアンがいる。


 ザイオンはほっと息をついた。

「確かにそうだ」


 左腕に触れているアメリアの手に、ザイオンは思わず手を重ねようとした。

 だがその前に、アメリアは本の上に手の位置を戻した。


「なぜ似ているのか、逆に言えばなぜ違ってしまったのか、私にはわからない。それこそ、アレシャトの意思が介在しているのではないかと私は思ってる。──とにかく私は必ず、この世界の破滅を回避するわ。貴方はこの世界を、二度と見失わないようにして」


 アメリアの言う意味が、ザイオンにはわかった。

 再び死んで、北の離宮に戻ってしまった時に、運悪くマクシミリアンのことを思い出さなかったら? アメリアとも出会うことなく、この世界はなかったことになってしまう。


「俺だって二度と死にたくはないさ」

 目の前に血飛沫が飛んだ瞬間を、ザイオンは思い出す。

 アメリアが『雑魚死』と呼んだあの無様な死に方をしないために、ザイオンは力を尽くすつもりだった。

 絶対に、死にたくない。できれば、魔導具を全て作り直して、より強力な攻撃魔法を使えるように──


「明日からは、なるべく私やマクシミリアンの後ろにいてね」

 と、アメリアは言った。

「明日から?」

 何の話かわからず、ザイオンは聞き返す。

 アメリアは戸惑った表情を浮かべる。

「夕食の時に言ったわよね? 明日から、残りの廃拠点を大急ぎで探索するって。朝早く出たいので、朝食の時間を早めましょうとも言ったはずだけれど……聞いてなかったの?」


 夕食時といえば、芋のミルク煮を味わいながら改善点について考えていた。味はいいとして、舌触りが気になるので裏ごしをするべきだったな、などと……。

 何か言われたので適当に相づちを打ったが、そんな話をしていたのか、とザイオンは内心焦った。


 今から魔導具を作り直す時間はなさそうだが──

 彼は痛みを感じたかのように胸に手を当て、恐る恐る申し出た。

「俺は──さっきの話が衝撃的だったので、気持ちの整理をつける時間が欲しいかなと……」


「……なんですって?」

 そんなに低いアメリアの声は、初めて聞いた。


「ああ──いや、そう思ったんだが、大丈夫だ」

 ザイオンは立ち上がった。

「そうだな。朝早いのなら、もう寝なきゃ。お休み」

 急いで出て行く彼の背を、お休み、と安堵を含んだ小さな呟きが追いかけてきた。











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