3番目の婚約解消⑤ ルルドの暴走
ルルドの怒りはもっともだった。前コーション国王を暗殺したルーシの母親である側妃。その側妃にはアンジェリアはまさかの冤罪をかけられそうになったのだ。
誰がルーシにアンジェリアが側妃を陥れたと嘘を教えたのか。アンジェリアは驚きと共に、コーション国における自分の立場の危うさを感じた。
ーーーールーシはカイル殿下とも手紙をやり取りしているから、そんなデマを?
ルーシの一番上の兄のカイルは側妃に育てられ、側妃が幽閉された後も、王城に残った。弟のレオンのように国の中枢を離れて再教育はされていない。国の中心で、未だに多いベイガザード王国側の貴族に担ぎ上げられている存在である。
ただ、ルーシとの交流には後見人のダイアナの監視がついている。カイルとの手紙の内容もチェックをしているはずだ。
ーーーー手紙以外で、ルーシとカイルが接点を持っているということは…
アンジェリアはオルソン公爵領なら安全だと気を抜いていたが、カイル側の人間がオルソン公爵の屋敷にも潜り込んでいる可能性がある。
アンジェリアが思いに耽っている横では、ルルドが怒りのあまりに、直接ルーシを処罰するのではないかとダイアナがひたすら謝罪を繰り返していた。
「も、申し訳ございません! そのような考えをこの子が持っているなんて知らず!! 私共の教育が至らなかったばかりに…! どうか、今回に限りご容赦を!!」
「うーん、嫌だね。5年前も兄上にそんな言葉を繰り返して、コーション国は許して貰ったんじゃないの? 僕は兄上ほど、甘くないよ…?」
ルルドがダイアナに向かって睨みを効かせると、ダイアナは地面に崩れ落ちた。だらだらと汗を流し、もがき苦しんでいる。それを、侍女達がどうにか止めようとするが、みんな膝が恐怖でガクガク震えて力が入らない。
「…、ぁ、アンジェ! ちょっと!」
ルルドが気づかないように、こっそりアンジェリアに近づいたマリアナが肩を叩くと、アンジェリアはふと、我に返った。
ーーーーもしかして、私もルルドの思考低下の力を受けていたの?!
アンジェリアは気がつかない内に、ルルドの魔力を受けていたらしい。ルルドに勝手に、思考を歪められてアンジェリアは面白くない。
むっとしながら、ルルドを見遣れば、ダイアナに膨大な魔力で苦痛を与えている信じがたい光景だった。
「ーーっ! ル、ルルド!! ちょっと、止めなさいって! 私は全然気にしてないんだから!」
オルソン公爵夫人ダイアナに何かあれば、流石に国際問題が勃発しかねない。アンジェリアが慌てて直ぐに止めに入ったが、ルルドは一向に力を止める様子がない。頼みの綱のナサルもすました顔で、ダイアナと乳母が苦しんでいる光景を眺めていた。
ーーーーどうしよう! このままでは、ダイアナ様が死んじゃう!
どうにかしなければと、アンジェリアは周りを見渡すが、サスティアル王族の力に圧倒されてか、または、魔力でコントロールされているのか、動く気配を感じなかった。
ーーーー私が、どうにかしなきゃ!
横を見ると、マリアナが恐怖で涙が溢れていた。アンナも真っ青な顔で状況を見ているしかない。
ーーーールルドを、ダイアナ様とルーシから離さなきゃ!!
けれどもアンジェリアは焦るばかりで、全く妙案が思い付かない。だから、物理的にルルドの視界から2人を外さなくてはという動物的な直感に従うことにした。
そう、思いっきりルルドの腕を引っ張って、無理矢理にこの場から引き離す事にしたのだ。しかし、アンジェリアよりも4歳歳上のルルドは、急にアンジェリアに腕を引かれて驚いたものの、びくともしない。アンジェリアはしびれを切らして、猛然と怒りをルルドへぶつけた。
「もう! いい加減にしてー!!!!」
アンジェリアが叫びながら、ルルドを渾身の力を込めて引っ張ると今度はあっさりルルドの体が傾いた。アンジェリアが喜んだのもつかの間、急に視野が霞出す。
「えっ?! ちょ、ちょっと! ルルド、何これ?! と、止めて!!」
慌ててルルドにアンジェリアはすがるが、ルルドは困惑した顔でアンジェリアに揺さぶられるままになっている。
「…あ、アンジェリア様ーー!!」
アンナがどんどん霞んでいく視界の中、どうにかアンジェリアを助けようとするが、なかなか手が届かない。アンジェリアとルルドはすでに半透明になって消えようとしていた。
ーーーーちょっと! これ、ほんと、どうにかしてーー!!
◇◇◇◇◇
目映い光の中、気がつくと、アンジェリアはどこか得体のしれない空間にふわふわっと漂っていた。横にはアンジェリアが腕を掴んで引っ張ったままのルルドが困惑顔でアンジェリアを見ている。
「ーー、リア、ここはどこだい?」
ーーーー!! それ、私が聞きたい!!
アンジェリアは、急に検討もつかない場所にルルドを連れて来たと分かり、背筋か冷たくなった。
「…、やっぱり、ルルドもわからない? 実は…、私も検討がつかなくて…」
「…」
周りは果てしない雲の上にいるように、真っ白な空間が広がっていた。もちろん、案内人などいなく看板もない。
はぁーっと、アンジェリアの横で大きくため息をついたルルドは、がしがしと頭を掻いた。
「おそらく、リアは知らず知らずに、転移魔法を展開したんだと思う。恐らく、僕のことを止めようとして…。僕をダイアナ殿から引き離そうとしたんだろう? それで僕も巻き込んで、この空間にやって来たんだと思う…。リア、さっきは、本当にごめん」
さっきまでダイアナに膨大な魔力を発していた冷酷な人間とは思えないほど、ルルドは項垂れてアンジェリアに謝った。
「あれは本当にビックリしたんだよ? でも、ルルドは私のために怒ってくれたんだよね? それは、嬉しかったんだ。うでも、謝っている人に魔力をぶつけるのは、なんだか違うと思うの。相手はコーションの王族だし、戦争に繋がったら悲しいもの」
「参ったなぁ…、リアは本当に心が綺麗過ぎるーー分かったよ、リア。今度からは気をつけるようにするから…」
アンジェリアが素直な気持ちをルルドに伝えると、ルルドは苦笑しながらアンジェリアの気持ちを汲み取ってくれた。
「さて、後はここから脱出する方法を探さなくてはね? 僕の想像なんだけど、これは、リアの魔力が空間と空間を繋ぐ中間地点なんだと思うんだ。本来、リアの転移魔法の出口であるはずのサスティアル王国側はまだ準備段階だ。だから、今は他の出口を探さなくちゃいけないと思う」
ルルドはそう言いながらも、サスティアル王国のアランに連絡を取ろうと魔力を展開するが、失敗に終わった。
「うん、本当に自力で出口を探さないと、ダメみたい」
アンジェリアは申し訳なさと気疲れで、ガクッと肩を落とした。
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