3-11:断片化
マクシミリアンの墓の前に座り込んだまま、しばらくの間ザイオンは混乱して過ごした。
異変は今朝から始まった。
まるで、寝ている間に間違った世界に迷い込んでしまったかのようだ。
間違った世界──
自分自身にも違和感を覚えるが、最も違っているのはマクシミリアンに関することだ。
ザイオンの記憶の中では、マクシミリアンは生きていた。
なのに今は、たった三歳で、この冷たい石の下にいる。
こみ上げてくる感情を押し殺し、生きているマクシミリアンとどう過ごしたか、ザイオンは記憶の断片を辿り続けた。
自分が城に勤めていたことをおぼろげに思い出す。
(マクシーが王子で、俺は側近だった……?)
マクシミリアンは少し大きくなってからも、すぐに服を脱いで、木に登って逃げた。
王子を辞めたい、勉強は嫌だと言う。
ザイオンはいつも追いかけて、叱りつけた。
子どものうちは一緒に連れて行ってやれないから、この国で生き抜くには第一王子としての立場を利用するしかなかったのだ。
(一緒に連れて行ってやれない?)
ザイオンはしばらく考えてから、思い当たった。
(そうだ。その後、亡命したんだった。共和国へ行って……)
共和国で、マクシミリアンと二人で暮らしていた。
誰の干渉も受けず、命を狙われることもなく、平和な生活を送れることが嬉しかった。
そこにクロエが来た。
クロエは元ルグウィン公爵家の令嬢で──
今朝、カラドカス公爵が来て話したことを、ザイオンは思い出す。
『現在アレクサンドラ・ルグウィン公爵令嬢は行方不明で、拉致を目撃した者の証言によるとおそらくはもう、生きている望みはないでしょう』
あれはまさか、クロエのことか?
(共和国に亡命するんじゃなかったのか? ──どうなってる?)
陰鬱な面持ちで話していたエイブラム・カラドカス公爵の様子を思い出す。
茶色い髪に、グレーの瞳。
『なんて馬鹿な事を!』
ふいに蘇った、怒りに満ちた声にザイオンははっとする。
『なぜあんな者を生かしておいたの? あれが、貴方のお母様を誘拐した張本人なのよ? マシューの炎で焼き尽くして消し炭にするべきだったのに!』
茶色の髪にグレーの瞳の公爵令嬢。
母親の仇に対して、自分以上に怒ってくれた、アメリア・カラドカス。
誰かに似ていると思ったのも当たり前だ。
公爵は、アメリア・カラドカスの父親だった。
(アメリア……)
強い意志で皆を動かし、導いてくれる女性の記憶が鮮明になっていく。
(アメリアに会わなければ)
夕暮れを迎えつつある墓地で、ザイオンはようやく立ち上がった。
彼は、北の離宮への道を辿ると、更にその北へと向かう。少し距離を置いて、護衛の騎士たちが付いてくる。
城壁の最北まで来て、大きな木が根を張っている部分を覗き込んだ。
茂みのせいで隠れているが、根が城壁を突き破って、隙間が空いていた。
子どもの頃、ここを通り抜けて何度か外に出たことがあったが、今のザイオンには少し狭い。
ザイオンは自分の指を見た。
そこには何もない。
けれど、やり方を知っている気がした。
(そうだ。俺は……魔法が使える)
共和国へ亡命した後、独学で魔法を学んだ。
パラメーターはよく思い出せない──が、標的の基準点は、利き手だ。
『§ ¶消去 §』
手を触れた城壁部分の、掌ほどの大きさが消え失せた。
何度か繰り返して間隙を広げ、ザイオンは通り抜けた。
騎士たちの立つ場所からは、茂みの中に身を伏せただけのように見えるだろう。
城壁の外に出ると、彼は城を取り囲む緑地帯を辿り始める。
幸い、追ってくる者はいなかった。
***
カラドカス公爵家までの道を、彼は覚えていた。
幽閉されていた本来のザイオンなら知らないはずだ。
カラドカス公爵家にアメリアという末娘がいることも、ついさっき突然蘇った記憶だ。
ザイオンはカラドカス公爵家の裏手を探り、上れそうな場所がないか探す。
侵入防止のために高い壁が敷地を取り巻いていて、そう都合良くはいかなかった。
城壁と同じように魔法で壁を壊す方法が一番手っ取り早いが、ここは敵地ではなくアメリアの家だ。
反感を買わないよう、まずは穏便な方法を採りたかった。
彼は仕方なく正面の門に回った。
「アメリアに会いたい」
そう告げると、門番に不審そうな目で見られた。
とうに日は落ちて、他人の家を訪問するような時間ではなかった。
すぐに追い返されなかったのは、今朝着せられた服のおかげだろう。薄暗いカンテラの灯に照らされて、豪華なアクセサリーがキラキラと光っていた。黒地に金銀の刺繍があり、いかにも王族らしい装束だ。
門番は丁寧な口調で問い質してきた。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか? どちらの家門の方でしょう?」
「ザイオンだ。家門はない」
父親の名前は絶対に出したくなかった。
「ここは高貴な公爵家だぞ?」
家門がない、つまり貴族ではないと知った途端に門番は、横柄な口調になる。
「まずは手紙で約束を取り付けてから来てもらわないとな」
実力行使か。それとも出直すかと迷っていると、馬の蹄の音が近づいてきた。
馬が公爵家の正門前に到着する。
馬上から、貴族らしい男が慌てた様子で門番に声をかけた。
「カラドカス公爵様に急いで取り次ぎを!」
何か事件があったに違いない。
(そういえば、北の離宮から俺が脱走したな……?)
おかげで混乱に乗じて、中に入れそうだ。
ザイオンは怪しまれないように、そっと後ろに下がった。
貴族の男が馬を下り、門番が鉄の門を両側に押し開く。
誰何しないということは、顔見知りのようだ。
ザイオンは右手を掲げ、掌を背後に向けた。
『§ ¶環境制御{要素:光;量:100;距離:2;時間:60;} §』
ザイオンが子どもの頃、独力で辿り着いた魔法は ¶環境制御{要素:光} までだった。
その後偶然手に入れた魔法入門書で、細かいパラメータ設定があることを知った。その時の記憶が、戻ってきていた。
突然現れた目映い光に、振り返った門番たちが怯んだ。
六十数える間、彼らは逆光で何も見ることができないだろう。
ザイオンは、光を従えながら悠々と、歩いて門の中に入っていった。
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