2番目の婚約解消③
「アンジェリアお嬢様は、お優しすぎます!!」
今日も朝から、アンナが憤慨を隠そうともせず、シルバーから黒へ変わったスプーンを、へし折る勢いで騒いでいる。
「アンナって、初めてあった時は、結構落ち着いてるのかな? と思ったけど、案外表情豊かよね?」
「本当に、アンジェリアお嬢様の言うとおり。年長者とは思えませんね?」
アンナの憤りを、まあまあと宥め、アンジェリアは安全そうな水を口に含んだ。アンジェリアは魔力を通し、喉を潤す水には毒が含まれていないのが分かる。
アンジェリアと同じようにマリアナが落ち着いているのは、アンジェリアの癒しの力を幼い時から見ているからだ。
アンジェリアは、コーション国について早い段階で、正式に、けれども、形式ばかりのひどく簡単な婚約式を済ませていた。アンジェリアは正式なルーファス王太子の婚約者として、婚姻までの長い年月、コーション国の王城で過ごすことになった。
すると、嫌がらせが日ごとに増えていき、アンジェリアの食事には毒が盛られることが度々出てきたのである。
毒と言っても致死量ではなく、せいぜい2、3日寝て過ごす位の量と質である。
ーーーでも、2、3日だって、誰だって苦しみたくないわよね…
「まぁまぁ、アンナ落ち着いて。セーシル公爵様から、念のために毒消し薬も渡されてるし、定期的にガーライド王国からも送ってもらうんだから…それに…(私は毒では死なないし?)」
セーシル公爵は会談の後、速やかにガーライド王国へ帰国してしまった。ガーライド王国内でも第一王子ライアルト殿下の不調が囁かれ始めたのだ。外務大臣としても急ぎ国内に戻り、対応に当たらなければならない。
コーション国王はライアルト殿下の様子に心を痛め、当初の約束よりは多い量の魔法石を帰国するセーシル公爵へ渡していた。
アンジェリアは、コーション国王がガーライド王国との約束を守る姿勢をとってくれたことに、とりあえずは安堵した。
産まれた時からアンジェリアの成長を見てきたセーシル公爵は、アンジェリアを心配しながらも、コーション国から急ぎ出発した。アンジェリアとしても、ガーライド王国内の状況悪化をなんとしても杭止めて欲しい。
そんな慌ただしい帰国の際、セーシル公爵からアンジェリアへ渡された品の中には、豪華絢爛な嫁入り道具の他に、身を守る小刀や目眩まし弾、毒消し薬の類いもあったのだ。
ーーーセーシル公爵様も、私にシャーナ公爵の加護があるのは聞いているはずだから…
きっと、シャーナ公爵の加護は最悪の事が起こらない限り、コーション国側には隠し通せという事なのだろうとアンジェリアは考えていた。
「アンジェリアお嬢様、それでも毒の件は、王太子殿下には進言くださいませ!!何かあってからでは、遅いのです!」
「うーん。考えとく…」
アンジェリアが軽くアンナの怒りを聞き流すと、アンナはガックリしながら、ぶつぶつと文句を言いながら、食後のデザートの準備を始めた。
ーーールーファス様に報告しても、犯人を捕まえてくれるかしら?毒については、誰が背後で糸をひいているのかも分からないのに…
アンジェリアがコーション国で過ごし始めてから、半年が経つ。毎回の食事ではないが、週に2、3回毒が盛られている。その他の嫌がらせは、部屋の前や贈り物にネズミの死骸などがあるといったようなものだ。
ーーーまだ、部屋の中に動物の死骸を置かれてはいない。だから、部屋の中まで入ることができる公爵令嬢担当のメイド達の仕業ではないはず…
アンジェリアの私室内で何かあれば、早めに手を打たなければならないが、それまでは様子を見る事にしていた。
「とりあえず、今日は側妃様とのお茶会の日だからね?忘れずに準備をお願い」
毒草に気を取られて、すっかり今日のスケジュールを忘れていそうなアンナに、アンジェリアが大事なお茶会の準備を指示すると、やはり忘れていたのかアンナがわたわたと慌て出した。
「っ!そうだわ!アンジェリアお嬢様、側妃様とのお茶会は特にお気をつけくださいませ!」
アンナは物凄い勢いでそう言うと、衣装部屋に駆け込んで行った。今日のお茶会のドレスは気合いの入った物になりかねないなと、様子を見ていたマリアナは苦笑しながら、アンジェリアに食後のお茶を差し出した。
「ここがコーディル公爵家であれば、間違いなくアンナはセバスチャンから大説教だわね」
「えぇ、間違いなく…」
コーション国に来てから、刺客に神経を研ぎ澄ませているアンナと護衛には悪いのだが、アンジェリア自身は、サスティアル王族特有の癒しの魔力を受け継いでいるため、殺されにくい。
アンジェリアの癒しの魔力は、単なる治療に限らない。毒を無毒化したり、破れたドレスさえも一瞬で直すことができる。もちろん、怪我人や病人を自他問わず癒すことも可能だ。
ーーーライアルト殿下にも、この魔力が使えたら良かったのに…
アンジェリアがコーション国の王子妃になった原因の1つ、ライアルト殿下への毒殺未遂がある。
直ちに、魔法石を用いた国最高峰の治療がライアルト殿下に行われたらしい。けれど、命は何とか取り留めたものの、それからの回復は捗捗しくはなかった。
多くの名のある医師、神官達が原因を突き止めようと昼夜問わず調べた結果、ライアルト殿下は呪いが複雑に合成された毒を盛られたらしいと判明した。第一王子の容態を嘆いたガーライド国王は、すぐさまサスティアル国王へ使者を送り、助けを求めた。
依頼を受けて、アンジェリアと同じく癒しの魔力を持つシャーナ公爵がガーライド王国にやって来た。そして、極秘にライアルト殿下を治療したが、殿下に回復の兆しは現れなかった。毒を盛られてから時間が経ちすぎていたのだ。呪いが身体中を蝕んでいるため、完治をさせるには呪いの術者を探しだし呪いを解かせるか、術者を殺すしかないらしい。
「ーーーねぇ?ライアルト殿下はご無事かしら…?」
「コーディル家の侍女頭からの便りによれば、コーション国から定期的に送られる魔法石で、症状の悪化を遅らせる事は出来ているそうですが…完治までは…」
「そうよね…」
サスティアル王国、王女のシャーナ公爵ですら完治出来なかった毒である。ライアルト殿下は一命は取り留めたものの、未だに寝たきりで、心臓や体が徐々に弱くなっているそうだ。
それにともなって、側妃の子ーー第二王子を王太子に担ぐ声もますます強くなっているらしい。
「タチアナお姉様は、お心を痛めているでしょうねーーーそうだわ…!お母様のご様子を教えてくれる?お子が産まれれば、タチアナお姉様だって、新しい弟妹に、少しは気分も慰められるはずよ」
「奥様に置かれましては、安定期に入ってだいぶ落ち着いてきたと。健やかなご様子と便りにはありましたーーーお腹のややこは、弟君でしょうか?妹君でしょうか?楽しみでございますね」
「そうね?どちらにしても、何かお祝いを送りましょう…」
ーーー私は、とうとうコーディル公爵家の末っ子を卒業ね
コーディル公爵夫人のお腹にいる赤ん坊には僅かに魔力の流れを感じるらしい。サスティアル王国外では滅多に誕生しない魔力を持った子が産まれるとサスティアル王国でも注目している。国内外から密かに注目されるなか、コーディル公爵家から2人目の魔力を有する子供が産まれようとしていた。
ーーー魔力持ちの赤ん坊が新たに産まれるから、1人目の魔力持ちをガーライド国は手離したのね
産まれてくる弟妹には、国の揉め事には巻き込まれないで、穏やかに過ごして欲しいとアンジェリアは願わずにいられない。
「私の新しい弟妹には、会えることがあるのかしら…」
アンジェリアが何の気なしに、発した言葉はマリアナに悲観的に映ったらしい。1度、静かに部屋の奥に消えると、アンジェリアの大好きなサスティアル王国産のチョコレートを持ってきた。
アンジェリアの近況を心配して、姉のセライアが分厚い手紙ともに好物のチョコレートを送ってきてくれたのだ。
密書の疑いをかけられてはと、父親のコーディル公爵からの手紙が届いたことはない。けれどもまだ年若い、兄のギルバード、姉のセライアからは時折、アンジェリアへ手紙と贈り物が届いていた。
ーーースパイ容疑をかけられてはいけないから、返信ができないのは辛いけれど…
なぜ、上の姉のタチアナから全く連絡は来ないのか、アンジェリアは不安を感じていた。
「さぁさ、少しでも、気分が穏やかになりますよう」
「ありがとう、マリー。うーん!やっぱり、サスティアル王国産のチョコは、繊細で美味しいわねーーさあ、アンナが戻ってくるわ。お茶会に出席する準備をしましょう!」
◇◇◇◇◇
今日は、アンジェリアがコーション国に足を踏み入れて以来、3回目の側妃様とのお茶会だ。
初めのお茶会は、ルーファス殿下を交えた側妃様との簡単な顔合わせだった。そこで、側妃様が現在妊娠中であることを聞かされた。
アンジェリアの国王との謁見時に欠席したのは、体調が優れず大事をとったらしい。
ーーー側妃様が体調を崩したのは、私の輿入れに対するストレスだとか…体調不良の元凶にされて、さらに側妃様のご友人や侍従達から目の敵にされることになったのよね…
アンジェリアと側妃様の関係は複雑なものだ。互いに、譲れない立場というものがあり、良好な関係は望めない。
そもそも、年齢が20歳近く離れているのだから、もう少し大人気があっても良いのではないかと思うくらい、側妃は顔を合わせれば敵意を向けてくる。ルーファス殿下は、8歳の子供に対して敵意など大人気ないと感じているのだろう、度々側妃をたしなめてくれるが、全然改善はみられていない。
2回目のお茶会は、側妃様のお子、2人の王子殿下との顔合わせだった。
アンジェリアと年齢が近い2人の王子殿下には、側妃様の息のかかった侍従達がついていた。だからだろう、側妃様を追いやって正妃候補としてやって来たアンジェリアに対し、敵意を隠しもせず剥き出しにしてきた。
ーーーさすがに仲良く遊びましょう!とはならないとは思ったけれど…
『お前がいなければ、お母様は正妃に戻れるのに!この国を乗っ取ろうなんて、何てやつだ!!』
アンジェリアの2つ歳上の第一王子、カイル殿下は、開口一番にアンジェリアへ詰め寄ったのだ。
◇◇◇◇◇
「ーーーはぁ…、嫌なこと思い出してしまったわ…。本当に、今後が思いやられるわね…」
お茶会の衣装に着替え、仕上げのアクセサリーをアンナとマリアナが着けていく。アンジェリアがため息と独り言を漏らせば、アンナが最もだーーと言うように、これまでのお茶会の不満を噴出させた。
「第一王子殿下の事でいらっしゃいますね?あのお方は困ったものです。アンジェリアお嬢様とルーファス殿下との婚約には、ご自身のコーション国の未来が掛かっているというのに!!ーー本日のお茶会は、既に嫁がれて王族を出られたルーファス殿下の妹君が来られると聞いております。妹君は国際情勢に大変明るいとか…少しは話の通じる方であると思いたいですわ!!」
「幼ない正妃候補者と、妊娠中の側妃、嫁いだ元王女…カオス間違い無しのお茶会ですね」
怒りを露にするアンナに対して、マリアナはどこか茶化して笑った。神経を尖らすお茶会になることは間違い。だから、少しでも緊張や不安を和らげようとしてくれているのだろう。
「もう!マリーったらーーふふ、そう、面白がらないで。とりあえず、毒が盛られていたら、軽く苦しむふりをするから、よろしく。その後、皆で部屋に退去よ?」
さすがに、側妃様主催のお茶会に、予め毒消し薬を持ってはいけない。とりあえず、毒が効いたふりを軽くして、遣り過ごすことをガーライド王国から連れてきた護衛ともシミュレートしていた。
ーーーさぁ、3回目のお茶会に参りましょう
アンジェリアの部屋からは、今日も雲1つない晴天が見えた。




