3-17:ゲーム
「盗んだ、というか」
ザイオンは、普段から平気で盗みを働いていたという誤解を受けたくなくて、経緯を説明し始める。
「逃げたマクシミリアンを探して城の倉庫に入ったら、そこで埃を被っていたんだ。有効活用ができるのは俺しかいないから、持ち去ってもいいと勝手に判断した」
どう言い繕っても、盗んだことには変わりないのだが。
「きっとアレシャトの仕業ね」
アメリアは真顔で言った。
王国出身のアメリアがエルフ族の神を本気で信じるとは思えず、ザイオンは真意を測りかねて彼女を見返す。
「わりと本気で言ってるのよ。そうでないと説明が付かないことが多すぎるもの」
アメリアは本をテーブルの上に置くと、表紙に手を添えた。
「ありがとう。せっかく魔法が使えるようになったのだから、これで体系的に学んでみるわ」
そして、ふと言い淀む。
「……それで、その。わざわざ部屋まで訪ねてきたということは、何か話があるのかしら?」
彼女は少し首を傾げた。
「ただ本を渡すだけなら、明日の朝食の時でも良かったはずでしょう?」
その問いかけるような表情を見て、ザイオンは胸の奥が痛むのを感じた。
改めて思い知らされる。
死に戻った時に会ったアメリアは、もう消えてしまったのだと。
今思い返してみれば、あの時の彼女はどこか悲しげに見えた。『自分』を含む全てが消えてしまうことを知りながら彼女は、ザイオンが元の世界へ戻れるように手を貸してくれたのだ。
(彼女は……あの時のアメリアは、翌週に結婚する予定だった『エドウィン』とやらを愛していたのだろうか?)
消えてしまった彼女の、最後の想いが気になった。
「幾つか、訊きたいことがあって」
ザイオンは思い切って切り出す。
「エドウィンって、誰だ?」
「エドウィン?」
アメリアは、予想外の質問に驚いたようで、逆に聞き返してくる。
「……って誰のこと?」
見返してくる瞳に嘘はなさそうだ。
「いや、知らないならいい」
公爵令嬢としてのアメリアには、結婚相手の選択肢はいくつもあったのだろう。
あの世界では、エドウィンはその選択肢の一つだったのだ。
だが今のアメリアは、エドウィンの結婚相手には選ばれなかった。マクシミリアンと一緒に子どもの頃誘拐されたため、『傷もの』扱いされたからだ。アメリアを『傷もの』だと決め付けて近付いてこなかったような男との将来なんて、潰れた方がいい──
「そういえば母方の親戚に一人いたわ、泣き虫エドウィン」
アメリアは思い出し笑いのようなものを浮かべた。
「食いしん坊で、太めで、乗馬が下手で、怖がりで、エロイーズ姉様と一緒に暗闇に隠れておどかしたら、泣いちゃって。──子どもの頃の話だから、今は成長して全く別人になっているかもしれないけれど」
「お前は……太った男が好きなのか?」
共和国に一緒に来た仮の婚約者ラシエ侯爵令息が、首が埋まるほど肉付きが良かったことをザイオンは思い出した。その質問が失敗だったと気づいた時には遅かった。
「どういうこと? エドウィンはただの親戚よ? それに私がどんな男を好きだろうと、貴方には関係ないでしょう?」
アメリアの笑みから温度が失われる。
「ザイオンこそ、誰からの誘いでも簡単に寝るっていう噂が流れていたみたいけれど──それも今は関係ないわね。それで? なぜエドウィンの名前が出てきたの?」
「俺は……その」
アメリアがその噂を知っていることに、ザイオンは動揺した。
心の中で忙しく言い訳を準備する。
一人で官舎住まいを始めて、妙に寂しく、人恋しかった頃の話だ……一緒にいてくれる相手なら誰でも良くて手当たり次第に付き合った。だが、その相手を思いやれるほど大人ではなかった。まだ十代の若者で、若気の至りというやつだ。結果的に次から次に破局をしては新しい相手を作ったために、悪い噂が流れることになった。
けれどアメリアは、当時まだ子どもだったはずなのになぜ知っているんだ?
──そういえば彼女には、色恋話の好きな兄がいたな、とザイオンは思い当たる。
「あれは昔の話で……」
アメリアの視線がなおのこと冷ややかになったので、この場では言い訳をしない方が良さそうだと彼は気づいた。
「昨日死んだ時、気づいたら昨年春の王都にいて、アメリアとエドウィンに会ったんだ。次の週に結婚する予定だと言っていた」
「泣き虫エドウィンと、私が?」
アメリアは拒絶するように首を振り続けた。
「嫌よ、あの子、会う度にお尻を触ってきたりするから嫌いだったの。だから嚇かして遠ざけたのに……」
間違いなくそのエドウィンだな、とザイオンは思う。
「いえ、問題はそこではなくて、死んだ時に王都に……? そういえば、いつロード魔法を詠唱したのかと不思議だったのよ。『死んだ時にちょっと』って言ってたわね。昨年春というと、クロエが婚約破棄された直後の、ゲームスタートの頃……」
アメリアがはっとした様子で言葉を切り、拳を唇に当てたが、ザイオンは聞き逃さなかった。
ゲームスタート。
突然押しかけてきて、馴れ馴れしくザイオンの名前を呼んだエルフの女が、クロエにこう言った。
『小説? ゲームよ』
繋がった。
血の気の引くような感覚が、ザイオンを襲った。
異世界から来た、などと言ったあのエルフの女と、アメリアの話はやはり繋がっていた。
アメリアは、人の一生分ぐらいの長い夢を見たと言ったが、本当にただの夢なら繋がるわけがない。
彼女の言う『夢』は実在のものだと、ザイオンは確信する。
エルフの女は多くの言葉を捲し立て、その殆どが間違っていた。だが、間違っていたはずの言葉が、昨日死んで戻った王都での状況に符合した。
『カプリシオハンターズ共和国への四年間の留学を条件に、貴方は王太子になる事を承諾したのよね』
北の離宮でカラドカス公爵が持ちかけてきた条件と同じだ。あの女は間違っていたわけではなく、マクシミリアンが死んだ世界の話をしていたのだ。
「……アメリアは、俺が『雑魚戦』で死んでしまったから、『出発点である一日目の今日に戻ってきた』と説明した。お前の言うゲームスタートとは、そういうことだな?」
ザイオンは、アメリアが目を見開く様子を見極めながら続ける。
「死んだ後、俺は北の離宮で目覚めた。誰の事も覚えていない状態だった。かろうじてマクシミリアンのことを思い出したが、あいつは三歳で死んで、墓の下にいた」
「そんな」
アメリアはそう言ったきり、絶句した。
「王都にいたアメリアは、俺が死んで戻ってきたせいで、自動的に新しいデータで世界が始まってしまったのだと言った。彼女と……」
ザイオンは、言い直した。
「アメリアと会話するうちに、俺は記憶を取り戻して、『最新』データをロードすることができたんだ」
「……危ないところだったのね」
アメリアは不安げな表情を浮かべたままだ。
「そのまま貴方の記憶が戻らなければ、私たちは全てを失っていたんだわ」
「ああ。お前が『最新』で状態保存をするように言ってくれたおかげだ」
ザイオンは少しだけ歪んだ笑みを、口元に浮かべた。
「で? ゲームというのは、いったい何なんだ?」
アメリアは、困ったような笑みを、凍り付かせた。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈




