3-14:復元
「ザイオン──!」
いくつもの呼び声が聞こえた。
アメリア、ルファンジア、マクシミリアン──帰ってきた、とほっとするが、身体に力が入らない。
真っ先に駆け寄って、崩れ落ちるザイオンを受け止めたのはマクシミリアンだ。
全力疾走した後のような疲労感に、ザイオンは目を閉じて耐えた。
アメリアの声が聞こえる。
「ルファンジア、ザイオンのブレスレットについている龍紅玉に魔力を充填して」
しっかりしているようで、微かに語尾が震えている。
「ザイオンが動けるようになるまで、何度もリセット魔法を作動させて。王子──マックス! しっかりして!」
アメリアが、自失状態のマクシミリアンを揺さぶったらしい。
抱えられたザイオンも一緒に揺さぶられた。
(やめろ──吐く)
疲労感に、気分の悪さも追加される。
「さっきの奴が近くにいるはずよ! 今襲われるわけにはいかない。見つけて、やっつけてきて!」
「……わかった」
しゃくり上げながら、マクシミリアンが応じた。
「良い子ね」
アメリアが声を和らげる。
ザイオンの身体をそっと横たえて、マクシミリアンの離れていく気配がした。
すぐそばで充填魔法を詠唱するルファンジアの声が聞こえる。
ザイオンの魔力は、身につけている龍紅玉の魔力ごと全て奪い取られていた。
古い盟約による神の簒奪──以前アメリアはそう説明したが、正直なところ納得はいかない。彼自身は何の約束をした覚えもないからだ。
リセットブレスレットに魔力が充填され、発動したリセット魔法でザイオンの体力と魔力は上限まで回復する。
だが身体が軽くなったと感じた途端、あっという間に力をむしり取られ、怠さの中に突き落とされる。
ようやく苦しさが去ったのは、ルファンジアが四回もリセットブレスレットを作動させた後だった。
「ヤバいな」
自分の語彙力の無さを痛感しながら、ザイオンはそう呟いた。
二度と死ぬ訳にはいかない、と思った。
次に死に戻った時、マクシミリアンのことを思い出せるとは限らない。
家族がみんな死んだ世界で、アメリアとは一度も会うことなく、理由もわからないまま寂しさを抱えて生きるなんて、やり切れない。
目を開けると、アメリアが覗き込んでいた。
初めて状態復元魔法を使った時と同じだ。
ザイオンは彼女の膝の上に抱かれていた。
「もう」
アメリアが、真顔を保ちながら涙を落とした。
「びっくりさせないで」
「悪かった」
ほっとしたザイオンは、思わず彼女の頬に手をやった。
その瞬間、アメリアの目付きが険しくなったので、ザイオンは慌てて手を引っ込める。
彼女は、ザイオンが死に戻った時に王国で会ったことを、覚えてはいないようだ。
結婚式を控えて、婚約者と穏やかに会話していたアメリア。
ザイオンが状態復元魔法を唱えなければ、あの時の男と結婚して幸せな人生を送っていたかもしれない──君を早く堪能したい、などと言った下品なエドウィンと。
(男運が悪いのか、アメリア……いや、今そんなことはどうでもいい)
ザイオンは身体を起こした。
しばらく過去に戻っていたせいで、感覚がおかしい。
彼は周囲を見回した。
カエル型の怪物と戦った広場に向かう前で、崩れかけた建物群が目の前にある。
竹の門の傍に、狩猟民たちの遺体が折り重なっていた。
「俺が死んだ後、どうなった?」
百足男に首を切られたのは、ザイオンの体感では半日以上前の出来事だ。
「王子がアレを止めようとしたけれど、間に合わなかったの」
アメリアは、立ち上がろうとするザイオンを支えながら答えた。
「貴方が、……血みどろになって、倒れて。頸動脈を切られてほぼ即死だったと思う。その後気づいたら、ここに戻っていたわ……変ね。いつ復元魔法を詠唱したの?」
死に戻りと復元魔法の違いに、アメリアは気づいたようだ。
「死んでる時にちょっとな」
ザイオンは謎めかした言い方をした。
なるほど、アメリアが自分の情報源を素直に打ち明けないのは、こういう気持ちからなのだろう。
(説明しても、理解してもらえるとは思えない──俺だってよくわかっていないんだから)
「あの男は、何者だったのでしょうか」
ルファンジアは、まだザイオンの死の衝撃から立ち直っていないらしく、少し呆然とした様子で呟いた。
「わからない……おそらく人型モンスターの一種だとは思うけれど」
アメリアが困惑した表情になる。
「ザイオンを殺すほど強いなんて」
ザイオンは死に戻った時、アメリアが『雑魚戦でうっかり死んだ』と言ったことを思い出した。
(アメリアは俺が強いと思っているようだが、多分、それは間違いだ──)
「アメリア!」
マクシミリアンが呼びながら、瓦礫の上を跳ねるように走って戻ってくる。
血で汚れた、抜き身の剣を手にしていた。
「ごめん! 仕留められなかった!」
ザイオンは、マクシミリアンが自分に向かって一直線に向かってくることに気づいた。
いつもなら逃げ出すところだ。
剣を捨て、勢い良くザイオンを抱き締めたマクシミリアンは、子どものように泣き出した。
冷たい墓の下ではなく、マクシミリアンが生きて、ここにいる。
苦しいほど抱き竦められながら、ザイオンはそう実感した。
多分こいつがこれほど鬱陶しい奴じゃなければ、自分はここに戻って来られなかっただろう……などとザイオンが感傷的に考えていたのは、最初の六十秒までだ。
ルファンジアやアメリアは、目を潤ませていて止めようともしない。
「おい」
ザイオンは、マクシミリアンの髪の毛を引っ張って、引き剥がそうとした。
「それで、あの百足野郎はどこに行った?」
「……あいつ」
目の辺りを擦りながら、マクシミリアンは途切れ途切れに話す。
「斬った」
「斬ったのか。それで?」
「あいつ、速くて」
いつの間にか近付かれていたことを、ザイオンは思い出した。
「確かに速かったな。それで斬り損ねたのか?」
「ちゃんと斬った」
「……ちゃんと? どういう風に?」
「こう」
マクシミリアンはようやくザイオンから離れて、剣を横に振る真似をした。
「お腹の辺りをね……ズバンと」
胴体を横に真っ二つ、という意味らしかった。
「それで、絶対死んだと思ったのに」
その時の様子を思い出したのか、マクシミリアンが目を丸くして言う。
「上と下が別々の方向に、逃げたんだ」
「まあ」
アメリアが、感銘を受けたように言う。
「それはビックリね!」
「下には最初からあしがあったけれど、上にもあしがいっぱいあって」
マクシミリアンは両手を交差させて、指を蠢かせながら左右に動かした。
「こう、カサカサカサって。どっちを追いかけたらいいのかわからなくて、迷っていたら見失った」
マクシミリアンは声に悔しさを滲ませる。
「ザイオンの仇だったのに」
(俺は生きている──が、一度殺されたから、仇ってのは間違いじゃないな)
ザイオンは百足男の、憎悪に満ちた目を思い出した。
恨まれる覚えは全くない。
だが、アレが魔法陣を作れるほどの知能を持っているのなら、この世の全てを憎悪しているということもありうる。
「分裂して増えるのでしょうか?」
ルファンジアが殺意を滲ませた。
「もしそうなら、殲滅しなければ」
「百足は真っ二つにしても生き続けるって言われてるけれど、生命力が強いだけで、増えるわけじゃないと思う」
アメリアは自信無さそうに付け加えた。
「でも楽観的な推測に頼らず、軍とガーディアンズに情報を共有して、警戒してもらいましょう」
その後、マクシミリアンがかなりの時間をかけて周辺を捜索したが、百足型の怪物男は、上半身も下半身も見つからなかった。
アメリアは改めて罠に挑み、魔法砲弾でカエル型の怪物をあっさりと退治した。前回とは違って、紫色の珠は出現しなかった。
理由を尋ねたザイオンに対して、アメリアは「そういう仕様なの」と言った。
(仕様とは?)
彼女とは近いうちに、じっくりと話し合ってみなくてはとザイオンは思う。
ルファンジアは、全ての罠を見つけ出して破壊した。
その後彼らは川原に戻って、通常空間に戻した飛行艇『葡萄ジュース輸送機』内で昼休憩を取った。
ザイオンの気持ち的には半日以上を過去で過ごしたので、まだ昼だということが信じがたい。
ルファンジアが、食糧袋からサンドイッチとリンゴジュースを出して皆に配った。
あっという間に食べ終えたマクシミリアンが、物欲しげな視線を向けてくるが、ザイオンは気づかないふりをした。
来た時と同じ座席に座って食事を始めながら、酷い一日だった、とザイオンは思い返す。
自分的には充分準備をしてきたつもりだったのに、行き当たりばったりの戦い方しかできなかった。
とっさに正しい攻撃魔法を使うには、実戦経験を積むしかない。
魔法砲弾のトリガーも、魔力消費を増やしてでも条件を複数設定しておく方が安全だ。
(帰ってから、反省点を洗い出して、コード魔法を組み直さないと……)
最も反省をしなくてはならないのは、うっかり死んでしまったことだ。
自分自身を過信していた。
アメリアが事前に『罠』があるかもしれないと警告した敵地で、もっと警戒するべきだったのに、隙を見せて簡単に殺された。
死んだ途端ブレスレットのリセット魔法を使う間もなく、自分のものではない人生に死に戻るなんて考えもしなかった。今再びここにこうしているのは、単に幸運だっただけだ。
(俺は、真剣に『罠』に向き合い、計画を立てていたアメリアの努力を潰しかけた上に、泣くほど心配させてしまった──)
アメリアはサンドイッチを食べ終わった後、ルファンジアと一緒に地図を覗き込んでいた。
「午後の航路なんだけれど、午前中と同じように四つのうち三つは外れだとして、狩猟場に近い候補を選び直すと、この四つが──」
思わずザイオンは立ち上がった。
(真面目か!?)
この後も続けるなんて。
心がもたない。
気が遠くなりそうだ。
(俺、さっき死んだばかりなんだが? 泣くほど心配してくれたんじゃなかったのか?)
アメリアが振り返って、不思議そうな顔で彼を見上げた。
「時間が巻き戻ったのだから、一旦帰って、状況確認をするべきだと思う」
弱音を吐きたくない、という変なプライドが邪魔をした結果、ザイオンはもっともらしい台詞を口にした。
「その通りね!」
アメリアは、満面の笑みを浮かべた。
今まで実務的なこと以外には関わろうとしなかったザイオンが、初めて前向きな発言をしたからだろう。
ルファンジアが頷く。
「では、カウザン第一拠点に針路を向けますね」
マクシミリアンも自分の座席に着いたまま頷いた。
「ということは、残りの食糧は不要になるでしょうから、僕がもらいますね」
何となくイラッとして、ザイオンはちょうど右手を下ろした位置にある銀色の頭を一発殴ってから、着席した。
「痛いっ……なんで?」
被害者ぶったマクシミリアンの声が気に障る。
「暴力はいけないわ、ザイオン」
アメリアが咎めた。
「俺にはこいつを殴る権利がある」
ザイオンは言い返した。
「俺の絵本を面白がって真っ二つにしたり、母さんの皿を割ったり、本棚によじ登って倒したり……俺は今まで散々マクシミリアンの被害に遭ってきたんだ」
「絵本……?」
アメリアが驚いた顔になった。
「それ、今関係ある?」
ある。
と答えたかったが、よく考えてみれば、ないかもしれない。
(どっちだ?)
不機嫌に黙り込むザイオンに、アメリアは溜め息をつく。
「──俺の絵本?」
彼女が前を向いてから小さく呟き、ふふ、と笑ったことに、ザイオンは気づかなかった。
ルファンジアが葡萄ジュース輸送機を飛び立たせたからだ。
圧縮された空気の音が、機内に騒々しく響いていた。
ザイオンの隣ではマクシミリアンが、食糧袋の中に焼き菓子を見つけて、上機嫌で食べ始めた。
こうして、第一回の廃拠点探索は終わったのだった。
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