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二進法原初魔法  作者: lukecat
第三部:探索
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番外編:パジャマパーティ

第三部プロローグ『慟哭の夜』におけるクロエ視点の話となります。







 夜も更け、良い子なら寝静まっている頃のこと。

 マクシミリアンとクロエが暮らす二人用の居室で、密やかな会合が開かれようとしていた。


「このたびは第一回パジャマパーティにお集まりいただき、まことにありがとうございます」

 キングサイズのベッドに正座したクロエは、真面目くさった表情で開会の言葉を述べた。

 今日のためにシーツなどの寝具を交換し、枕も新品を人数分用意した。

 ペットボトルのような便利な容器はない世界なので、飲み物は続き間の応接室にあるテーブルの上に置いた。

 これで準備万端。

 ただし懸念すべきことが一つだけある。


 主催者のクロエは、パジャマパーティのドレスコードに相応しい、綿素材で作られた薄紅色の寝間着を着ていた。

 同じベッドの上に座っているアメリアとルファンジアも、寝間着姿だ。


 マクシミリアンの寝間着は、クロエとは色違いの薄い青色だった。

 いつも寝る時は裸なので、彼の寝間着姿はめったに見られない。

 大きな子どもみたい、なんて可愛いのかしら……などという感想はクロエの欲目だ。


「できれば男性の参加は遠慮していただきたいのだけれど」

 アメリアはチラリと、マクシミリアンに棘のある視線を向けた。


 パジャマパーティは女子会みたいなものなので、マクシミリアンの参加はまずいかも、とクロエも思ってはいたのだ。

 それで、まだ治療院にいるユージーンの部屋のベッドを整えて、今日はそちらで寝て欲しいと伝えた。けれど、寝間着姿を男性に見られたくないという女心の機微をマクシミリアンは理解できないようだった。


「僕はクロエと一緒にいたい」

 マクシミリアンは悲しそうな表情になる。

「追い出さないで……お願い」

「マックス」

 クロエはマクシミリアンの銀色の髪をヨシヨシと撫でる。

「今日だけだから……ね?」


「僕は、クロエの膝の上に丸まって、いないふりをする」

 マクシミリアンはクロエの膝の上に顔を伏せ、できるだけ小さく身体を丸めた。

「みんなも僕が見えないふりをして?」


「無理よ」

 アメリアが呆れた声で言う。

「猫じゃあるまいし。自分の身体の大きさをわかってる?」


 寂しげな紫紺の瞳が、クロエをチラリと見上げる。

(なんてあざと可愛いのっ)

 思わず口づけたくなる衝動をクロエは堪える。

 膝の上に載った彼の頭を両腕で隠してはみたけれど、アメリアの言う通りだ。

 大柄な彼の身体は当然膝に乗り切らず、ベッドの上で丸見えなのだから、見えないふりをするのはかなり難しい。


 アメリアは用意された枕を、一つ、二つとクロエに渡しながら溜め息をついた。

「仕方がないわね。これでできるだけ隠して」

 枕を受け取りながら、クロエはほっとする。

「ありがとう、アメリア……ごめんね」

 マクシミリアンの上半身が枕で埋め尽くされる。

 こうして、第一回パジャマパーティは無事に開催にこぎ着けた。




「パジャマパーティと言えば恋バナが定番ですが……」

 結局女子会ではなくなってしまったので、クロエは別の話題を俎上に載せる。

「今回は、和食なるものについて忌憚なき意見を求めたいと思います」


「和食」

 アメリアは同じ日本からの転生者として、心を動かされたようだ。

「……遙かなる異境の地で供されるという幻の食文化ね」


「そのようなものがあるのですか。初めて聞きました」

 ルファンジアが少し驚いた表情になった。

 アメリアが不可思議な知識を持っていることには慣れたようだが、今回和食の話を持ち出したのがクロエだったからだろう。

「お米という穀物が美味しいと聞いたので、是非とも食べたいの」

 クロエはこの際転生者だとばれても良いとまで思っていた。

 それだけ切実な願いだ。


 和食にもいろいろあるけれど、白飯の魅力に勝るものはない。仄かな甘み。人の活動を支える高エネルギー源。酢や魚介類と戯れて高級寿司と化すその臨機応変さ。

 この世界に転生して19年、ずっと米を食べていない。

 一粒でもいい。

 あの光り輝く白さを口に含みたい……


「私も調べたことがあるの」

 アメリアは首を横に振った。

「でも王国は寒冷地だから、米を探し出すことはできなかった。カプリシオ大陸なら気候的に、どこかで原種が見つかる可能性はあるかもしれないけれど……」


「米、とはどのようなものでしょうか?」

 ルファンジアが尋ねる。

 彼女が知らないということは、大陸のどこかですでに米が栽培されている可能性はなさそう。


 異世界ファンタジーなんだから『そう言えばエルフの里で栽培されています』とルファンジアが言い出す展開が微レ存、などと思っていたクロエはがっかりする。

 いや、まだ諦めるには早い。

 明日にでも取りすがりの商人が現れて、『あまり売れないので困っていたところです』などと言って米や大豆を提供してくれるのかもしれない。

 あるいは、怪物を倒すゲーム世界なのだから、米も戦って手に入れろということなのかも──?


「トウモロコシと同じ穀物の仲間で、は白い粒状でほのかな甘みと栄養があって、主食に最適よ」

 アメリアの説明を聞いて、ルファンジアの目が興味深そうな輝きを宿した。

「その米というものがあれば、王国からの小麦輸入に頼らなくても、この国の主食を支えることができる、と考えて良いですか?」


「全然できそう」

 クロエは、魔法でルファンジアが米を出してくれるかもしれない、と期待を抱いた。

「伝え聞くところによると、米さえあれば、おにぎりとか、寿司とか、カツ丼とか……食生活のレベルを一段上げることが可能だそうよ」


 コード魔法の定義方法をクロエは正確には知らなかったが、こんな感じで米のことを説明すれば召喚できるのではないだろうか、と思う。

『アレシャトよ! そはイネ科にして白き実なる炭水化物の王者! 実りてこうべを垂れる黄金の稲穂! 我が腹の虫の音による切望を聞き届け、この地に顕現させたまえ!』

 そもそも、日本語で会話する日本製のゲームが元になっているのに、米がないなんておかしくない?


「どうかしら……」

 アメリアが憂いを見せる。

「運良く米の原種を見つけても、広い耕作地を確保する必要があるわ。そう簡単に大規模栽培ができるところまでは行き着けないでしょう」


「……大規模栽培って、稲作?」

 クロエは、稲作ゲームを序盤までプレイした記憶を蘇らせた。堆肥を……アレを……かき混ぜて発酵を促進させた記憶しかない。ゲームでさえ挫折したのだ。リアルなアレは相当臭うだろう……かき混ぜるなんて、絶対無理。


「そう、稲作。正確には水稲ね。日当たりの良い、広い土地が必要よ」

「……以前エルフ族でトウモロコシを栽培していた土地が転用できるかと思います」

 ルファンジアが真剣に検討している。

「水を張った湿地にしなくちゃいけないんだけれど、環境制御魔法でなんとかなるかしら?」

 アメリアも、具体的に計画を立て始めていた。


(あれ? ずいぶん話のレベルが高いな……?)

 パジャマパーティってこんな感じだったっけ、とクロエは不安になってくる。

(普通は『カツ丼食べたい!』とか『南の地方の商人に、手に入らないか訊いてみましょう』ってなるところよね……?)


「まずはザイオン様に消去魔法で土地の造成をお願いしてからになりますね。水については、環境制御魔法で充分対応可能でしょう」

「それから、漫画で──いえ、資料で見た限りでは、連作障害というものがあるらしいわ」

「トウモロコシでも連作障害は起こりますね。熟成した堆肥を入れると良いとか」


 堆肥。

 柄杓で肥だめをかき混ぜる自分の姿が、クロエには垣間見えた。

(違うの……私は、米を作りたいんじゃなくて、食べたいだけなの……)


「僕もコメっていうのを食べたい」

 いないはずの人がクロエの膝の上で呟いた。

「幻聴が聞こえるわ」

 アメリアが首を傾げる。見えないふりをして、と言われたからだろう。

「それで、米の原種を手に入れる方法だけれど……」


 そろそろ止めないと、とんでもないことになりそう。

 と、クロエが危機感を募らせた時。


 マクシミリアンが突然身体を起こした。載せていた枕がなだれ落ちる。

「ザイオン……?!」


 ルファンジアも、まるで何かに呼ばれたかのように、ベッドの上で膝立ちになっている。

 クロエには何も聞こえなかったし、アメリアも驚いた顔で二人を見た。

 マクシミリアンは裸足のままベッドから降りて、部屋を飛び出して行く。

 そのすぐ後を、ルファンジアが追った。


 クロエとアメリアは顔を見合わせ、ほんの一瞬躊躇したが、結局二人に続いた。






 ***


 クロエ達は寝間着だけの薄着だが、この邸全体は魔法で防御されていると同時に一定の温度が保たれているので、寒くはなかった。

 人の動きを感知するタイプの魔導灯が、廊下を照らしている。


「放せ!」

 ザイオンの部屋の前まで来ると、つっけんどんな声が聞こえた。

 ルファンジアの後ろから、クロエはそっと開いた扉の中を覗く。

 廊下の明かりが届く範囲で見る限り、家具類はきちんと定められた場所にあり、絨毯には乱れ一つなく、散乱しているものもない。

 深刻な状況ではないと察して、ルファンジアが小さく安堵の息を吐いた。


「放せよ。出ていけ──なんでもないから」

 ザイオンの姿は、暗い部屋の中、マクシミリアンの陰に隠れていてよく見えない。

 だがその声の調子が、いつもと違った。

 少し掠れて聞こえたことで、クロエは気づく。


(泣いてる……?)


 ルファンジアがそっと扉を閉める。

 マクシミリアンに任せることにしたようだ。

 ザイオンとマクシミリアンは幼い頃から支え合って生きてきたのだから、それが正解だとクロエも思う。

 だがルファンジアは、心配そうな表情のまま扉の前を動こうとはしない。

 彼女をその場に残して、クロエとアメリアは引き返し始めた。


「この世界の物語が決められた通りに進まないのは、マクシミリアン王子のせいだと思っていた時期があったわ」

 アメリアが三階への階段を上りながら独り言のように呟いた。


「それはマックスが、本当は死んでいたはずだったから?」

 クロエは、自称ヒロインが勝手に話した、この世界の本来の物語を覚えていた。

『喋る事もできない小さな子どもが、一人で生きていく事は難しかった。衰弱し切って、ある寒い冬の日、火の無い部屋で事切れたの』

 その運命を覆して生き延びたマクシミリアン。

 彼がいなければ、何もかもが違っていただろう。

 だからアメリアのその考えは正しいとも言えるが、決められた物語が正しいとは限らない。マクシミリアンの死が正しい世界なんて、クロエは要らない。


「そう」

 アメリアは潤んだ目をして、クロエに微笑みかけた。

「あの頃の私はまだ子どもで、傲慢で、融通が利かなくて。自分はプレイヤーで、この世界を自分の思い通りにできるゲームだと勘違いしていたの。二度と同じ過ちは犯さない。王国に居る家族だけじゃなくて、ここに暮らす誰もが幸せになれるように、私ができることは何でもしようと思ってる」


 その『誰もが』の中に、アメリア自身は含まれているのかと、クロエはふと心配になる。

 クロエに謝罪するためだけに、アメリアが碌でもないラシエ侯爵家三男と結婚の約束を交わしてこの国に渡ってきたと知った時は衝撃だった。


「もちろん、クロエの米作りにも協力するつもり。原種の探索にはエルフ族の力を借りるとして、見つかった後の工程には元日本人としての知見が重要な鍵になるはずよ」

「……そうね」

 クロエは公爵令嬢時代に良く浮かべていた上品なスマイルを顔に貼り付けた。

(いつの間にか、私が米作りの主体になってる……?!)

 もはやどこでストップをかけていいのかわからなくなっていた。


「パジャマパーティを再開して、水田について思い出せる限りの知識を確認しておきましょう。私も米を食べてみたいわ。早く実現できるといいわね」

 やる気に満ちたアメリアの言葉に、クロエは頷く。

 心の中では、突っ込みを入れていた。

(真面目か!?)


 その後、クロエの部屋に戻った二人は、キングサイズのベッドの上にメモ用紙を広げた。


『ある程度苗を育ててから田植え』

『水加減が大事? 水温も?』


(違う……そうじゃない!)

 田植えの時期や、秋の気温についての話をしながら、クロエは釈然としない気持ちでいた。

(本当はガールズトークをして、ルファンジアの旦那さんの話とか……アメリアとザイオンとの関係がどうなってるかも、訊きたかったんだけれど……?)


 こうしてその夜クロエのベッドの上では、本来のパジャマパーティとはほど遠い、国家的プロジェクトとも言える稲作構想ができあがっていったのだった。











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