2番目の婚約解消⑤
山岳地帯にあるコーション国は、日中も涼しいことが多い。ばら園の散策は、ドレスアップした8歳のアンジェリアでも苦にはならなかった。
ーーーさっきの側妃様と公爵夫人のバトルは驚いたわ。アンナなんか開いた口が塞がらないくらいに…
黙々とばら園の奥に突き進むルーファスに付き従うと、開けた噴水広場で立ち止まった。近くのベンチに促され座ると、噴水が大きく舞い上がる。
アンジェリアの侍女2人は少し離れた噴水広場の入口で待機している。
「ここは、秘密の会話にもってこい、なんだ。ベンチに座るとーーほら、噴水が始まるーー聞かれたくない会話はここですると良いよ」
いきなり始まった噴水の威力に驚いていると、ルーファスは真剣な表情を纏ってアンジェリアに話し始めた。
「さっさのカルラーー側妃とダイアナには驚いたでしょう? 彼女達はこの小さなコーション国の争いの縮図みたいなものなんだ。
側妃はこのコーション国の公爵家の出身でね。そして、彼女の母はベイガザード王国の縁者。一方のオルソン公爵夫人ーー私の妹だが、オルソン公爵の実姉はフォーガス王国に嫁いでいる。云わんとしていることがわかるかな?」
ーーー好戦派のベイガザード王国と反戦派のフォーガス国。そこに、魔法石がほしいガーライド王国ーー私ーーが加わったわけね
「ルーファス様は、どちらのお味方なのでしょう?側妃様側なのでしょうか?」
側妃カルラに正妃のガーデンの使用を許可するくらいなのだから、側妃カルラの味方なのだろうとは思いつつも、アンジェリアは子供ながらの直球でルーファスに聞いてみた。
「ガーライド王国はどちらかと言うと反戦派だから、アンジェにはフォーガス国と答えてあげたいところなんだがーー。ここコーション国の輸出は、武器の原料になるものが多くてね。特に鉱石は、武器関連に精製されてベイガザード王国等に多く輸出されている。それがわが国の貴重な収入源となっているんだ」
コーション国は周りを山に囲まれており、鉱山に恵まれた土地である。反対に土地は痩せぎみで、農作物の多くを輸入に頼っている部分が多い。
対して、コーション国周辺の小さな国々は、緑豊かで農作物に恵まれていたが、鉱物の産出量は少ない。
そうして、コーション国と周辺の国々は、お互いの足りない部分を支えながら長い間助け合って生き延びていた歴史がある。
「ーーしかし、コーション国では、以前は鉱石を生活用品等に加工して、周囲の国々と交易をなさっていたのでは?」
アンジェリアがコーション国への嫁入りに際して、学んだ情報を口に出すと、ルーファスは驚いた顔をした。
「アンジェはコーション国の勉強をたくさんしてきたんだねーーアンジェの言う通り、以前は周囲の国々と平和的な交易内容だったんだ。でも、いつの頃からかな…コーションの国のなかで、軍事品に加工した方が収益が上がるという風潮になっていってしまったーー結果的に、国をより豊かにする代わりに、軍国主義のベイガザード王国に目をつけられてしまったんだがね」
それから、当たり障りのない範囲で、アンジェリアはいくつかの質問をルーファスにしてみたが、全てににこやかに答えてくれた。ルーファスの話しでは、今やベイガザード王国はコーション国の貴族を通して、内政にまで手を伸ばしてきているらしい。鉱山から魔法石が産出されたことで、より金になると貴族は盛んに軍事品の加工品の増産を進めているそうだ。
「ベイガザード王国は、そのうち軍事品よりも魔法石そのものを手に入れようと動くだろうーーそれこそ、コーション国で作られた軍事品を使って、コーション国を滅ぼすために攻めて来るはずだ」
「ーー! そんな!!」
「ーー幼いアンジェには、誠に申し訳ないーーけれども、コーション国のためガーライド王国から来てもらって本当に感謝している。おかげで、少しベイガザード王国からの脅威から時間が稼げたんだ。ベイガザード王国も、ガーライド王国筆頭公爵家のコーディル家の令嬢にはそうそう危害は加えられないだろうからーー」
アンジェリアがコーション国に来てくれなければ、近いうちにコーション国はベイガザード王国に攻め入れられていたよ、と疲れた顔でルーファスは続けた。
「我が国の頼みの綱は、長年友好関係を築いてきた周りの国々なんだがーー近年は、農作物の輸入にもベイガザード王国が口を出すようになってきてねーー結果的に農作物の輸入量が減らされてしまっている」
周囲の国々はもちろん、軍国主義のベイガザード王国を良くは思ってはいない。けれどもベイガザード王国とはかなりの国力の差がある。そのため、表立ってはベイガザード王国と友好関係を築き、その言いなりになってしまっているようだ。
これでは周りの国々も、いつ、コーション国と敵対するかも分からない状況である。
ーーーこのままではコーション国は国力を下げられた上、ベイガザード王国に攻め入れられる?!
アンジェリアが驚きを隠せないで絶句していると、ルーファスは気の毒そうに、そして励ますようにアンジェリアの頬を撫でた。
「コーション国にとって、ベイガザード王国との交易は切っても切れないけれど、諸手を上げてベイガザード王国の味方も出来ないんだよーーー従順になればなる程、このままではベイガザード王国に攻められて、国ごと乗っ取られてしまうからね。
それで、アンジェの国の王子の話を聞いてーーこの好機を使って、ガーライド王国との交渉を持ったんだ。ベイガザード王国と対する事ができる後ろ楯としてね」
ーー結果、人質のように君を親元から離してしまうことになったーールーファスはそう言うと、頭を垂れてすまないとアンジェリアに謝罪した。
「ルーファス様、どうか頭をおあげくださいませ。それとーーなぜ、ライアルト殿下の事をお知りになったのか、教えて頂けませんでしょうか?」
アンジェリアは、極秘事項であるガーライド王国の第一王子ライアルトの毒殺未遂を、どうやってルーファスが知り得たのか聞いた。
ーーールーファス殿下が知っているとなれば、周りの王族、貴族も知っているのかも?
まさか、毒を盛ったのはコーション国の者なのか? ーーとアンジェリアが顔を引き吊らせ、ルーファスを見詰めた。けれど、このアンジェリアの問いにはルーファスは何も言わず、頭を振るだけで答えてくれなかった。
「ーー私は、戦争が好きではありません。少しでも、私がコーション国に来たことで、お役に立てているのであれば、嬉しいです」
気まずくなった雰囲気を取り成すように、アンジェリアがぎこちなく微笑んでも、ルーファスは険しい表情をいつものように緩めてはくれなかった。
「ーー難しい話をしてしまったね。でも、ここコーション国がこのままの形で生き残るのは、簡単な事じゃないーー今後も、過ごしにくい状況が出てくると思うーーけれど、これだけは婚約者として約束する。アンジェの命は必ず守るから」
強い眼差しのルーファスに、これ以上ライアルトノ王子の件を質問しても、答えてくれそうにないとアンジェリアには分かった。アンジェリアは仕方なく、ライアルト殿下についてルーファスから聞くことを一旦諦めることにした。
「ーーー今後、ルーファス様、コーション国は、どうされるつもりですか? 攻め入れられる前に、ベイガザード王国と手を組まれますか?」
アンジェリアも父であるコーディル公爵に聞いてはいたのだ。魔法石は半永久的なものではなく、数年、もって10年程で枯渇するとーーそうなればコーション国はガーライド王国の後ろ楯を失ってしまう。
アンジェリアはガーライド王国の人質として、コーション国に置かれているが、ガーライド国王からは命の保証は確約されていない。魔法石が枯渇した後、コーディル国内でアンジェリアの立場は悪くなるだろう。
さらに、ベイガザード国とコーション国が今後戦争になっても、ガーライド王国がアンジェリア1人のために、コーション国側につくとは、アンジェリアには到底思えなかった。
アンジェリアの質問には答えずに、風が強くなってきたからと、ルーファスは部屋までアンジェリアを送りとどけた。




