1番目の婚約解消⑩
ーらららーらー、るらるらー
ざわざわ、ざわざわ…
王宮の薔薇の間では、夜会の前に貴族の子供達を集めて、演劇が催されていた。誕生祭の夜会は大人のみの参加に対して、ここでは将来の王国を担う貴族子息を集めて、夕べの祝いとしてパーティーが開かれている。
子供達は皆、思い思いに席につき、演劇の合間にも談笑していた。その中でも、気さくに振る舞う第二王子、第三王子らが自分達のテーブルに挨拶に来ると、貴族子息達は、王子らと御近づきになりたい一心で観劇なんてそっちのけで、積極的に挨拶をしている。
「ーー(ボソ…)観ないなら、役者なんか呼ばなくても良いんじゃないかしら?」
「ーーセライアお姉様、誰かに聞かれてしまったら、厄介よ」
「ーーセリー、妹のアンジェに注意されるなんて、恥ずかしいぞ」
豪華なティーセットに見向きもせず、他の貴族子息と距離も取りながら、コーディル公爵のギルバード、セシリア、アンジェリアはパーティー会場の窓辺のテーブル席に座っていた。
長女タチアナはコーディル公爵夫妻と共に、国王夫妻に謁見するため、子供達のパーティーには参加していない。
「ギルバードお兄様も、お父様達とライアルト王子殿下に挨拶をしなくても良かったの?」
王宮に来てから、ギルバードはずっとセライアとアンジェリアの側を離れない。アンジェリアが不思議に思い、そう尋ねると、セライアが溜め息をついた。
「ーーどのみち、ルカとアンジェが会わないようにギルお兄様は監視してるのでしょう? ーーそのルカはこの誕生祭すら招待されていないって言うのに」
呆れ顔でセライアがギルバードに指摘すると、心外とでも言うようにギルバードも長い溜め息をついた。
ーーールカは招待されていない???
第一王子の誕生祭に呼ばれない公爵子息なんて聞いたこともない。それだけ、アンジェリアとルカの接触を避け、アンジェリアには穏便にこのままコーション国へ出立してほしいのだろうか。
「ルカが招待されていないって、どうしてセリーは知っているんだ? まさかセーシル公爵家と連絡でも取っているんじゃないよな? ーーセリーは前科があるんだ、バレたら父上に大目玉だぞ」
ギルバードはそう言うと静かに席を立った。演劇は続いており、他の貴族子息達は舞台を眺めながら、談笑している。誰も、隠れるように窓側にひっそりと座った、第一王子の派閥に属しているコーディル公爵子息達を気にもかけない。この薔薇の間には、国中の貴族子息達が集まっている。そのため、よもや筆頭公爵の子息が隅っこにいるなんて想像すらしないのだろう。
「ライアルト王子殿下の御挨拶は、この演劇の終わった後だーーまだ時間があるーーほら、今のうちに、息抜きに行くぞ」
ギルバードは、セライアとアンジェリアに自分についてくるよう促してきた。当初から、演劇に集中していなかった姉妹は兄の指示に静かについていくことにした。
大広間を抜けて、長い廊下をギルバードを先頭に静かに進んでいくと、突き当たりに王宮の庭園につながるホールに辿り着いた。
ホールの窓には長身の少年がおり、コーディル公爵子息達を見て、にこりと笑って出迎えた。今まで、ギルバードの態度について、ぶつぶつ文句ばかり言っていた、セライアの顔色が一気に染まる。
「ーーセリー、久しぶりだね」
「セシル様!!」
出迎えた少年は、涼しげな青い目を持ち、シャープな顔立ちと白っぽい銀色の長い髪、齢、12歳でありながら、長身で品のある佇まいをしていた。ーーー初めて出会った人間なら、一瞬、この少年エルフ? と勘違いしそうな風貌の少年は、喜び駆け寄るセライアをぎゅっと抱き締めた。
ーーーまぁ、セライアお姉様が乙女にみえる…
セライアは正真正銘、少女であり、アンジェリアの思想は失礼なのだが、この青年の前ではセライアはいつもと少しだけ調子が違うのだ。
ーーー恋する、乙女って、感じなのかしら?
「ーーこら、セリー、ここは王宮だぞ。人目を少しはわきまえろ」
簡単な挨拶もせずに抱き合う2人に呆れながら、ギルバードがもっともらしい注意をした。すると少年は長い銀色の髪をかき揚げながら、ようやくギルバードとアンジェリアに視線を向けてくれた。
「ギルバード殿は本当に堅苦しいね、こんな可愛い人が、僕に駆け寄ってくれているんだ、大目にみてよーーアンジェリア、君も久しぶりだね」
彼の名前はセシル=ラークブルグ、侯爵家の嗣子でセライアの婚約者だった。2人はセライアが6歳の時に、両家の繋がりのために婚約者候補として引き合わされた。その後、幼いながらもお互いに引かれ合って婚約した経緯があった。
この2人が揃ってしまうと、場所を問わずにじゃれあい、2人だけの世界を作ってしまう。
ーーーそういえば、こんな集まりにはセシル様は真っ先にセライアお姉様に会いに来るのに、今日は今まで接触してこなかった
珍しいこともあるものだと思いながらも、アンジェリアはセシルへ会釈し挨拶を返した。セシルはいつもよりも元気のないアンジェリアの様子に、少しだけ目を伏せると、セシリアをその腕から解放した。
「ーーさぁ! もう、来てるんだろ? いつ人が来るか分からない、早く!」
ギルバードが時間がもったいないから早くしろと、セシルを突っつき、ホールの扉を開いた。セライアは何が起きているのか、不思議そうな顔をしている。一方、ギルバードとセシルは互いに頷きあい、イタズラが成功したかのように、にやっと笑った。そして、アンジェリアだけ庭園につながるエントランスに行くよう促した。
「時間はあまりないーー人が来たら、アンジェだけ戻るように」
そう言って、ギルバードはアンジェリアの背中をそっと押して、エントランスの扉を閉めてしまった。
月明かりが照らしており、さらには大広間の明かりもエントランスまで届いており、暗くはない。
その中で、1人、月明かりを背に佇みーーー天使のような少年がアンジェリアを待っていた。
「ーーちゃんと、ブレスレットを身につけてくれたんだね、ありがとうーーそして、こんなことになってごめんね」
「ーーっ!! ーーーールカ!!」
アンジェリアはもう2度とルカに会うことはないと諦めていたため、目の前にルカが現れ、驚き、声につまった。そして、ルカに会えた嬉しさで、ここが王宮であるとか、大広間の側とかアンジェリアの頭からはすっかり削げ落ちてしまった。先ほどのセライアのように、アンジェリアは喜びのあまりにルカにぎゅっと抱きついた。幼いながらも再会を叶えて抱き合う2人は、微笑ましい光景にみえる。けれど、当人の2人の表情は暗く悲しかった。
「うっ、えぐーー、もう、会えないかと、思っていたの…、」
泣きながらアンジェリアが言うと、ルカはもう一度小さくごめんねと謝った。
「ルカが、悪いんじゃ、ないって、分かってるのーー、でも、悲しくって」
「うん、僕も悲しい、このままコーション国にアンジェが連れて行かれるのは嫌で、ギルバード様とセシル殿にアンジェに会えるよう頼んだんだ」
ーーー?! ギルバードお兄様がお父様の言い付けをやぶったの?!
いつもは公爵家のルールを守るよう妹達に常々説いているギルバードも、今回ばかりは幼い2人のために己の信念を曲げた。
末っ子の妹が家を出て他国へ行ってしまうそんな中ーー父親の指示に背き、兄として妹のために精一杯の事をしてやりたかった。
ーーーお兄様、ありがとう…
「ーー本当は、ここから、アンジェを連れてフォーガスまで逃げたい。でも、それをしてしまうと皆ーーアンジェも傷ついてしまう、だから、」
ーーせめて、少しの時間だけでもアンジェに会いたかったーー声を振り絞って話すルカの言葉に、アンジェリアは返す言葉が見つからずに、何度も頷くことしかできなかった。
「僕は、まだ、幼いーー公爵家の嫡男と言っても、何も出来やしないーーだから、今は、アンジェを救う術がないーー!! 本当にごめん!!」
「ルカは、何も悪くない! ーーただ! ライアルト様や、魔法石がーー」
ライアルト王子の一件は国家機密だと言うことを、すっかり忘れてアンジェリアは口走ってしまったが、ルカも詳細を聞いているのかアンジェリアの言葉に静かに頷いた。アンジェリアは涙が止まらなく、顔は滅茶苦茶になっていた。
ーーー折角、ルカに会えたのに…、
アンジェリアがルカの胸で鼻をすすり、ぐずぐず泣いていると、アンジェリアの頬にルカはそっと手を触れた。アンジェリアは、何だろうと、ルカに向かって顔をあげた。しばらくルカの目を見つめていると、ふっとルカの顔が近づいてきた。
ーーー!!
ほんの一瞬の唇が触れるだけのキスは、アンジェリアの涙をピタッと、とめてくれた。
「ーーもしも、ううん、絶対に、コーション国からアンジェを取り返しに行くよ、だから、どうかー」
ルカが何か大切な話をしようとしているーー、アンジェリアがそう、感じた時に、無情にも2人の時間は終わってしまった。
「ルカは、なぜここにいるんだい?」
アンジェリアは突然の声に驚いて振り返った。気配など全く出さず、エントランスの扉から音もなく現れたのは、ルカの父であるセーシル公爵だった。
公爵の後ろでは、気まずそうなギルバード、セシル達がこちらの様子を伺っている。
「屋敷から、ルカの姿が消えたと、伝達が届いてね、よもやと思い王宮内を探していたんだーールカ、今なら人目につかないよう、王宮を辞することができる。事が明るみになる迄に、早く行きなさい」
セーシル公爵は静かにルカにそう告げると、ルカは黙って頷いた。そして、アンジェリアを悲しそうにもう一度見つめた後、1人でエントランスから出ていった。
「アンジェ、驚かせてしまったかな? 少し、屋敷内の管理が緩かったようだーーこの事は、ここにいる皆の心の内に留め置いてもらいたいーーこの通りだ」
セーシル公爵は、ルカが王宮に来ていた事が露見すると問題になると考えたのか、アンジェリアやギルバード達に深く頭を下げた。
「セーシル公爵閣下、ルカ殿は私が閣下の屋敷から連れ出しました。何も謝罪をされる必要はありません。責を取るのは、僕ーー」
「セシル、それは僕が君にルカを連れ出すよう頼んだからだろ! 閣下、この責は、私にーー」
現公爵に頭を下げられ、慌ててセシル、ギルバードが謝罪を申し出ると、公爵は頭を振り、謝罪を受け入れなかった。
「君達がこのような事を起こす前に、大人がきちんとアンジェとルカに事情を説き、謝罪をする必要があったんだよーーせめて、2人で話をする席くらい作ってあげていればと…、幼いからと、心の整理もさせずに引き離したのは良くなかったようだね。今回の件は君達に礼をしなければならない。ありがとう」
ーーーまるで、ルカと私が、2度と一生会えないみたい…
アンジェリアは、ギルバード達やセーシル公爵の話を黙ってうつむいて聞いた。
そして、こっそり王宮に侵入した件で、セーシル公爵がルカに処罰を下さないようにと祈るしかできなかった。




