レディ タチアナ
アンジェリアの姉、タチアナの回想と葛藤です。
少し暗めです。
【タチアナ=コーディル】
母親譲りの目映いばかりのゴールドのウェーブヘアに、父親と同じ澄んだ緑色の瞳、目鼻はこれ以上ないバランスで顔に収まり、あまりに整った顔立ちはまるで芸術品のよう。
ガーライド王国の筆頭公爵家の長女であり、叔父には世界最強のサスティアル国王ーー誰もが羨む富と名声、それに美貌まで産まれながらにして手にしていた。
『そうね、妹達がいなければーーー』
タチアナの直ぐ下の妹セライアは、ころころと笑う明るい性格で周りを和ませる、人懐っこさがある。そして、全ての造形、色彩が母である公爵夫人にそっくりで、金髪の髪に、茶色の瞳をしていた。
『お父様は、お母様にそっくりで愛らしく朗らかなセライアに夢中ーーー』
セライアはタチアナ同様に魔力を持ち合わせていなかった。セライアが魔力を持って産まれていたならば、自分などますます霞んだ存在になったに違いないーーとタチアナは常々思っていた。
『ラークブルグ侯爵家の縁談も…、直ぐにセライアに決まってしまったわ』
当初は、コーディル公爵家の娘の誰かが侯爵家のセシルへ嫁ぐ形を、と両家の顔合わせが持たれた。
すでに末の娘のアンジェリアは、セーシル公爵家のルカとずっと行動を共にするくらい仲が良かった。そのため、アンジェリアは、自然とラークブルグ家との縁談からは外されていた。
忘れもしない顔合わせは、セライアの独壇場のようだった。セライアの好きな子供向けの小説や音楽
の話に始まり、飼っていた猫の話まで。ーー最初は、タチアナも、愛らしい妹の話を聞いて楽しんでいた。恐らくセシルも、セライアを妹のように感じていると思いながら様子を伺うと、セライアの無邪気さを新鮮に感じたのか、にこにこと話すセライアを眩しそうに見ていた。
『いけないーーセシル様の感心をこちらに向けなくてはーー』
焦ってタチアナも趣味の話を持ち出すが、セシルの感触はあまり良くない。コーディル公爵家の長女は立派な小さな淑女だとーー社交界でもてはやされる程のタチアナの話は、セシルには新鮮に映らなかったのである。
セライアとセシルは顔合わせの後も、頻繁に連絡を取り合い仲を深め、あっさり婚約となった。
2人の婚約の直ぐ後に、ガーライド王室からの縁談がコーディル公爵家に舞い込んだ。第一王子ライアルトとの縁談である。
『王室としては、魔力を持って産まれたアンジェが欲しかったはず』
タチアナの末の妹アンジェリアは産まれつき魔力を持っていた。それも、サスティアル王族に匹敵するくらいの魔力を。
アンジェリアの力が他国へ流れてしまわぬよう、ガーライド王としては、自身の手元に置きたかったのである。
しかし、アンジェリアは、ガーライド王族に連なるセーシル公爵家との婚約を希望した。フォーガス王国の元王女を母に持つルカにアンジェリアは惹かれてしまったのだ。
父親の頭の回転の良さを、そっくり受け継いだ、賢いアンジェリアにコーディル公爵はとても甘かった。本当はコーディル公爵家から嫁がせるのすら嫌だとごねながらも、アンジェリアの希望を叶えることにした。
何度か、ガーライド王室とコーディル公爵家で第一王子の婚約についての会合が行われた。コーディル公爵はどうにかして王室を説得した。結局、アンジェリアをガーライド国内の公爵家に必ず嫁がせるならと王家から了承を得た。
こうして残ったタチアナが、第一王子ライアルトの婚約者に収まったのだ。
『ライアルト殿下はとても優しく接してくださり、婚約者として温かく迎え入れてくださっているけれど』
タチアナの心の隅に、『本当はアンジェが欲しかったのでしょう?』という思いがずっと消せないままだった。
だから、かも、しれないーーー
『さっき、セーシル公爵とルカとの謁見があったんだ。君の妹のアンジェリア嬢とルカとの婚約はうまくいっているのかな?』
ある日、高位貴族の子息達を招いた茶会で、ライアルト王子殿下がタチアナに軽く訊ねた。そう、何の裏もない気軽な調子で、他の貴族子息達のいる席で。
ライアルト王子殿下はタチアナを馬鹿にするとか、見下すとかという思案は元よりなかった。ただ、受けて側のタチアナは違った。
『なぜ、貴方様がアンジェを気にかけるの?ーー他の貴族子息達の前で、家の七光りしかない娘だと、私を貶めたいの?』心の底では暗い思いを抱きながらも、タチアナは、顔には出さず感情を堪えていた。
だから、いつもとは違うメイドが茶器を用意し、タチアナに渡しても、心がここにあらずのタチアナは、それを指摘することができなかった。
『ーー!! ゲホッ、ゲホッ!!』
『殿下?! ライアルト殿下?! 誰か!! 殿下がーー!!』
タチアナが我に返った時には、既に、ライアルト王子が毒に苦しみ、茶会に参加していた他の子息達が対応に追われていた。タチアナは、近衛騎士達に不審者について尋ねられるまで、微動だにせず、立ち尽くしていた。
『タチアナ、貴方の潔白は証明されたわーーあの茶会で、見知らぬメイドがいたでしょう? その娘が、実行犯だとわかったの』
後日、ライアルト王子殿下のお見舞いにタチアナが訪れると、近衛騎士による監視は解かれていた。ホッとするタチアナに声をかけたのは、ライアルト王子の母親であり、ガーライド王国の王妃だった。
『ーー犯人が分かり何よりでーー』
『実行犯が分かっただけよ、メイドに指示を出していた真の犯人については口を割らず、自害したわ。ーー今、陛下が影を使って探してくださってはいるけれど…、事件時、サスティアル王家の奇跡の力があればーー』
直ぐに魔力を持って治療を施せていたなら、ライアルト王子が床から起きれなくなるのは避けられたかもしれないーータチアナの言葉を遮り、そんな内容の話を続ける王妃は、ひどく顔色の変わったタチアナに気がつかなかった。
『サスティアル王家の奇跡の力ーーそれは、アンジェが産まれ持った治癒の魔法ーーまたなの…? 王妃様まで、アンジェを欲するのーー?』
大切な末の妹が自分の未来を黒く塗りつぶしていくーー、そんな思いに駈られたタチアナは、その日、王宮からの帰りに神殿へ立ち寄った。
現教皇は、ライアルト王子の容態が良い方に向かわないため、治療により多くの魔法石を使うと言っていた。後日、不足分の魔法石をコーション国から購入する予定だとも。
『コーション国は、魔法石の件でベイガザード国に狙われていると教皇様は仰ったーーアンジェを渡して魔法石を貰おうーー、アンジェが、ガーライド王国から消えさえすればーー』
ーーー皆、私を見てくれるかもしれないーーー
そんな子供の、ほんの魔の差した思いが、本当に妹を異国に追い出してしまうなんてーータチアナは逃げられぬ後悔を抱えていくことになる。
次はアンジェリアがコーション国へ向かいます。
2番目の婚約者は母国ガーランドよりも、遥かに弱小のコーション国王太子です。




