2番目の婚約解消②
「ーーコーション国王様にご挨拶申し上げます。ガーライド王国、コーディル公爵が娘、アンジェリア=コーディルでございます。何卒よろしくお願いいたします」
ガーライド王国よりかなり小振りの、可愛らしい大きさのコーション国の王宮は花と緑に溢れた好ましい城だった。馬車の長旅ではあったが、王宮に着いたアンジェリアは、休む間もなく、コーション国王とその重鎮へ到着の挨拶にやって来た。
真っ赤なカーペットを敷き詰めた王座の間には、にこにこと優しげな表情の国王を始め、孫を見守るような温かな表情の長老方が並んでいる。
「ふむ、長旅ご苦労であった。ワシはコーション国王ターチル、横にいるのが息子であり王太子のルーファス。慣れない長旅であったろう、大変ご苦労であった。アンジェリア殿は、今日から、ここコーションを自国と思い心穏やかに過ごして欲しい…
まずは、コーションの王族紹介といきたいところだが、我が娘は既に自国の公爵家に嫁いでおる。我が王妃に至っては、ルーファスの妹が産まれると同時に見罷っていてのう。ルーファスと娘以外に子供もおらんから、王族はとても少ない。どうか、気軽に過ごしておくれ」
気さくな口調のコーション国の王に、カチカチに緊張していたアンジェリアは、一先ずほっと胸を撫で下ろした。
すると、アンジェリアの緊張が少し落ち着くのを待っていたかのように、すらっとした長身の優しげな面立ちの王太子殿下が進み出た。
「アンジェリア殿、ようこそ我がコーション国へ。私の名は、ルーファス=コーション。陛下も申されたように、どうぞ王宮で心健やかに過ごして欲しい。今後、私達の婚約の儀式はありますが、それが済めばゆっくりとした時間もとれましょうーーー我が国は貴殿を歓迎いたしますよ」
王太子のルーファスとも穏やかな口調で挨拶を交わし終えると、アンジェリアは挨拶が無事に済んだことにほっとして肩の力が抜けた。
そんなアンジェリアを見守っていたセーシル公爵とガーライド王国の外交官達も、順番に国王と王太子へ謁見の挨拶を始めた。
しばらくは、セーシル公爵達もコーション国に滞在し、今後の2ヶ国間の国交について、詰めた話し合いが持たれる予定だ。
大人達が挨拶をしている間、アンジェリアは国王と王太子の様子を観察していた。2人ともそっくり目鼻立ちをしており、焦げ茶の髪と瞳の色彩も濃淡まで同じだった。王太子が年を重ねると国王とそっくりになる。
ーーー親子だとしても、ここまで似るなんて
コーションの王族には、肌は透き通るように白く、髪や瞳は焦げ茶の色彩を持つ子供が産まれることが多いされている。アンジェリアが学んだコーション国の資料にも、王太子の子供2人も焦げ茶の髪と瞳をしていると書かれていた。
ーーールーファス様には私より年上のお子さん、王子殿下が、2人いるのよね? でも、王子殿下達も、側妃様もこの場にはどなたもいらっしゃらない…
アンジェリアは王太子の妻子が気になるが、王座の間には同じ顔、色彩を持った子供は国王と王太子のいる上段には見当たらない。
王太子の妻子については、大人達の挨拶でも特に話題にのぼらず、さらに、王座の間に招かれていないのがアンジェリアはひどく気になった。
けれども、あまり周囲をキョロキョロし、観察するのも落ち着きがない子供だと思われるため、アンジェリアは視線を前に据えて好奇心をじっと我慢した。
そんなアンジェリアの表情に、王太子の瞳は自身の娘を見るように温かだった。
「アンジェリア殿もいろいろと気になるとは思うがーー申し訳ないが、私の妻子は後日紹介しようと思う。さて、到着早々の挨拶でアンジェリア殿、セーシル公爵殿、お付きの方々も疲れているだろう。アンジェリア殿、早速、お部屋に案内させて頂こうーー」
そう言うと、王太子は侍女を呼び、アンジェリアを部屋まで案内するよう命じた。共に挨拶に来ているセーシル公爵は、この後、会談あるためアンジェリアと別れて会議室へ移って行った。
◇◇◇◇◇
アンジェリアが、コーション国での自室となる部屋に案内されると、そこは客間ではなく、王太子の私室の隣ーー王太子妃の部屋だった。
ーーーここって、つい最近まで側妃様が正妃としてお過ごししていたのよね…?
ガーライド王国とコーション国とのパワーバランスを考えると、アンジェリアを普通の客間に案内できないのは理解できる。が、まさかの王太子の私室の隣に据え置かれるとは、アンジェリアは驚きを隠せなかった。
ーーーますます、小娘の私が側妃様を追いやったみたいに見えるわ…
「アンジェリア殿、この部屋は婚姻の儀が済むまでは、扉の鍵を閉めており、鍵は神官が管理しております。しばらくは安心してお過ごしくださいーー」
王太子は、ぼんやりしているアンジェリアをからかうようにウィンクして続きの間への扉について説明した。アンジェリアは、ふと、肩の力を抜いて、王太子との最初の面会時から気になっていた、アンジェリアを敬う態度をやめてもらうことにした。
ーーー自分の子供よりも小さな女の子に敬語って、いくらなんでも…
「ーー王太子殿下、どうか敬語はお止めくださいませ。今後、コーション国でお世話になる身でございます。どうか、名前もアンジェとお呼びくださいませ」
8歳のアンジェリアが王太子にそう伝えると、幼い子供のする仕草にそぐわなかったためか、驚いた表情を見せた。そして、感心したように頷き、『さすが天下のコーディル公爵家…』と呟く声が聞こえた。
「ー? 王太子殿下?」
「ごっほん、あぁ、気遣いありがとう。では、非公式の場では、遠慮なく砕けた話し方をさせてもらうとにするよ。私のことも、王太子殿下ではなく、ルーファスと呼ぶようにね。話し方も婚約同士なのだから、砕けた感じで良いからね? アンジェは私の臣下ではなく、将来の妃になるのだから」
ーーー本当に? 20歳以上離れているのに正妃になる妃が来るのかしら?
アンジェリアは、そもそもこの婚約が政略的で形だけだと感じており、ルーファスの言葉を疑問に思いながらも、とりあえず頷いておくことにした。
「ありがとう、ございますーールーファス殿下、これから、どうぞよろしくお願いいた、お願いします」
実兄以上に年の離れた相手に敬語抜きは、やはり難しく緊張が伴う。アンジェリアが困った顔を見せると、ルーファスも苦笑しながら、敬語はおいおい外そうーーと言った。
「それに、『殿下』も要らないよ?ーーさて、この部屋は急いで準備をしたせいで、コーディル公爵殿にアンジェの好みを聞くことが出来なかった。アンジェの好みではないところも、恐らくあるだろうから、遠慮なく申し出て欲しい。これから長く暮らしていくのだから、少しでも心休まる空間になればと思っている」
「ーールーファス様、お気遣いありがとうございますーーーしかし、この部屋の誂えも大変好ましいと思いますーー今後、もしも何かあれば、ご相談させていただきます」
アンジェリアが、初対面で悪印象を相手に与えまいと必死に言葉を選びながら答えると、ルーファスは笑って、もっとリラックスしても良いと教えてくれた。
「この後、女官長や護衛が挨拶にこの部屋に来る。何か不都合があれば、その場で問うてもよいし、後で申し出てもらっても構わない。アンジェ、君はコーション国の救世主だーー望みは何なりと叶えよう」
そう言って、ルーファスはガーライド王国の使者、セーシル公爵との会談のため、アンジェリアの部屋を出ていった。
ーーー望みを何なりと叶えちゃったら、私って他所からきたわがまま娘と思われてしまう
ーーーそれじゃなくても、元々の正妃様を追いやったようなものなのにね
これ以上なるべく敵を作らないように慎ましく過ごさなくてはと、アンジェリアはあらたに決意を固めた。
この時、アンジェリア8歳、コーション国の王太子ルーファスとの婚姻まで後7年ーーー




