2番目の婚約解消⑩
「ルカはね。物心ついた時から、自分の貴族的な立場だけを考えて行動するような子供だった。自分の気持ちや願望を表にあまり出さない様に育ってしまったんだよーーー」
セーシル公爵は、アンジェリアのことを見つめながらも、さらに遠くを見ているような瞳で、おもむろに昔話を始めた。
「親として恥ずかしい限りだがーーあれは、いつの頃かな? ーーーそうそう、たしか、王宮の第三王子の側近候補を集めた子供たちの集まりに参加した時だ。初めて、ルカが宝物を奪われてしまうと泣きながら帰宅たんだ」
ーーー第三王子の側近候補を集めた会って、確か1回参加したきりで、お父様が参加を取り止めたーー
アンジェリアはうっすらと頭の片隅にあった記憶を思い出していた。アンジェリアも、王宮の子供たちの集まりに1度だけ参加していた。同じ位の子供がたくさんいて、お菓子やおしゃべりを楽しんだ覚えがある。
「アンジェは初回以降、不参加になったね? ーーあれは、ルカの初めての我が儘のせいだったんだよ。自分の大切な女の子を誰にも取られたくない。だから、王宮の集まりに彼女を参加させないで欲しいと訴えられてねーー」
「ーーーえっ?」
ーーーそれって、もしかして…
セーシル公爵の話の中の女の子が自分だと気がつき、アンジェリアは驚いて公爵を凝視した。
アンジェリアは、当時、楽しかった王宮での集まりが自分だけ今後は参加できないと聞いて、姉のセライアと2人で父親に抗議しに行った記憶がある。
「ルカとアンジェは、アンジェが産まれた時から一緒に過ごしてきたね? ーーールカがまだ乳飲み子の時に、1度はアンジェの姉のセライアも、ルカのお嫁さん候補に上がったんだよーーーでも、2人は後から産まれたアンジェが可愛くてしょうがない様子でーーアンジェを2人で奪い合うように競い始めたんだ。ルカなんてーーアンジェの王子様になるんだ! ーーなんて繰り返し宣言して…。アンジェの事に関してだけは、年相応に見えてとても可愛らしく、嬉しかったんだよ」
「ーーお姉さまとルカが?」
確かに、姉のセシリアはアンジェリアに対してかなり過保護である。そして、ルカもアンジェリアの気持ちを汲んでくれ、いつも優しい眼差しで側にいてくれていた。
ーーー2人とも、私の側でいつも支えてくれていたわ…
「ーーールカは大事な女の子、アンジェを誰にも取られたくないと思ったんだろうね。子供達だけの王宮の集まり以降、アンジェをお嫁さんに出来ないなら、セーシルの家を継がないとまで言い出して」
ーーー?! ルカが? そんなわがままを??
アンジェリアが驚いて絶句すると、セーシル公爵は少し笑ってーールカは、昔からアンジェリアの事だけは譲らないからねーーと笑った。
「ルカがそんな様子だから、妻がコーディル公爵夫人に相談してね。夫人は笑って婚約を快諾してくれたよーーーまぁ、コーディル公爵の方は文句をくどくど言っておったがーーールカはね、初めてアンジェに会ったときから、ずっとアンジェを中心に世界を見ていたーーそれを知っていたの筈なのに私はーー」
「ーーー公爵様?」
ふーっと、1度セーシル公爵は話を止めて、やれやれと困った顔をした。
「ルカはアンジェがコーション国へ出立してから、がむしゃらに剣術やら、政治やら…手当たり次第に学び、ひたすらに取り組んでおるーー今は私の顔も見たくないらしく、すっかり避けられていてね。父親なのに情けない、嫌われてしまったよ…」
セーシル公爵は宝珠が嵌められたブレスレットを眺めながら、乾いた笑いをした。
「最初は、アンジェとの離別を紛らわせるために、ルカが、手当たり次第に色々と取り組んでいるのかと考えていてねーーまさか、すでに宝珠をアンジェへ渡していたとはーー、私はすっかり履き違えていたようだねーーーアンジェ、もしもルカの想いがアンジェにとって負担であれば、迷うことなく宝珠を棄てなさい。宝珠を棄てれば、いくらルカでも、宝珠の力による魂のつながりがなくなり、アンジェを諦めるであろう」
セーシル公爵の先程の気さくな口調とは打って変わった強く硬い口調に、アンジェリアは思わず息を飲んだ。
真剣なセーシル公爵の眼差しに、アンジェリアは怯んだが、同時にじわりと胸の奥から寂しさが込み上げてきた。
ーーー宝珠を棄てる? そうすれば、今後、一切のルカとのつながりがなくなってしまうの?
ーーー宝珠を持っていれば、いつか私をルカが迎えに来てくれるかもしれないーーー
アンジェリアはそんな淡い期待を抱きながら、ブレスレットにそっと振れた。すると、今度はブレスレットからキラキラと小さな光が瞬いた。
「公爵様、ブレスレットは、頂いてもよろしいでしょうか? ーーーそして、私は、ルカを想っていても良いのでしょうか?」
アンジェリアは、改まってセーシル公爵を見つめた。すると、アンジェリアの答えが既に分かっていたかのように、公爵は微笑んで頷いた。
「誰にも取られないよう、大切になさい。ブレスレットをアンジェが大切にしていれば、どんなに状況が変わっても、ルカは諦めないだろう。フォーガス王家の宝珠とはそう言うものだ」
「セーシル公爵様、私にも何か出来ることはないのでしょうか? ーー人質生活が嫌だって言うことではないのですが、ライアルト殿下のご回復さえ叶えばガーライド国へ戻ることもーー」
アンジェリアが言い終わらない内に、セーシル公爵は残念だがーー、と首を振った。
「もはや、ガーライド王国とコーション国だけの話には収まるまい。魔法石がほしいベイガザード王国を巡って、コーション国と遅かれ早かれ必ず戦になる。そして、少しの間でもガーライド王国は魔法石によって王族の命が守られたのだ。その恩をコーション国へ返さなければなるまいーー私もこうなった以上は責任があるからね、協力をさせて貰うよーー難しいとは思うが、アンジェは難しいことを考えず、過ごしてほしい」
◇◇◇◇◇
それから、アンジェリアは、しばらくセーシル公爵と庭園の花を眺めながらゆっくりお茶を飲んでいた。話もたけなわになった頃、遠くで時間を知らせる鐘の音が響いた。そろそろセーシル公爵との会見も終わりだとアンジェリアが寂しく思っていると、セーシル公爵が新たに話を切り出した。
「ーーーときにアンジェ、ユーグとロイターから報告が上がってきているが、毒消し薬を使う機会が大変に増えてきているのだとか?」
ーーーセーシル公爵、時計を確認なさって時間を気にされていたのに、何故? 確かに、毒についての報告はしたかったのだけれど…
アンジェリアは、コーション国に来てからの毒の報告をすっかり失念していた。ルカのブレスレットにあまりにも驚き、動揺していたからである。
そんなアンジェリアの様子を考慮して、気持ちが落ち着いたところをセーシル公爵は待っていたのかもとアンジェリアは思った。
ーーーまだまだ、子供だわーー現に8歳なのだけれど…
顔に思っている事が出やすいと、姉のセライアにも良く注意されていたな、とアンジェリアは思い出して、なんだかガーライド王国がとても恋しくなった。




