3-12:再会
無理矢理に押し入った形になったため、公爵家は大騒ぎになった。
警護を担う私兵たちが駆り出され、満遍なく巡回が行われている。
ザイオンは公爵家嫡男の部屋に侵入して、窓から彼らの様子を窺った。
庭に潜んでいたままでは、すぐに炙り出されてしまっていただろう。
嫡男はたびたび家を抜け出して夜遊びに興じる享楽的な男であるため、具合の良い枝振りの木が部屋のすぐ外にあった。
窓は外から薄い板や枝を差し込めば、掛け金を外せる。
門番は金で買収していたはず──
そんなことまでなぜ知っているのか。
ザイオンは自分でも理解に苦しんだ。
邸宅の間取りも、彼は知っていた。
(しばらくここに住んでいた……ような気がする)
その時に知り合ったのが、アメリアだ──今の自分のものではない記憶が、そう教えてくれる。
アメリアの部屋は、嫡男の部屋からは少し離れていた。
明かりのない暗い部屋の中で、ザイオンは扉まで進み、廊下の様子を窺う。
人の話し声や足音は遠い。
そっと扉を開けると、彼は暗い廊下を進んだ。
どうやらカラドカス公爵家の家人は、一階に集められているようだ。
侵入者を警戒しているのだろう。
二階の壁に設けられた燭台の灯りは全て消されていた。
この時間なら普段はまだ灯が付いているはずだが、侵入者を阻止するため、灯りを落としているのかもしれない。
部屋の配置は把握しているので、見つからないためにはむしろ暗い方が都合が良い。
ザイオンはアメリアの部屋を探し当てると、扉をそっと開けて、中に身を滑らせた。
ベッドの下に身を伏せて、しばらく待つ。
こんな大騒ぎになるぐらいなら、公爵が北の離宮を訪れるのを待ってから、アメリアを連れてきてもらうように頼んだ方が良かったかもしれないと後悔の念を抱く。
何よりもアメリアが部屋に帰ってきて、不審な男が部屋にいることに気づいた時にどう反応するかが、恐ろしかった。
悲鳴を上げられ、冷たい言葉を浴びせられたらと思うと、居たたまれない気持ちになる。
考えてみれば、女性の部屋に忍び込み、暗闇に潜んで待つなんて、まるで良からぬことを企んでいる男のようだ。
(違うんだ。俺は、そういうのじゃなくて。ただ助けて欲しいだけなんだ)
廊下が明るくなり、扉の隙間から燭台の光が漏れてきた。
ザイオンは緊張して、ベッドの下に敷いてある絨毯を思わず掴む。
見つかった時の言い訳を幾つも考えてしまう。
(俺は、こんなに気の小さい男だったか……?)
扉を開け閉めする音が、連続して聞こえてきた。
ジャラジャラと金属音が響くのは、騎士たちが身に着けているチェーンメイルや腰に下げている剣が歩く度に擦れているかららしい。
アメリアの部屋の扉が開いた。
複数の足音がして、カンテラの灯であちこち照らしている様子がわかる。
「私には全く心当たりがないので、おそらく何かの間違いでしょう」
凜と響く女性の声だ。
アメリアだ、とザイオンは思う。
記憶にある通り、芯の強い女性らしい。
「君の名前を出したということは、何かを企んでいると考えた方がいい」
「そうかしら? 明るくて何も見えなかったそうなので、邸宅に入ったかどうかも確かではありませんわ」
(俺のことか?)
ザイオンはゆっくりと呼吸しながら、歩き回る足の位置を横目で眺めていた。カンテラの光がベッドの下を照らす。幸い大きくて広いベッド下は物置になっていて、予備のマットレスとチェストの間に紛れることができた。
(俺は今、絨毯だ)
そう自分に言い聞かせて、じっと耐える。
「君にもしものことがあったらと、心配でたまらないよ。用心し過ぎるということはない。どうだろう? 今夜は私の邸に避難してくるという案は?」
「まあ、エドウィン様。まだ式を挙げておりませんのに、そのようなことはお父様がお許しにはなりません」
「来週の結婚式が待ちきれないな」
「もう来週ですのね。でも情勢の不安定さを考えると、式は延期になるかもしれませんね」
「それは困る」
軽く、有機的な音がした。
(今……何をしたんだ?)
絨毯になりきっていたザイオンは、ふいに嫌な気分に襲われた。
「早く君を堪能したいのに」
「……エドウィン様」
アメリアの声が軽く咎める。
男が何か、不埒な真似をしたことがわかった。
不快感が強まっていくのは、盗み聞きしている気まずさのせいだろう。
「大丈夫なようです」
別の男の声が言った。広い部屋を歩き回って、カンテラで照らしていたのは、公爵家の私兵らしい。
「本日は父が途中で失礼することになって、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、とんでもない。私のために少しでもお時間をいただけて、光栄でした」
「このような状況ですので、ここで失礼しますね。お気を付けてお帰りください」
足音が、扉へと向かう。
一通りの別れの挨拶をした後で、扉が閉まり、軽い足音がベッドへと引き返してくる。
溜め息をついて、アメリアがベッドの端に腰掛けたのがわかった。
ベッドサイドに置いたらしいカンテラの光が、彼女の足付近を照らしている。
今ベッドの下から這いずり出たら、悲鳴を上げられるだろうか?
ザイオンはタイミングを計っていた。
緊張のあまり、呼吸が速くなる。
どの場所から出るのが良いかと、チェストの横から頭を出し、視線を巡らせて、ザイオンは気づいた。
逆さまの瞳が、じっと自分を見つめていた。
「うわわっ」
悲鳴を上げたのは、ザイオンの方だった。
物を薙ぎ倒し、急いで逆側へ這いずって行って、ベッドの下から転がり出る。
「お嬢様?!」
声を聞きつけたらしい誰かが、扉を叩いた。
「大丈夫」
公爵令嬢は、立ち上がってザイオンを見据えながら言った。
「少し大きめの虫がいたから、驚いただけよ」
彼女の面白がるような笑みを見返したザイオンは、転がり出た姿勢のまま身動きが取れずにいた。
ここで彼女を怯えさせて、助けを呼ばれてしまえば終わりだ。
話もできないまま、彼女はどこかに嫁いでいってしまう。
「侍女を呼びましょうか?」
「駄目よ……今夜は皆、自室から出ないように言われているでしょう? 虫の死骸は明日の朝、メイドに片付けさせるわ」
「……わかりました」
私兵の立ち去る足音が消えるまで、公爵令嬢とザイオンは無言で見つめ合っていた。
「驚いた……隠れるならここかしらと思って覗いたら、本当にいるんだもの」
ふっと笑って、アメリアが口火を切る。
「驚いたのはこっちだ」
ゆっくりと立ち上がると、できるだけ静かな声でザイオンは応じた。
「いや……すまない。こんな形で会いに来てしまって」
アメリアが目を見開く。
「ザイオンが謝るなんて」
その口調に、ザイオンは確信した。
初対面であるはずなのに、アメリアは自分を知っている。
間違いなく彼女は、記憶にある通りの女性だ。
「助けて欲しい」
アメリアなら、必ず力になってくれるはずだとザイオンは思った。
「今朝目が覚めたら、訳のわからないことになっていたんだ。どうすれば戻れる?」
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