3-15:潰し芋のミルク煮
第一回の廃拠点探索を終えた翌日、その結果を踏まえて、アメリア、ヨアン、ルファンジアは地図を広げ、今後の方針について話し合っていた。
幸い、二十五分の巻き戻りで深刻な事態に至ったケースは報告されていないようだ。
廃拠点にあった遺体はガーディアンズによって回収され、身元が判明次第遺族たちの元へと返されることになった。
アメリアは、全ての廃拠点を自分主導で探索するという計画を推し進めていた。
「罠だと知っていれば、解除は簡単だわ。ただ、予備知識なく魔法の使えない人が踏み込むのは危険なので、他に犠牲者がいないか早急に見て回る必要がありそう」
ザイオンは少し離れた場所にあるソファに陣取って、彼女達の会話を聞きながら後悔していた。
俺も行く、と言ってしまったので、今更嫌だとは言えない。
(俺は実戦向きじゃないのに)
敵を目前に臨機応変に魔法を繰り出すには、経験が不足している。
これを好機とみて修行のつもりで挑めば良いのだろうが……
「懸念は百足男ね。身体を分断されながら逃げおおせるなんて」
アメリアが口にしたその名に、ザイオンはぎくりとした。
一度は自分を殺した男だ。
もう二度と油断はしないつもりだが、同じように罠に嵌められて死ぬようなことになったらと思うと、正直なところ実戦に出るのは気が進まない。
(おそらく罠の保守をしていたのはあの百足男だ──もしかしたら、他の廃拠点にも出没するかもしれない)
身体を真っ二つにされて生き伸びているはずはないが、一匹だけだとは限らなかった。
「軍と協力して周辺を捜索中だ。ただ、周辺は森が深くて上級モンスターの数も多く、発見には至っていない」
ヨアンは椅子の背に身体を預けた。
「本物の百足なら、串刺しにして熱湯をかけるか、煮えたぎった油をかけるかするところだが、相手は人型モンスターだ。見つけ次第魔法弾で対処するように通達している」
(そうだ……あの時アメリアと一緒にいて、彼女の持つ対人型モンスターの魔法弾を投げつけていれば、それで済む話だったのに)
うっかり雑魚戦で死に戻って、危うく別世界の住人になりかけた自分の不甲斐なさにザイオンは改めて残念な思いを抱く。
廊下の方から、甲高い警告音が聞こえてきた。
「なんだ……?」
ヨアンが身体を起こし、さっと腰に下げたナイフの鞘に手をやる。
「洗濯が完了した音だ」
ザイオンは立ち上がった。
アレシャトの啓示音から別の音に変更したのだが、皆同じような反応をする。敵襲と間違えて武器を構えるのだ。警告音にするべきではなかった。だが、平和な音だと気づきにくい。迷うところだ。
廊下に出て洗濯室に入ると、部屋には熱気が籠もっていた。
洗濯専用の箱に入った洗濯物はまだ熱いが、箱に刻んだ洗濯用のコード魔法には冷たい風に晒す最終工程も記述しているので、火傷をするほどではない。ザイオンは、纏めて取り出した洗濯物を抱え、居間に戻った。
アメリアが不満げな顔で出迎える。
どうやら彼女は、ザイオンが雑用をこなすことを快く思っていないらしい。
あの日会ったもう一人のアメリアも今のザイオンを『ザイオンらしくない』と言った。
アメリアが自分を通して見ているのは、死に戻ったあの日よりも前のザイオンなのだろう。
ザイオンは、誰もいない北の離宮で、マクシミリアンを探し回った時のことを思い出した。
あんな気持ちになるのは、二度とごめんだ──
ザイオンは黙々と洗濯物を畳んでいった。
端と端を合わせて、綺麗な折り目を付けて、所有者ごとに分類してローテーブルに積んでいった。
自分。
マクシミリアン。こいつは相変わらずあちこちに服を脱ぎ捨てる。何も考えちゃいない。
ルファンジアの軍服。おそらくアメリアに貸し出したものだろう。
タオル類。使い捨てのように使う奴(誰だ?)がいるのでやたらと多いな。
クロエは自分で洗っているようだ。最近は少し大人になったが、まだまだ配慮の足りないところが多い。マクシミリアンとユージーンの見舞いに出たきりまだ帰って来ないが、食事は要るのか? どうなんだ?
それから、アメリアの──意外に布面積が少なめの──
手元からいきなり、畳んでいる途中の洗濯物が奪われた。
「……自分で畳むわ」
アメリアが目の前に立って、動揺した様子で自分の下着類を抱え込んでいた。
「……シャワー室に籠があったから、無意識に放り込んでしまったの。決して貴方に、洗濯物をさせようと思っていたわけじゃない」
「お前には大事な仕事をやってもらわなきゃいけないんだから」
ザイオンは皮肉のつもりではなく、親切心から言った。
「気にする必要はない。今まで通りでいい」
「それを言うなら、貴方だって」
アメリアは、ほんの少し怒った表情になる。
「──いえ、何でも無いわ。洗ってくれてありがとう」
アメリアは自分の衣類を抱えたまま、打ち合わせの場に戻っていった。
畳んだ洗濯物を各自の部屋に放り込むと、次は食事の用意だ。
茹でた芋を潰した後、ザイオンはみじん切りにしたネギをバターで炒め始めた。
「良い匂いがするな」
打ち合わせが終わったのか、ヨアンが対面キッチンの向こう側から覗き込む。
「何の料理だ?」
「潰し芋のミルク煮だ」
小麦粉を入れ、更に低温で時間をかけて、覚えのあるポッテリとした感触になるまで木べらで炒める。
ルファンジアがさり気なくキッチンに参戦し、隣でミルクを温め始めた。
「店が開けそうだな」
ヨアンが揶揄う。
ザイオンは憮然として言い返した。
「俺は家族にしか作らん」
「……家族か」
そう呟いたヨアンが、ほんの少し、羨ましそうな表情を見せた。
それ以上は何も言わずに、離れていった。
洗濯した衣服を自室に置いてきたらしいアメリアが、階段を下りてきて、ヨアンと合流した。彼女たちは世間話をしながら、玄関へ向かった。
ルファンジアが温め終わったミルクを差し出してくる。
受け取ったザイオンは、炒めた小麦粉に垂らす。
焦らず、少しずつ量を増やしていった。
(家族──)
死に戻った世界に、家族はいなかった。
小さな弟が死んですぐそばに埋葬されているのに、二十年近く気づきもせず、悲しみもしなかった。
(あれが本来の俺だというのなら)
出来上がっていくミルク煮の素を、木べらで突いた。
今回も、満足のいく出来だ。
次は、あらかじめ作っておいたスープを収納庫から出す。収納庫には、魔法陣にデプロイされた低温に保つためのコード魔法がよく効いていた。モンスターの骨と野菜クズをじっくりと煮込んで漉したスープは、半ば凍結状態だ。
鍋に入れるとあっという間に溶けて、濃厚な香りが立ち上った。これでミルク煮の元を薄め、潰した芋を入れる予定だ。
(俺は今の自分がいい。洗濯も料理も何でも家族のためにこなす、今の自分が──)
ヨアンを送り出して戻ってきたアメリアが、テキパキと調理するザイオンをしばらく眺めていた。それから食器棚へ行き、カトラリー類を取り出して配膳を始めた。
ルファンジアがザイオンの隣でメイン料理の肉に取りかかる。
やがてキッチンから食堂、居間に至る広い空間が、香ばしくて良い匂いに満たされていった。
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