2番目の婚約解消①
ガタンゴトン、ガタガタゴットン、ゴトゴト…
父親であるコーディル公爵から説明を受けて、早4か月。アンジェリアは王都の公爵家の屋敷から、遠く離れた田舎道を馬車で移動していた。
とうとう、コーション国から婚約者として迎え入れたいという正式な通達を受け、生まれ故郷を後にしようとしていたのだ。
アンジェリアが乗る馬車は、ガーライド国王より今回の婚約祝いにと直々に与えられた。馬車は豪華絢爛な装飾で、他国に嫁ぐ幼い公女に配慮したものだった。今までガーライド王国は、コーション国とまともな国交を行っていなく、そのため街道は整っていない。ガタガタと揺れる馬車道でも、さすが国王陛下から賜った馬車だけに乗り心地は最高だった。
けれどもはやり、コーション国へ続く、細く長い田舎道には豪華な馬車はかなり浮いて見える。農民達は何事かと、馬車の車列に驚き、ヒソヒソとささやきあっていた。
ーーーガタガタの街道でも、王族御用達の職人の方が端正込めて作った馬車は、乗り心地は最高ね。けれど、…かなり悪目立ちし過ぎてるわ…
どこまでも続く麦畑を馬車から眺めながら、そんな取り留めないをぼんやりアンジェリアは考えていた。すると、馬車と並走する護衛から声がかかった。
「失礼致します !コーディル公爵令嬢様! 外務大臣セーシル公爵様からの伝達です。本日の宿まで、後2時間程となります。ご休憩などが必要であれば、どうぞお申し出くださいませ」
「大丈夫です。ありがとう」
「はっ! 御前、失礼!!」
アンジェリアが護衛の騎士に返事をすると、騎士は隊列の先頭に向かって駆けていった。
アンジェリアの嫁入りにあたって、ガーライド王国から、外務大臣や軍部高官、護衛騎士などが隊列を成していた。隊列を組む者達は、いつベイガザート国の襲撃を受けても対応出来るよう戦に向かうような出で立ちの者が目立つ。他国への嫁入り行列にしては、些か物騒な装いであった。
「それにしても、セーシル公爵様がこの嫁入り行列の責任者なんてね…」
「アンジェリアお嬢様…」
溜め息混じりにアンジェリアが呟くと、控えていたマリアナが心配そうに声をかけてきた。
アンジェリアにコーション国行きの話が出てから、アンジェリアは何度もガーライド王国に留まるようにマリアナを説得した。けれども、最後までマリアナは頑として意思を曲げなかった。最終的に侍女頭のバーバラから、短期集中で侍女の訓練を受けたマリアナは、何とかアンジェリアの侍女見習いから侍女として格上げされ、コーション国行きに加わったのである。
「ごめんね、マリー。心配させたかしら? ーーただ、この隊列の責任者がーー元婚約の父君というのが…ちょっと、なんというか、シュールよね…」
アンジェリアがちょっとふざけて、心に残る寂しさを誤魔化すと、ますますマリアナが痛ましそうにアンジェリアを見つめてきた。
アンジェリアがコーション国に向かうにあたり、両国間で最終的な取り決めを行う。そして、ガーライド王国側の責任者が、アンジェリアの最初の婚約者ルカの父親、外務大臣のセーシル公爵なのだ。
ーーールカとも、あれからは会えなかったわ…
今回の婚約は、ベイガザート国の脅威からコーション国を守るために急を要するものだ。そのため、この4ヶ月は準備に目まぐるしく、アンジェリアはたくさんの家庭教師から、ありとあらゆる講義を受けた。
あの日以来、ルカに会えないのはもちろん、友人達のお誘いも全て断ることになり、別れの挨拶すら手紙で済ますことになってしまった。
ーーー恐らく、ルカやマチルダ達の顔を見て、やっぱりコーション国には行かない!! 等と駄々を捏ねるのを避けたかったんだろうけど…
婚約破談が父親から伝えられた後から、アンジェリアは怒涛の如く、コーション国の共通語、歴史、政治等の勉強の日々を送っていた。
けれども、どんなに頑張ったとしても、8歳の子供が4か月で覚えるにはやっぱり限界がある。アンジェリアは、片言のコーション語と、ダイジェスト版に近いコーション国の知識を頭に入れた状態で、嫁入りに向かうことになってしまった。
「アンジェリアお嬢様が、この度のご婚約で不安でご心配になられるのも無理はありません。どうか何なりと私にお申し付けくださいね」
「ありがとう、アンナ」
ガーライド国王はせめてもーーと、コーション国の言葉や内情に詳しい侍女のアンナをアンジェリアに寄越した。アンナは、母親がコーション国の出身であり、コーション国に多い黒い髪と紺色の瞳のエキゾチックな美少女であった。
16歳のアンナと12歳のマリアナ、そして2人の主人の8歳のアンジェリアーーと、とても少女3人での嫁入りは心許ない。そのため、少女達の他にもセーシル公爵家から騎士2人をアンジェリアの護衛につけてくれていた。
騎士のうち1人は、ガーライド国王直々に、ライアルト殿下に使われた毒に関する情報収集を命じられた間者である。元々はベイガザード国の中枢に入り込み、間者として働いていた者だったが、アンジェリアの護衛としてつけるため呼び戻していた。コーション国の目を欺くため、1度セーシル公爵家の家来に収まったらしい。もう1人の騎士も、元々は国の近衛騎士として王宮で活躍していた経歴がある。
アンナも侍女でありながら、高度な武術を会得しているらしい。2人ともコーション国の情報収集をおこない、騎士に扮した間者の補佐にあたる。
というのも、第一王子のライアルト殿下の暗殺未遂に使われた毒が、コーション国原産のものではないか? という疑いが浮上したのだ。
ガーライド王国に古くから仕える薬草学の研究一族が、確証こそないがその疑いが強いと主張したのである。アンジェリアの輿入れに間者を忍ばせ、回復の兆候がみられないライアルト王子殿下の治療の突破口になればとメンバーが集められた。
ーーーコーション国への人質なのか、間者としてなのか複雑になってしまったわ…
両国間の調整が終われば、セーシル公爵や軍部高官、花嫁行列の護衛騎士達といった王宮勤めの面々は、ガーライド王国へ帰ってしまう。
そのため、ガーライド国のトップクラスのエリート3人ーーアンナと騎士2人が、アンジェリアの脇を固めてくれることになったのだ。
それでも少女3人と騎士2人で、コーション国で先の見えない不安定な日々を過ごさなくてはならない。アンジェリアは心労で溜め息を止める事が出来なかった。
「コーション国の王太子殿下や他の貴族子息達も、大変心優しい方と聞いております。それに、ガーライド王国のコーディル公爵令嬢であるアンジェリアお嬢様が、無下にされることはないはずです。もしもそんな事態があれば、お知らせくださいませ! 断固として許しませんので」
「ありがとう、アンナ心強いわーーーでも、そうね、コーションの王太子殿下は、今回の婚約のために、正妃様を側妃様に下げられたとか。2人の王子殿下の事もあるから、不安なの」
アンナの母はコーション国の元貴族であった。彼女の母は、ベイガザード国の影響から、軍事主義に傾きつつあるコーション国の政治についていけなくなった。貴族として、民と平和を愛する己の信念を曲げるよりはと、ガーライド王国へ亡命してきた過去がある。そのため、アンナ自身もコーション国に対して思うことがあるらしく、少し否定的な意見をすることが多い。
「ガーライド王国の国力をもってすれば、ガーライド王国のコーディル公爵令嬢であるアンジェリアお嬢様こそが、いずれは正妃にならなくてはなりませんーーーアンジェリアお嬢様が成人の15歳になるまで、ええ、少し期間がございますとも。ですが、それまで正妃の座は空席にしておかなくては、ガーライド王国の名誉に関わります」
「アンナの言うことが正しいのは分かるんだけどーー、それでも、正妃様と2人の王子殿下の事を考えるとーー」
「ーー側妃様と2人の王子殿下です、アンジェリアお嬢様」
「ご、ごめんなさい…! でも、8歳の小娘のせいで、正妃の座を追われたのよ? きっと、側妃様には嫌われてしまうわーー嫌がらせとか、いじめとか…」
国力の差を踏まえて立場を述べるアンナは、少しも間違ってはいない。ただ、側妃の立場から言えば、8歳の子供に己の地位を奪われた形になるのだ。気位が高ければ高いほど、アンジェリアの存在は気分の良いものではないだろう。
ーーー側妃様が穏やかで、優しい方だといいのだけれど…
コーション国の情報に明るいアンナは、常々側妃の事を良く言わず、側妃の事をベイガザード国の影の支持者だと言っていた。アンナが良く思わないのだから、側妃は穏やかな気性ではない恐れが強い。これは、一波乱も二波乱もあるかもしれないと思うと、コーション国につく前から、アンジェリアは気分が沈んでいった。
「ーー大丈夫ですよ! 何かあれば、サスティアル王国のシャーナ公爵様が助けてくれます。せっかく、出立の際に駆けつけ、加護をくださったのですから!!」
暗い思考に傾きつつあるアンジェリアをマリアナも見ていられなかったようだ。アンジェリアを少しでも元気づけようと、マリアナが明るくそう言うと、アンナも同調して頷いた。
コーディル公爵夫人ーー、アンジェリアの母は、セーシル公爵家との婚約破談の話の日に、妊娠が発覚していた。最近の体調不良は妊娠初期の兆候だったらしい。妹である公爵夫人の体調不良と、幼い姪の異国への出立をひどくサスティアル国王は心配した。そのため、もう1人のサスティアル国王の妹であるシャーナ公爵をコーディル公爵家へ遣わしたのだ。
ーーー確かに、伯母であるシャーナ公爵は加護をくれたけれど…
サスティアル王国のシャーナ公爵である伯母に、おいそれと頻繁に助けを求める事は出来ない。それこそ、命の危機に直面しない限りは、シャーナ公爵の加護を使うまいとアンジェリアは心に決めていた。
ーーー私が暗くなると、アンナもマリーも不安になるばかり。しっかりしなくては
アンジェリアは何とか心を奮い立たせて、それからは、コーション国の特産物や行事等の話をアンナから聞き出したり、手鞄から参考書を取り出し読み漁った。そして、二度と戻れないかもしれない母国ガーライド王国と、コーション国との国境を超え、コーション国の王太子の住まう王城まで、アンジェリアを乗せた馬車は日程通りに到着したのである。




