フォーガス国③ まじないの国
この話で間話~フォーガス国編は終わりです
通常であれば、国のトップである王座は、覇権争いの最たるものだ。ただ、呪いを司るフォーガス国は他の国とは異なっていた。
そもそもフォーガスの建国となった始祖が、他の国のように英雄だとか、元々の土地の主ではなくて、魔法使いだったとされるからだ。遠く古に、フォーガス国となった地域で疫病が流行った際、他の地域から武力で制圧されそうになったのを、その魔法使いがはね除けたのが起源とされている。
その魔法使いが何処からフォーガスの地に来たのかは定かではない。ただ、たった1人でその土地を守る程の魔力を有していたとの記述が歴史書にあるのみだった。
今のフォーガス王家には、開祖の魔法使いから受け継いだ魔力が細々と呪いの力として残っている程度である。それに、国王には、今はもう国全体を守る程の魔力を持ち合わせてはいない。それでも、フォーガス王家には言い伝えがあり、呪いの力をもたない者は、王になるべからずとされていた。
それは、十数代前の戴冠式の際、呪いのもたない王族を国王に指名したところ、国中に竜巻が起こって1ヶ月間程、嵐が続いたという記録が残っているためである。今でも、当時の被害状況を伝える石碑がフォーガス国の各地に残っていて、国民は天災を抑えるためにも国王に特別な力を求めていた。
それからというもの、国王になる者は戴冠式で呪いを国民に披露し、国の繁栄等を願うことが必須となっている。
現フォーガス王太子は、弱いながらも呪いの力をもっていたが、体が弱く国政を担う程の体力はない。そして、その王太子の息子と娘には呪いの力が全くなかった。そのため、フォーガスの国民は、国王の崩御とともに国が荒れるのではないかと秘かに恐れていた。
「もう少し時が来れば、従兄殿達にも呪いの力が宿るのではないでしょうか?」
フォーガス国の元王女である母親とルカは、フォーガス国の宰相や大臣、高位官僚らに囲まれていた。そして、嫌になる程の長い時間を次期国王は誰にすべきかを延々と議論していた。
「我々も文献を調べて尽くしましたが、過去に10歳を越えて呪いの力を手に入れた王族はおられません。念のため、王家の呪いの力を有する人間を、フォーガス国中探しましたが、1人も見つかりませんでした。」
大臣は溜め息をつきながら、ルカの質問に丁寧に答えた。ルカの横には母親のセーシル公爵夫人もいたが、国をまとめるほどの呪いの力はない。若い頃、セーシル公爵に宝珠を作るのもやっとのことだったそうだ。
そのセーシル公爵夫人であるルカの母は、成人ではないルカのために会議中ずっと付き添いとして黙って座っていた。
ーーー母上は、王座が私に回ってくると知っていてフォーガスに連れて来られたのか?!
ルカは、じとーっと、セーシル公爵夫人に疑いの視線を向けた。ルカが自分を疑うと分かっていたのか、彼女は会議に入ってからは、横に座った息子の視線に気付かぬふりを貫いていた。
「王座を空席にすることは絶対にできませぬ。どうか、ここはフォーガス国に籍を移し、国を導いて下さらぬか」
フォーガス国の年老いた宰相は、そう言うと悲壮感漂う顔で、まだ少年であるルカに深々と頭を下げた。
会議室には現王太子妃も出席しているが、その子供の2人は主席すらしていない。既に次期国王は決まったかのような扱いにルカは眩暈を覚えた。
「ーー私も将来的に国王は、その少年で良いと思うーーいやぁ、少年、やっぱりまた会ったね」
ルカと議会が次期国王を巡って膠着状態の中、急に間の伸びた声で、会議室の扉をーーすっーと透けて1人の青年が入ってきた。
「ーー!? こっ、これは! アラン殿下!!」
侵入者の青年を見たとたん、フォーガス国の重鎮達が慌てて席を立ち、深々と頭を下げた。大臣達は慌てふためき、騎士に椅子を用意するように指示を出した。けれども、騎士達は扉を抜けるという人外な魔法を初めて目にし、動揺して体が動かない。
ゆっくりではあるが、セーシル公爵夫人もアランに対し腰を折った。会議に呼んでもいないのに、アランが顔を出したため、セーシル公爵夫人は些か不満げな顔をした。
「お久しぶりですね、ガーライドのセーシル公爵夫人。コーディルの屋敷で会った以来か?」
「えぇ、ご無沙汰しておりますーーアラン殿下につきましてはご機嫌麗しゅう…」
「ご機嫌は全然麗しくないよ、夫人?ーーサスティアルは2回も、そこにいるルカ殿のせいで、アンジェリア姫を逃しているのだからね?」
アランがセーシル公爵夫人の挨拶を遮るという、いきなりの不穏な展開にその場にいた人間は固唾を飲んだ。何か失礼があってはいけないと、フォーガス国の重鎮達は冷や汗を流し、じっと2人のやり取りを見つめた。
「あら? 何の事だか分かりませんわ?」
セーシル公爵夫人がアランの言葉にとぼけて答えると、アランは人相の悪そうな顔をして言い返した。
「おや? 1度目は、サスティアルとコーディルの縁談を邪魔し、2度目は、ルカ殿が我が従妹アンジェリア姫に、勝手に自身の宝珠を渡したーーそれを貴方は気がついていないとでも?」
セーシル公爵夫人とアランが刺のあるやり取りを始め、大臣達ははらはらと話の様子を伺っていたが、ルカの宝珠の譲渡の件は寝耳に水の出来事で、会議室にかなりの衝撃が走った。
「!! な、なんと!! 既に宝珠を、議会の承認なしに渡してしまったと?!」
髭を生やした宰相補佐が悲鳴に近い声をあげたかと思えば、それに続いて次々と宝珠を渡したアンジェリアに対する批難を始めた。
「なっ、なんて事を!! コーディルの娘は、コーション国の人質ごとき娘ではありませぬか?!」
「かの娘は、社交にもろくに出ない! コーディルの出来損ないとも聞くぞ!!」
「そのような娘に宝珠が渡ったとなれば、フォーガス国に対するなんたる侮辱!! フォーガス国の王妃に相応しいとは言えぬ娘ではないか!!」
先程までの静まり返った会議室が嘘のように、大臣や重鎮達が口を揃えて、宝珠譲渡の批難を始め出した。
宝珠譲渡はフォーガス王族が、人生で1度だけ伴侶を決める、変更の効かないものである。それを議会への相談なしに、ルカが勝手にアンジェリアへ渡したと、年老いた者達が国を憂いて騒ぎ立てた。
今後、フォーガス国の国王を担えるのはルカだけなのだ。それなのに、未来の国王を宿す可能性のある女性は、フォーガス国から遠く離れたコーション国で人質になっている。批難轟々なのは致しかないとも言えた。
そんな一気に紛糾した議論の中、ルカは怒りを抑えながら黙って議会の会話を聞いていた。ルカの頭の中は、ルカの行動とアンジェリアの批難をした者達の顔と名前を忘れまいと必死だった。
それをアランは面白そうに眺めていた。
ーーー従妹殿は、面白い少年を選んだようだ…ふむ、これは、面白いかもな
アランは宝珠の話をわざと出してから、魔術を使って、会議室にいる者達の意識から己の存在を消していた。魔術をかけられた者達は、やや目が虚ろになったり、少し瞳が濁っている。
それは、大臣達の本音をルカに見せたいと言う、アンジェリアをとられた事に対するちょっとした悪戯でもあった。
ーーパン、パン、パン…
一通り、意見が出たところで、アランは手を鳴らした。大臣達は、はっと我に返り恐ろしいものでも見るようにアランを恐々振り返る。
「ーー!! これは、その! アラン殿下の、従妹殿を批難しているのではなくて…!!」
フォーガス国の重鎮達は、アンジェリア=コーディル公爵令嬢がサスティアル国王の姪ということに、意識がたどり着いたらしい。皆、顔を真っ青にして、アランの表情を伺っていた。
アランがルカとその母親以外の人間の意識を混濁させたことで、大臣達の本音が垣間見えてしまったのだ。つまりは、今、会議室にいる大臣達はアンジェリアが人質に出される程度の娘だと悪意のある噂をそのまま鵜呑みにしていたのがばれてしまったのだ。さらには、フォーガス国王妃には相応しくないとまで、ルカやアランの前で断言してしまったのだ。
一方、自分達が魔術を使われたと気づかない、大臣達はサスティアル王族を侮辱したとならば、どんな叱咤を受けるのかと、その場にいた者は生きた心地がしなかった。大量の汗を流し、ブルブルと震え出す者も出てきた。
「ーーそう、知っての通り、従妹のアンジェリア姫は、我がサスティアル王族に連なる者だ。どんな批難も受け付けないーーー私は、アンジェリア姫とルカ殿はお似合いと思うが? サスティアル王国としては、今後もアンジェリアへの協力は惜しまないと決めているのだーーまぁ、嫌なら、フォーガス王家はこれまでの代でお仕舞いさ」
アランがにこりと微笑むと、会議室のメンバーは静まり返った。自分達が選出した操りやすい王妃よりも、世界最強のサスティアル王国の協力が得られるアンジェリアの方が良いーーだが、その分、サスティアル王国にフォーガス国が乗っ取られないか不安に駆られ始めた。
アランの魔術を間近に見ていたルカは、暗唱なしで簡単に人間の意識を混濁させるアランをみて、畏怖を感じていた。サスティアル王族が世界最強だと言われるのを肌で感じる。
「異議はないようだ。 では、そうだな…、ルカ殿に、しばらくは今の王太子の補佐をやってもらおうーーその次の王太子、ゆくゆくは国王というプランでいこうでないか?」
会議室が静まり返っていることを良いことに、勝手にアランはフォーガス国の今後の方針を決めようとしていた。その暴挙を止めようと大臣達は口をパクパクしているが、皆サスティアル王国が恐くて反意を示すことができない。
セーシル公爵夫人は、ルカが近々王太子になるのには賛成のようで、にこにこと成り行きを見守っている。
それまで、アランの魔術と会議の流れを唖然と見ていたルカは、耳元で目には見えない鈴がチリンーっと鳴る音が聞こえた。すると、突然ハッと意識が浮上して、思考がクリアになる。
「ーーっ! 勝手に未来を決められるのは、ご遠慮願いたい!!」
「ーーおや? おや? 従妹殿の力が影響したのかな? ルカ殿はねんねから起きてしまったようだ」
急に席から立ち上がり、怒りを示したルカの様子にアランは非常に残念そうに息をついた。どうやら、アランがルカの気付かないうちに魔術をかけていたようだ。ルカはムッとしたが、アランとその事で遣り合っても、とぼけて逃げられることは付き合いが無くとも何となく分かった。
「私はフォーガス国の王位に興味などないのです! 私にはそんな暇はない!」
ルカはフォーガス国の将来よりも、コーション国に人質に出されてしまったアンジェリアを取り戻す事を優先したかった。そのため、腰を据えてフォーガス国王を支える役目など担えないと思ったのだ。
そんなアランに反抗的なルカの態度を周りで見ていた大臣達は、顔を青くして息を詰めて見ていた。サスティアル王国に逆らい、不興を買うと恐ろしいことになると怯えていたのだ。
「ふむ…、思ったよりも、君は短気なのかな? コーション国から従妹殿を取り返すには、ガーライド王国の公爵の位では弱く難しいということだ。一国の王ともなれば、我が父、サスティアル国王もご安心なされるとおもうが? …しかし、君がこの提案を退けるのであれば、従妹殿は我が弟のルルドにでも渡してもらおう。私は従妹殿が幸せになれれば、それで良いのだ」
「ーーっ!」
アランの弟にアンジェリアを嫁がせる発言に、ルカは言葉を無くして立ちすくんでしまった。
アンジェリアがコーション国に嫁ぐどころの比ではなく、サスティアル王国に嫁いでしまえば2度と会うことも出来なくなってしまう。
アランの言葉にルカが絶句するのを見て、アランは可笑しそうに笑った。
「なぁに、ルカ殿がフォーガス国で力と地位の確立を目指すならば、我がサスティアル王国は全力で君を支えようではないか。これは君にとっても、我が従妹殿にとっても悪くはないであろう?」
少し悪い笑顔を浮かべるアランに、ルカは対抗する言葉が思い付かなかった。
会議はアランの独擅場となり、近くルカはフォーガス国へ移り、現王太子の補佐に当たることになった。
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