3-13:デフラグ
ザイオンの尋ね方は、アメリアに混乱をもたらしたらしい。
「それは、貴方が日本から転生してきたっていう話?」
言葉の意味が理解できず、ザイオンは戸惑って彼女を見返した。
「ゴメンなさい、今のは忘れて」
アメリアはすぐにそう言うと、ソファを示した。
「とりあえず、座ってくださいな。お茶を提供はできないけれど、時間はたっぷりあるわ」
忘れて、と言われた言葉を、ザイオンは記憶の片隅に留める。
ニホン。テンセイ。
どういうことか気になったが今は、墓の下からマクシミリアンを助け出すことの方が先だ。
「どうして私に会いにきたのか、訊いてもいいかしら?」
アメリアは、公爵令嬢らしい優美な動作で、ソファに座った。
対してザイオンは少し腰を浮かし、前のめりだ。
どうにも落ち着かない気分だった。
「はっきりとは覚えていないんだが、俺たちは多分……一緒に住んでいた」
有り得ない話だと自分でもわかっていながら、ザイオンはそう告げた。
目を丸くしたアメリアの表情に、見覚えがあった。
(あれは──俺の髪飾りとイヤリングを見て、アメリアが)
格好良くなった、と言ってくれた。
今の自分に至るまでの記憶が、少しずつはっきりとしてくる。
やはりアメリアに会いに来て正解だった。
「俺と、弟のマクシミリアンと、クロエ──アレクサンドラ・ルグウィンのことだ。それから」
テーブルを囲む家族の風景が、思い浮かんだ。
正面に座るマクシミリアン。その隣にクロエがいた。白い肌と対照的な黒髪、切れ長の大きな目は猫っぽくて、マクシミリアンは『僕の黒猫ちゃん』などと呼んでいた。
クロエの隣に座っていたのは、彼女に似た容姿の青年だ。いつも少し不安げな目をしていて、話しかけられると控えめな笑みを浮かべる。
「アレクサンドラの兄、ユージーン・ルグウィンも、共和国で一緒に暮らしていた。そこに、アメリアが後から来て加わった。君は──世界がヤバいと言った」
「世界がヤバい?」
アメリアは繰り返した。
「ちょっと待って。情報量が多すぎる。それに、貴方──全然ザイオンっぽくないわ」
その言葉は、さっき確信した通りにアメリアが昨日までの『ザイオン』を知っているということを意味していた。
なぜ知っているのかという疑問は、後回しだ。
「そうだな。俺もそう思う。だから、訳がわからないと言ったんだ」
昨日までのザイオンは、食事の作り方を気にしたりしなかった。王国人が大嫌いで、交流を持つことを拒んだ。死んだ弟を想って泣いたりするような人間ではなかった。だから、墓地にあった小さな墓にも十八年以上関心を持たなかった。
「……アレクサンドラは、卒業パーティで第二王子に婚約破棄されたルグウィン公爵家令嬢よね。貴族学園時代に同じクラスだったから顔見知りなの。誘拐されたとか、娼館に売られたとか、遺体が見つかったなどという噂が飛び交ってるわ。ユージーン・ルグウィンはその兄に当たる人で──先日自殺したはず」
ザイオンは息を飲み、しばらく言葉が出なかった。
倒れていたユージーンの姿を思い出す。
光の無い、半ば開いたユージーンの目。
指先に触れた、冷たい頬の感触を──
「ねえ……」
アメリアはいつの間にかザイオンの隣に座って、顔を覆って動かないザイオンを覗き込んだ。
「大丈夫?」
「どうなってるんだ……」
嘆いている場合じゃない。
行動するべきだ、と思うのに。
衝撃が大き過ぎた。
「皆死んでるなんて……何もかも違う……酷すぎる」
「もしかして、だけれど」
アメリアの声が気遣わしげに響いた。
「貴方は未来で死んで、戻ってきたのではないかしら?」
「死んで──戻った?」
ザイオンは顔を上げた。
首筋に手をやる。
熱い痛みを覚えているような気がした。
「そうかも……しれない」
目の前に舞った血飛沫の情景が、蘇った。
「……ラスボス戦で死んだ場合、チェックポイントに戻るのが仕様なんだけれど。モブの私がわざわざしゃしゃり出て貴方に『世界がヤバい』と言ったのなら、魔王がマグネター召喚する世界線に入ったということでしょう?」
アメリアは、ザイオンの知るもう一人のアメリアの行動について、よく理解しているような話し方をした。
「……そうだな。アメリアは、なぜ『禁断の魔術師』を殺さなかったのかと、怒っていた。そのせいで魔王が復活することになったらしい」
アメリアと話すうちに、散らばっていた記憶の断片が、自然と繋がっていく。
「それで、一緒に住んで……人型モンスターを倒す手伝いをしてくれていた」
そう、人型モンスター、ユニーク名はサムシングフェイルドだ。
なりそこない。異形の者。人と他の何かが混ざり合った怪物──憎悪に満ちた黒い眼球を、ザイオンは思い出した。
「俺を殺したのは、おそらく人型モンスターの一匹だ」
「そういうことだったの」
アメリアは笑みを浮かべたが、その表情は少し哀しげに見えた。
「今朝目が覚めたら訳がわからないことになっていた、という理由がわかったわ。私の父が今日貴方のところに行って、王太子になる話をしたでしょう? そこが、この世界の本来の出発点なの」
「出発点……?」
「雑魚戦でうっかり死んでしまったから、データを指定する暇もなく強制的に、出発点である一日目の今日に戻ってきた、ということね」
「一日目……? それは」
ザイオンは、マクシミリアンの墓を思い浮かべた。
「今日よりも過去に、時を戻せないということか……?」
「そこは考えなくていいわ」
アメリアが、項垂れるザイオンの肩に手を置いた。
「貴方が死んで戻ってきたせいで、自動的に新しいデータで世界が始まってしまったの。重要なのは、死ぬ直前の世界のデータが残っているかどうかよ。私が傍にいたのなら、データを保存したり時間を巻き戻す魔法に拘っていたはずなんだけれど、心当たりはない?」
「保存……?」
ザイオンは、アメリアの顔をじっと見つめた。
そうだった、と思い出す。
「保存魔法を実行していたのは俺だ。確かにアメリアは言っていたな。『朝の状態保存、戦いに挑む前の状態保存、そして決断前の状態保存。これが基本だ』って」
「やっぱり?」
アメリアは誇らしげになる。
「さすが私ね。内容を聞く限りではバグ──不整合なデータではあるようだけれど、そのデータから、貴方自身の世界に戻れるはずよ」
「不整合?」
その言葉が何を意味しているのか、ザイオンにはわからなかった。
「それは、元に戻れても、何かしらの不具合があるということなのか」
アメリアは、少し首を傾げて、考えながら言った。
「不具合……本来ならそうかもしれない。この世界には、決められた物語があるの。貴方の話は、その物語とは食い違っているわ。違ってはいるけれど、良い方向に乗り越えた別の世界のもののように聞こえる。だから、不具合とは呼びたくない」
彼女が話しているのは、この世界では本来生き延びるはずのなかった者たちのことだとザイオンは気づいた。
三歳で死んだマクシミリアン。
婚約破棄の後で行方不明になり、おそらくは命を落としたクロエ。
自殺したユージーン。
彼らがそれぞれ死ぬ運命に抗い、自分の元に来た過程を、ザイオンは記憶の中で辿った。
「……確かに、その通りだ。不具合なんかじゃない」
ザイオンはこれまで切れ切れに蘇っていた記憶を、時系列に沿って思い返すことができるようになっていた。
それは、埋もれていた魔法に関する知識まで、呼び起こしてくれた。
状態復元魔法──ユージーンが死んだ時、初めて時を戻した。古い盟約とやらに従って、忌ま忌ましい世界の神がザイオンの魔力と体力を根こそぎ吸い取っていき、酷い目に遭った。それを助けてくれたのが、アメリアだ。今回も同じことが起きるだろうが、きっと彼女がなんとかしてくれる。
「ありがとう。おかげで戻れそうだ。さすがアメリアだな」
笑みを零したザイオンに、アメリアは控えめ笑みを返した。
「お役に立てて、嬉しいわ」
「この会話は、記憶に残るのかな?」
ふと気になったのは、状態復元魔法を唱えた後のことだ。
ここにいるアメリアは、どうなってしまうのだろう?
「記憶というのはね、どこに仕舞ったのかという目次がなくなってしまえば、思い出せないものなの。貴方が死に戻る以前のことを思い出したのは、奇跡に近いわ」
アメリアは悲しげな顔になる。
「そして、今の私の記憶は貴方の保存したデータとは連続していないから、二度と表に浮かぶことはないでしょう」
「それでも……アメリアはアメリアだ」
両方のアメリアと会話したザイオンは、確信を持っていた。
「戦いに挑む前に、アメリアが指示したデータ名は何だと思う?」
ザイオンの問いに、アメリアは自信ありげに答えた。
「『最新』ね」
「当たりだ」
記憶があってもなくても、彼女は同じことを言う。
(そういう頼もしいところが、俺は──)
ザイオンは立ち上がり、考えを逸らした。
今は、元の状態に戻すことを考えなくては。
「後で会おう」
ザイオンの別れの言葉に、アメリアは微笑んで頷いた。
『§ システム.状態復元("最新") §』
鈴を転がすような音が頭上で響いて、気が付けばザイオンは、廃拠点の門の傍に立っていた。
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