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3番目の婚約解消⑩ ルカとフォーガス国

 アンジェリアとルルドが転移した場所は、フォーガス国の王宮内にあるルカの執務室兼休憩室だった。


 本来のルカの居住スペースは、王宮内の王族の私室が集まった場所にある。しかし、次期王太子としての勉強のため、事務方が集まるこの1区画で過ごす事が多かったのだ。今日も補佐のグレイと事務仕事に取り組んでいたところ、宝珠からアンジェリア不明が伝わってきた。


 今直ぐにでもコーション国に向かおうとするルカを、どうにかして羽交い締めにして必死に止めたグレイは、ルルドがサスティアル王国に戻った時には既に疲れて憔悴しきっていた。


「…あの、グレイさん、大丈夫ですか? なんなら今からでも伯母に連絡をとって、私を迎えにきてもらうことも…」


 アンジェリアはヘロヘロに疲れきっているグレイを気遣って、シャーナ公爵の加護を使おうか悩んだ。突然やって来て、明日の昼までお世話になんてあまりに厚かましくて恥ずかしくなったのだ。


「え…、そんな…アンジェはゆっくり過ごして良いんだよ? もうすぐこの辺りの部署も、人が帰ると思う。人が少なくなったら、僕の部屋まで行こう」


 ルカはアンジェリアに優しく微笑むと、グレイにアンジェリアの好きそうなお菓子を教え、用意するように伝えた。

 心なしかグレイに対して有無を言わさない態度をルカがとっているようで、アンジェリアは居心地の悪さを感じた。


「あの…、本当に突然来て申し訳ありません。どうか、お気遣いなく……」


 アンジェリアがグレイに謝ると、疲れながらもグレイは笑って答えた。


「アンジェリア様が本日ご宿泊されるのであれば、いくら極秘でも何かと手配がございます。大変申し訳ありませんが、今しばらくルカ殿下とこちらでお待ちくださいませーー後でお菓子をメイドに運ばせますね」


 グレイが静かにルカの自習室を出ていくと、部屋がやたら静かに感じてアンジェリアは落ち着かない。ふと、気がつくとルカはソファに座るアンジェリアの直ぐ横に座って、にこにこと笑いながら、アンジェリアの髪の毛をくるくるとひねって遊んでいた。


「ーー!ちょ、ちょっと、ルカ、近くない?!」


「そお? 数年ぶりに会えたんだ。 少しくらい気兼ねなく過ごしても良いんじゃない?」


 ルカはアンジェリアの言う事をまるっと無視して、さらさらとアンジェリアの髪に触り続けた。


「き、気兼ねなくって! ほら、もうお互いに分別を持った態度を、というか…」


 アンジェリアが恥ずかしさの限界を超えて、ソファからすくっと立ち、窓側に逃げるとフォーガス国の王宮庭園が眼下に広がっていた。


「わぁ! すごく素敵な庭園ね!」


「あぁ、ガーライドと同じ花が多いけれど、見せ方、まぁ、展示方法が独特なんだ」


 アンジェリアが庭園をうっとり眺めると、ルカが側にやってきて、窓の横のバルコニーにつながる扉を開けてくれた。


「私が外に出て、見ても大丈夫?」


「この辺りの部屋から、このバルコニーは目につきにくいし、庭園にいる人間に窓から話しかけられないだろ?」


 アンジェリアもルカの説明に納得し、バルコニーから庭園を見てみようと外に出た。すると風にのって、みずみずしい草木の匂いが薫ってきた。


「きれいな庭園ね! 本当に変わったデザインで素敵だわ!」


「建国した魔法使いが庭園の基礎を作ったと言われていてね、風変わりな珍しい庭園なんだ」


 ルカの話の通り、フォーガス国の庭園は変わった作りをしていた。噴水の上に緑が溢れ、大きな人工滝の側には半温室のような建物もある。

 独特な世界観にアンジェリアの目はキラキラ輝いて、興味津々だった。


 ーーーーあー、出来れば庭園を散策したい!


 ルルドから人目につかないようにと忠告を受けていたため、残念ながら今回は諦めようとアンジェリアは肩を落とした。

 そんなアンジェリアの手を取ると、ルカは庭園の横にある生け垣の向こうを指差した。


「あっちは、王族専用の庭園が広がっているんだ。こちらほどではないけれど、散歩してみる?」


 ルカはそう言うと、庭園の端から続く小路にアンジェリアを案内した。アンジェリアは誰かに見つからないか心配だったが、ルカに手を引かれ、生け垣までやってきた。

 そこには、不思議な模様の石の扉がついていたが、ルカが手をかざすと、音もなくゆっくり開いた。


 ーーーー重そうな扉なのに、浮いているみたいに滑らかに開くのね


 ルカとアンジェリアが扉をくぐると、扉はまた元の閉まった状態に戻った。


「うわー! なにこれ? すごすぎるわ! 花のアーチが浮いているみたい!」


「不思議だよね? 特殊な栽培方法で門外不出なんだよ」


 目の前に広がる色とりどりの庭園の通路の上を、花のアーチが囲んでいる。ここはサスティアル王国なのかと勘違いしそうな程の光景が広がっていた。


「見て! ルカ! あのお花見たことない!」


 アンジェリアが指差した先にあったのは、七色の花弁を持つ不思議な花だった。


「あぁ、フォーガス王家に受け継がれている花なんだ。今は王妃殿下が管理をされているんだよ」


「そうなんだ! とてもきれいで、美しい花ね……」


 七色の不思議な花を下から見上げて、アンジェリアはあまりの美しさにうっとりした。


「あら? ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」


 突然かけられた声にアンジェリアが慌てて振り返れば、アンジェリアの母親程の年齢の気品溢れる女性がこちらを見ていた。女性の横には良く似た顔の若い女性もこちらを()()()()()()()()


 ーーーーっ! 誰?!


 いきなり感じた頭の痛さにアンジェリアは驚くが、ルカはアンジェリアの変化には気が付かず、女性達にアンジェリアを紹介しだした。 


「アンジェ、こちらはフォーガス王妃殿下。王妃殿下、我が宝珠に庭園を案内しておりました。彼女が我が宝珠、アンジェリア=コーディルです」


 ーーーーフォーガス国の王妃殿下?!ちょ、ちょっと、私がここにいるのバレちゃ不味いのでは?!


「あっ! あの! ア、ア、アンジェリア=コーディルと、も、申します。お、お会い出来て、光栄ですっ!」


 アンジェリアがどぎまぎしながら、フォーガス王妃に挨拶をすると、彼女は優しく微笑んで頷いた。


「女の子を全く受けつけないルカ様が、可愛らしいお嬢さんを連れていると思えば、宝珠のお相手でしたのねーーお会い出来て嬉しいわ。私はユナ=フォーガス、この国の王妃よ」


 フォーガス王妃はアンジェリアに挨拶すると、ルカに向き合った。王妃の横にいる若い女性は未だにアンジェリアに対して眉間を寄せて睨み続けている。


「ルカ様、もしかして、宝珠のお力でアンジェリア様をお呼びしたのではない? 私も若い頃、危険が迫ったとき陛下の宝珠に助けられたことがありましたもの……アンジェリア様にも何か危険なことが?」


「えぇ、少し複雑な事情がございまして、明日まで彼女を保護する事になりました。どうかこの事はご内密に…」


 フォーガス王妃はおっとりした口調ながらも、ルカに確信をもって質問した。そして、突然現れたアンジェリアを心配そうに気遣った。

 ルカは詳細を説明しようとはせず、アンジェリアを明日まで匿っていることを伝えた。フォーガス王妃に失礼とも思われる態度だが、彼女は不機嫌になったりせず、にこりと頷いた。


 ーーーーまさか、サスティアル王国の転移魔法を失敗しちゃった、とは言いにくいものね…


 アンジェリアは己の魔法の失敗談を隠したことで、少し居心地の悪さを感じた。そして、ふと鋭い視線を感じてフォーガス王妃の横にいる女性と目があった。


「あの…貴方様は…」


 アンジェリアがこちらを睨み付ける女性におずおずと話しかければ、彼女は待っていたかのようにアンジェリアに鋭い言葉を投げつけてきた。


「この庭園にいるのだから、王族に決まっているでしょ? 私はフォーガス国王陛下の娘、コーナー=フォーガスよ! 宝珠だがなんだか知らないけれど、勝手に国に入り込むなんてーー」


「コーナー!!」

「ーーなんと、言った?」


 コーナー王女がアンジェリアを攻め立てる様子に慌てた王妃が止めに入り、コーナー王女の言葉を制した。それでも、コーナー王女はアンジェリアへ不快さを隠すこともなく、キッと睨んでいる。

 ルカは突然始まったアンジェリア批判に、怒りに満ちた表情をコーナー王女に向けた。


 ーーーーあぁ、王女様だったのね……それも、きっと、ルカを好きな…


 アンジェリアは直感的にコーナー王女のルカへの想いを感じて、なんと言葉を返せば良いのか言葉を探せなかった。


「!? ーーだって! ルカ様!!」


 アンジェリアが黙った事でルカに睨まれたと感じたコーナー王女は、必死にルカの腕にすがり付こうとするが、ルカにパッと腕を離された。


「2度はない、我が宝珠アンジェに対して、態度を改めなければ我が敵と見なす」


 取りつく島のないルカの言葉に、コーナー王女は顔を青ざめてさせたが、アンジェリアへの謝罪はなかった。コーナー王女は瞳に涙を浮かべると、ドレスをバッと翻して、その場から去っていった。


「アンジェリア殿、娘が申し訳ありません。ルカ様の宝珠はフォーガス国にとっても宝です。なのに、あのような……、後できっちり言っておきますので、ルカ殿、何卒ご容赦を」


 フォーガス王妃はアンジェリアに謝ると、ルカに深々と頭を下げた。

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