2番目の婚約解消⑬
セーシル公爵がーー大丈夫かね?ーーと問うのでアンジェリアは大きく頷いた。
セーシル公爵に今、詳細を直接聴かなければ、アンジェリアがまだ幼いという理由で、二度と話を聞けなくなるのではないかと不安になったのだ。
「ザイゼル草というのは、その残酷な効能から、悪魔草と呼ばれている。1度ザイゼル草を口にすれば、その死から逃れられない。飲めば、直ぐには死に至らずに長い時間をかけて臓器が腐り、目に見えて衰弱していくーー、気の遠くなる期間、死の苦しみを味わうことになる」
「ーーそれが、ライアルト殿下に使われたと?」
あまりに残酷なザイゼル草の毒性に、アンジェリアは自分の手の先が冷たくなり、細かく震え始めた。
「あぁ、サスティアル王国の医術師にライアルト殿下を極秘に診察して頂き、確認済みだーーー先程の猫に使われたのもザイゼル草だが、若葉のようだね。ザイゼル草は未成熟だと急毒性が強くなる。ほんの微量、数滴に満たない量であっても、口にすれば直ぐに死に至るのだ」
セーシル公爵の話を聞き、ザイゼル草と死んだ猫を最初に見つけたマリアナは、顔が真っ青になり倒れそうになった。横に立っていたアンナは慌ててマリアナを支え、少し離れたベンチへ連れていった。
「女性には少し気分が悪くなる話だったねーー、アンジェは大丈夫かな?」
アンジェリアの侍女が側を離れてしまったため、一度セーシル公爵は話を止めた。アンジェリアは、マリアナと同じくひどく気分が悪かったが、何が起きてるのか知りたいという気持ちの方が強く、セーシル公爵に話の続きを頼んだ。
「お願いしますーーー、何が起きているのか知りたいです」
アンジェリアの真剣な表情に、セーシル公爵は目を細めて感心した。
「アンジェは、とても強くなったようだねーーザイゼル草の話を続けようーーザイゼル草は世界で最も強い毒性をもっている。過去には、いくつもの王族がザイゼル草により暗殺されてきた。昔から何度も、世界から根絶をしようとしてきたが中々撲滅に至らなくてね。そんな時、民間人がザイゼル草によって大量虐殺される事件が起こった」
ーーもう、300年程前の事だーー
セーシル公爵は1度深くため息をついて、少し考えてから話を再開した。
セーシル公爵によると、ザイゼル草の大量虐殺は300年程前にフォーガス国で起きたらしい。呪いの力のない王族が王位を望んだが、国が荒れてしまうと大変な反対にあったらしい。それでも、王位を諦めきれなかったその王族は、己に反対する勢力の貴族や隣国の力を削ぐ手はないかと考えに考えた。
その結果、ガードの硬い貴族や隣国の王族ではなく、その領民や国民へ牙が向いた。ザイゼル草の若葉の抽出液は、微量でも毒性は高い。その毒液を生活用水として使われている井戸や貯水地にまいたのだ。瞬く間に、領内中、国中の老若男女問わずザイゼル草の毒で倒れていった。
反対勢力が、弱まったことでフォーガスの王族は念願の王位についたが、今度はフォーガス王族に伝わる呪いの力によって未来を阻まれる事になる。説明のしようのない天変地異が国中で起き、国土が荒廃したのだ。
そして、大陸の政治に関心や干渉を持たないサスティアル王国も、罪のない人間が犠牲となった大量虐殺を見過ごすことはしなかった。直ぐに、毒液で汚染された生活用水を魔力で浄化し、その首謀者となるフォーガス王族を捕らえ処刑した。
その際に、首謀者の王族の親族のほとんどが投獄等にあったが、幼い子供は追放となり世界中に散っていった。
ザイゼル草に至っては、その致死率の高さから世界中でその栽培や、乾燥させた草、抽出液の所持は有無を言わさず、直ぐに極刑にする事との採択が国際間で結ばれた。
「ーーなぜ、今になってザイゼル草が使われたのでしょう?…側妃様の猫に使われたのは、若葉とか…ならば、誰かが隠れて300年もの間、栽培していたということ…?」
セーシル公爵の話が途切れ一息ついた。アンジェリアは、フォーガス国の意外な歴史に驚きつつも、ザイゼル草が今まで誰にも見破られず栽培されていたことを不思議に感じた。
「良いところに気がついたねーー300年を超える国は、大陸中にそう多くもない。そして、禁止されている毒草を、長年隠れて栽培するのは容易ではあるまいーー国交を閉鎖的にするか、中立を立てに干渉を拒むかーー」
ーーー!!まさか!!
アンジェリアは、セーシル公爵の言わんとしている事に気がつき、絶句した。
「アンジェも気がついたようだね、そう、エステリア国だ。我が国の諜報部からも情報が上がってきておる。かの国は建国300年程前、どこかしらの王族の傍系が豪族と手を組み建国したらしい。が、どこの王族か極秘のまま。そして、中立の立ち場を立てに、国交は限定的だ」
数滴で多くの人間を殺すとされる毒草を平和で穏やかと伝え聞く小さなエステリア国が、密かに栽培していたことに、温室でセーシル公爵の話を聞いていた人間は凍りついた。
「では、カステール侯爵家の馬車がベイガザード王国に、エステリア国の貴族と間違って襲われたのも!」
友人のマチルダの従姉妹が殺害されたのも、ベイガザード王国がザイゼル草の情報をどこからか得て、エステリア国を狙ったのではないかと、アンジェリアは思った。
「私も、恐らくアンジェと同じことを考えておる。ライアルト殿下の服毒をベイガザード王国が感づいたのだろう。症状が特徴的だから、ザイゼル草を疑った。この大陸でザイゼル草を保有できそうな国を片っ端から探ったのかも知れぬ。そして、エステリア国だとおおよその目星がついたのだろう。エステリア国を取り込めば、ベイガザード王国はコーション国の包囲網を固めることも出来る」
セーシル公爵の推測によると、ライアルト殿下の毒殺計画に少なくともエストリア国が荷担したという事になる。そして、多くの人間の推測とは異なりベイガザード王国は毒殺計画に荷担していなく、魔法石を獲たいがためにコーション国を脅している事になる。
ーーーどういうこと?今回の側妃様の猫の毒殺もエステリア国の仕業なの?!
アンジェリアは、エステリア国が緑豊かな穏やかな国だと信じていたのに裏切られた気持ちになった。また、側妃とエステリア国が繋がっているのではと考えると恐怖心が沸いてきた。
セーシル公爵は震えるアンジェリアの手を優しく包むと、ルカのブレスレットに何やら力を込めた。
「ルカにアンジェリアの動揺が伝わっているーールカが、心配すると厄介ーーいけないからねーー少しの間、石の力を閉じさせてもらったよ」
「ルカに私の気持ちが伝わるのですか?」
「ブレスレットからはルカの存在を強く感じるからね。おそらく、アンジェリアの考えまでは伝わらなくとも、気分の浮き沈みは分かっているはず」
ーーさあ、落ち着いてーーと頭を軽く撫でた後、セーシル公爵は立ち上がり、護衛達に証拠となる毒草の処理を命じた。




